シーン12
――???年前?――
「……は? こんやくしゃ?」
自分のベッドのふちに腰かけた少年――晴夜が、隣に並んで座る少女の顔を困惑した様子で見つめる。
「そうだよ、僕と晴夜くんは今から婚約者になるの……いいでしょ?」
四季という名の少女は一生懸命にねだるような瞳で晴夜を見返してくる、どうして突然にそうなるなかが、晴夜にはまったく分からない。
「婚約って大人になったら結婚しようって約束だよね? でも、俺達まだ小学生だよ四季ちゃん?」
「子供の頃の婚約者だっているよっ!」
幼い頃からの許嫁という言葉は漫画とかアニメでは偶に聞く言葉だし、まだ小学二年の晴夜にもその意味は分かる。 しかし、現実の日本でそういう存在があるのかないのかという判断をするには晴夜も、それに四季もまだ世界を知ってはいなかった。
「いいでしょ!?」
お互いの顔が触れ合いそうになるまで近づけてくるのに、晴夜は顔を赤らめてしまうい、思わず身体をずらし彼女と距離を取った。 その少年の行動に少女は落胆した表情となり、「……もしかして僕の事が嫌いなの?」と俯く。
「き……嫌いなわけないだろ? で、でもさ……いきなりその……婚約とかって言われたってさ……」
結婚するという事は、好きな男と女同士がお父さんとお母さんになるという程度の認識であっても、それは決して軽々しい事ではないと漠然とは感じてもいた。 しかし、結婚というものの綺麗な面は思い描けても、夫婦仲が険悪にあり離婚というような負の部分を想像は出来ない。
「……あ、ごめんね、そうだよね。 いきなり言っても晴夜くんだって困るよね……」
四季の表情はまるで初めて出会った頃、両親の事を思い出してしまった時のよう寂しげだった。 その意味するところは分からなくても、晴夜には彼女が遊び半分でなく真剣に想っているのだとは理解出来た。
だから、「……ねえ、少しだけ考えていいかな?」と言った。
「……え?」
「きっと四季ちゃんも真剣に考えて俺に言ったんだよね? だから俺もちゃんと考えて答えなくちゃって……そう思ったから……」
沈んでいた少女の表情に明るさが戻ってくる。 不安は消え去ったわけではないのだが、この少年が自分の想いに真剣に向き合ってくれた事だけは分かり、それが単純に嬉しかったのだ。
だから、「うん!」と明るい声で頷いたのだった……。
それからは俺は子供なりに一生懸命に考えた、自分が四季の事をどう思っているのか……もちろん、好きなのは間違いない。 でも、それは春香や立夏に対してだってそうなんだ、みんな大好きな友達だったんだから……。
でも、ずっと考え続けて俺は気が付いた……四季に対する好きという気持ちと、春香や立夏に対するそれが少し違っているような気がした。
具体的にはどういうことなのかは、この時の俺には……いや、今だって分からない。
ただ、間違いなく星空 四季という女の子は俺にとっては他の子とは少し違う存在だったんだと。
もっとも、これも単なる子供の妄想や思い込みだったのかも知れないとも思う……でも、きっと真実は永遠に分からないだろう。
分かっているのは、俺は四季に対して子供なりに真剣に考えた”答え”を、一週間後に伝えたという事だけだ……。