シーン5
人数は揃ったが、だからといってその日の放課後から部活動とはいかない。
生徒会に提出する書類作成やらは立夏と冬子さんでやっておくとの事で、俺と春香は先に二人で下校となった。
「はてさて、これからどうなるやらだな?」
「何だか楽しそうだね、晴夜君?」
「そりゃあな……てか、春香や立夏、それに冬子姉さんとみんなでやろうっていうのに嫌になる理由はないだろ?」
そう答えると、「晴夜君らしいね……うん、でもわたしも同じだしね?」と微笑む。
「まぁ……千秋がいないのは残念だけどな?」
「千秋ちゃんはねぇ……学校じゃあ無理だけど、わたしか晴夜君の家にでも集まって遊んであげましょう?」
そうするしかないよなとは考えつつも、俺には妙な不安があった。 何しろあの冬子姉さんの事である、どうにも何か企んでいるような気がしてならない。
もっとも、とんでもない事であっても決して嫌な事ではなく、結果的には俺達にとっては悪い事にはならない。 だから、姉さんが勝手にやっている事とはいえ姉さんばかりに労力を払わせているというのも心苦しいというのもあった。
しかし、姉さんは結局は俺達に何も言わないで一人で行動するのは、やはり俺達がまだ子供なんだろうなというのが少し悔しくもある。
そうこう話していると自宅前に到着したので「じゃあな……」と春香に言おうとしたら、春香はジッと俺の家を見上げていた。
「……ん? 俺ん家に何か用事か?」
「……え?……ああ、そうじゃないんだけど……立夏ちゃんが少し羨ましいかな……ってね?」
「立夏が?」
どういう事だろうと聞いてみたが、「うふふふ、秘密だよ?」と言われてしまい、そのまま自分の家に入って行ってしまった。
わたしは真っすぐに自分の部屋に戻ると鞄を床に無造作に置いてから着替えもしないでベッドに腰かけた。
「……そっか……羨ましいんだ……わたし……」
これはもっと幼い頃に四季ちゃんにも抱いた感情……学校が終わっても、夕方になって子供の遊ぶ時間が終わってもまだ晴夜君と一緒に家で遊べる時間が彼女にあった。
四季ちゃんが来るまでは家が一番近いわたしが一番長く彼と遊べた、その事に私は子供ながらに優越感を感じていたんだろう。 一番大好きな友達の晴夜君の一番近くにいられるのは自分だったのだから。
でも……四季ちゃんがやって来てからその場所は奪われた。 もちろん四季ちゃんに悪意はないどころか、あの子自身はとっても不幸な事があって仕方なくなのだ。
それでも、四季ちゃんは晴夜君にとって家族だと言った事が救いだった、家族ならお姉さんか妹みたいなもので友達とは違う、家族なら一番近くにいるのが当たり前の事なのだから。
だから、友達で一番近くにいるのはわたしなんだと安心出来ていた。
ただ、それでも見えない壁を感じる事はあった……。
冬子さんや千秋ちゃん、立夏ちゃんも晴夜君の家に泊まりで遊んで行った事が何度かあったけど、わたしはそれが一度もない……だって、家がすぐに隣ならそんな必要がないんだものね。
一番近くにいるが故に、決して超える事の出来ない見えない壁があるような気がしていた、その事に漠然とした不安や怖さがあった。
だから……四季ちゃんが晴夜君の”婚約者”になったのが許せなかった……。
だって家族は婚約者にはなれないんだから……だから四季ちゃんは晴夜君の家族じゃなくて友達だって分かったの……だから、わたしのいた場所を奪ったうえに独り占めにされちゃうような気がして……言ってしまった……。
――四季ちゃんなんかどっか行っちゃえ! いなくなっちゃえ~~!――
……と。
そして……四季ちゃんは本当にどっかへ行ってしまった……いなくなってしまったのだ……。
気が付くとわたしは涙を浮かべていた……。
だからやっぱりと思う、わたしは四季ちゃんの事も大好きだったのだ。 決して嫌ってもいなければ憎んでもいなかった……ただ、あの時は怒っていただけなんだって。
でも、だからといってわたしの言葉は決して言ってはいけない言葉だ。 だからわたしはあの子に謝らなければいけなかった……でも、それは出来なかったし、これからもその機会は永遠に訪れない。
この事をわたしはあの時に理解して後悔したし、今もしているのは間違いない……間違いないのに……。
あの時、わたしは安心もしてしまった……四季ちゃんがいなくって晴夜君の一番近い友達に戻れたことを安心してしまった。 人が一人死んでしまった……ううん、晴夜君やみんなと同じくらい大事な友達が死んでしまったのにだ……。
「わたしって……嫌な女の子だったんだ……」
そして……立夏ちゃんが帰って来て晴夜君の家で暮らすことになって、あの頃と同じような不安を感じて、わたしは気が付いた。 あの頃と同じようで少し違うこのわたしの今の気持ちは……。
「……わたしは晴夜君の事が…………」