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シーン10


                  ――3月29日――


 冬子姉さんが指定した場所は俺の家の隣……時坂家の庭だった。

 「いやぁ、あの後たまたま出くわした永遠さんに花見の事を話したらな、なら家でやってもいいよと言われたのでな?」

 レジャー・シートの上で胡坐をかく姉さんを、俺は縁側に永遠さんと並んで見つめている。 あの後とはおそらく俺に花見の事を伝えた後の事だろう、人様の家の庭だし姉さんも少しは悩むのも分かるが、それにしてもギリギリ過ぎだろう。 

  その永遠さんとで俺を挟むようにアインもちょこんと座っているのは、アインもまた花見に参加してるかのようだ。

 「年寄りと猫の二人暮らしだとねぇ……偶には賑やかになってもいいと思うものさね?」

 永遠さんのその理由は分かるかなと考えながら、ガラスのコップに入ったウーロン茶を一口飲む。 そこへ「おっまたせ~~!」という千秋の元気な声が聞こえて視線を向けると、そこには五段重ねのお重を抱えた千秋に春香と立夏の姿もあった。

 俺達の仲では一番料理が得意な春香を中心に花見の弁当を作って貰っていたのだ、俺も何か手伝おうかもと言ったのだが、こういう事は女の子に任せてと言われてしまった……まあ、そりゃ、料理なんてまともにした事はないけどさ……。

 「おー! 待ちかねたぞ!」

 弁当作りなど面倒だし任せたと言い放った冬子姉さんが三人を手招きしている。 姉さんの名誉のために言うと決して料理が出来ないわけでも、ましてやずぼらな性格というわけではない。

 もちろん面倒くさいというのもないわけではないのだろうが、せっかくだし子供同士で仲良く弁当作りに挑戦してみなさという大人としての、そして幼なじみの中では一番の年長者としての気遣いなのかも知れないと思う。

 そうこうしている間に春香が弁当をシートの上に広げて、立夏もコンビニで買って来たのだろう飲み物を紙コップに注いでいた。 

 ちなみに、冬子姉さんは酒を飲まない事もないのだがアルコール類はないようだ。 

 幼なじみ同士であるとはいえ立場としては教師であり引率者なのだから、流石にその辺のケジメはちゃんとしているようだ。

 「晴夜君もこっち来てよ」

 「ああ、行くよ……」

 春香に応えて立ち上がると横にいたアインがピョンと俺の前に出たが、立ち塞がるのではなくアインもみんなの方に顔を向けているという事は……。

 「何だ? お前も混じりたいのか?」

 「……みたいだねぇ? いいかい晴夜?」

 穏やかな笑顔の永遠さんに、「ええ、別にいいですよ」と応えて歩き出すと当然アインも付いてきた。 この紅い瞳の黒猫も昔から見てきたけど本当に不思議な存在だと思える、他の猫と比べて賢そうと言うか、言葉が話せないだけで人間と同じような知性を持っているんじゃないかとも思えるのだ。

 「ほらほら、こっちだよ~せーや~」

 手招きする立夏と千秋の間に座るのは、そこが空いていたからだというより開けてあったのだろう。 「はい、晴夜兄ぃ~」と渡された紙コップにはウーロン茶が注がれていた。

 「……揃ったな? あーではな……」 

 冬子姉さんがみんなを見渡した後に軽く咳ばらいをする。

 「……この春休みが終われば晴夜や春香、それに立夏は中学三年。 千秋も小学六年生とのそれぞれの学校の最後の年になる、そんな時に立夏が帰って来て全員が揃うというのも何か運命めいたものがあるのかも知れない」

 全員が揃ったというところで胸にチクリと痛みが走った……が、姉さんが四季の事をないがしろにするはずはないと思い直す。 単に花見という場で暗くしんみりした雰囲気にならないように配慮した言い方をしただけのはずだ。

 それでも無意識のうちの握りしめていた左の拳に温かいものが触れたと感じて見れてみれば、それはアインの手……というか前脚だった。 まるで俺の心の内が視えているような行動に、やっぱり不思議な奴だなと思う。

 「……だが、それが何なのかは私にも分からん……というか、ぶっちゃけ神様でもなければ分からないだろう。 つまり何が言いたいかと言うと立夏が帰って来た、それが単純にめでたいという話だ!」

 そして紙コップを持った右手を上げたので、俺や他のみんなも同様にして次の言葉を待つ。

 「乾杯~~~!」

 姉さん後に続いて声を上げるみんな声が桜の木の下で重なった……。

 



 『もう……どういうつもりなの?』

 ボクが問うと『……おや? ご迷惑でしたか?』とすっとぼけた風に答えるアインさん。 そりゃ……ボクだって晴夜やみんなと一緒にお花見をしたいよ? だけど、それはアインさんにとって迷惑じゃないかと思って言えだせなかった。

 なのにアインさんはまるでボクの心が分かっているみたいに晴夜に付いて行ったんだから、びっくりだよ。

 あ……まだ言ってなかったね。 ボクの名前は星空 四季……で間違いじゃないんだけど、正確には四季でもないというちょっと訳ありの存在なんだ。

 細かい事情は面倒だから話さないけど、ボクは分け合ってこのアインさんの”中”にいるんだ、分かりやすい表現だと憑依って永遠さんが言っていたよ。

 ただ、ボクはアインさんの身体を乗っ取ってるわけじゃなくて本当に中にいるだけだから、ボクの意志では指一本も動かす事は出来ないんだ。 やろうと思えば出来なくはないらしいんだけど、流石にそれはアインに悪いって永遠さんに言われればボクも我慢するしかない。

 それで分かると思うけど、ボクをアインさんの中に憑依させたのは永遠さんなんだ。

 永遠さんはそんな不思議な現象を起こした力を魔法って呼んでいた、てっきりそんなものはテレビの中って……僕が言うのも変かな? 実は僕も他の人にはないちょっと不思議な力を持ってるんだ、それはね……。

 「何だ、三人共まだ進路の事を考えてもいないのか?」

 冬子さんの呆れた声に”ボク”は顔を上げた。 どういう仕組みなのかは分からないんだけど、アインさんが前を見ていても僕は僕で視線は上へと動かせるんだ。 それはつまり、僕はアインさんの目を通して景色とかを見てるわけじゃないって事だと思う。

 「いや……だって、まだ高校にもなってないんだし……」

 「甘いぞ晴夜! 高校になってしまえば三年間などあっという間だ、大学への進学にしろ就職にしろ、せめて朧気でもいいからビジョンは持っておくことだ」

 こういう説教めいた事してる冬子さんを見ると、やっぱり僕達のお姉ちゃんだなぁ……って思える。

 「……う~~ん? そう言われてもなぁ……春香ちゃんは?」

 「わたしも……ビジョンって言われても……」

 二人も困った顔を見合わせ合っている、大変だなぁ……と思う一方でとても羨ましい、だってさ、死んで悩まないでいいのと生きて悩めるなら絶対に後者の方がいいでしょう?

 僕も生きていたら晴夜達と一緒にこの場所にいて、みんなと一緒にいろんな事で悩んだり笑いあったりしていたんだって思うと悔しい……正直に言っちゃうと春香達が妬ましくも思ってしまう。

 でも……と気が付いた、僕がここにいるって事は代わりに晴夜がここには存在していないって事になるんだ。 だって僕は、星空 四季は晴夜を庇って死んだのだから……。

 気が付けば僕の幼ななじみのみんなは再び笑いながら談笑していた、どうやら千秋ちゃんが大好きなアニメの話を始めたみたいだ。 お弁当箱に詰められていた卵焼きややハンバーグやらの料理も半分以上なくっている、春香達の手作りだったんだよね。

 ボクは料理なんて作った事はなかったけど、いつかは晴夜に手作りの料理をご馳走したかったな……だってさ、僕は晴夜の婚約者だったんだもの……。 

 『……もしかして、辛いですか?』

 僕が黙っていたからだろう、アインさんが聞いてくる。

 憑依してると言っても僕もアインさんも互いの心とか思考とかそういうのが筒抜けにはならないんだけど、互いに心の声で会話は出来る。 何でかって言うと、そういう魔法だからみたい。

 『うん……少しね? だけど……本当なら僕はみんなを視ている事すらできない……晴夜の近くで見守る事も出来ないはずだから……それを思えば……ね?』

 少し無理して明るい声を出してみたけど、多分アインさんにはバレバレだよねと思う。 それは魔法とかそういう力じゃなくて、アインさんも永遠さんも僕なんかよりっ辛い事も楽しい事もずっと多く経験してきたからだと思う。

 そしてそんな人達に巡り合って本来はあり得ないチャンスが与えられたんから、それはとても幸運なだって思わなきゃね?

 「……ほう? ボード・ゲームだと?」

 「はい、冬子さんや千秋ちゃんも今度一緒に遊びませんか?」

 「え? ゲーム? やりたい~」

 でも、そんな楽し気な会話が聞こえてきちゃうと、やっぱり少し辛いかなとかんじてしまっていた……。


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