フラッシュバック
不意に蘇った怨嗟の声。
今の私は、あんなものに負けたりしないけれど……
でも、頼りになる居候たちに救われる。
総司 一「カナ、俺(僕)が居るから(ね)」
理不尽が過ぎる家族たちを思い出した、ひと時。
急いで帰った何時もの道。
見上げた先は抜けるような青空が広がっている。
インターフォンは鳴らさない。
急き立てられるように半ば駆け足でドアを開ければ、でっかい誰かが突撃してきた。
「ちょ、そっ総司さん!」
ダイさんじゃないのは時間帯的に分かる。
一さんなら、まず頭をぽふぽふ撫でてくれそうだ。
総司さんも一さんも香水は使ってないからこれは……柔軟剤とかと混じった本人の匂いなんだろうけど。
二人共いい匂いがする。
……ハッ?!何時から匂いフェチになったの、私!
見上げた先にある総司さんの顔には満面の笑みが咲いてて、顔が熱くなる。
「お帰り、カナ。男どもに触られなかった?大丈夫?」
「私に触ってくる物好き居ませんよ。もう、総司さん!いい加減放して下さいってば!」
なかなか放してくれない総司さんの腕の中から、一さんが私を引っこ抜いた。
「一さんったら」
「済まない、花山。それで?今日の夕餉は……客人が来るそうだが」
そう。ダイさんが2人が居る間の協力者として、仲良くしている方々を巻き込んだんだ。
「うん。個性的な人たちだけど、悪い人では無いよ」
ただ。
ゲイって公言している人がいて……誤解しないといいんだけど。
口調はオネエなんだけど、空気読みが神すぎる人で。兎に角オシャレ。
ファッションに疎いダイさんと私の服を見立てて貰ってる。
「シンさんとスイさん、そしてシュウさん。兄さんと昔から仲良くて可愛がって貰ってたんだ」
兄さんが5人居るようなもんだなってあの当時は思ってたなぁ。
“そこはアンタが居る場所じゃない!とっとと死ねよぉぉ!!!”
脳裏を過ぎった過去聞いた言葉。視界を横切る朱の滴。
急に指先が悴んで感覚が無くなっていき、堪らず膝を折った。
「「カナ!」」
一瞬、意識が飛ぶ。
気が付いた時には一さんと総司さんに脇からそれぞれに抱き締められていた。
「ごめん……フラッシュバックした」
「ふらっしゅ……?」
舌が回らない。なんとか一さんの袖をくいくい引いた。
「……少し休むか」
一さんが小さく頷いてソファまで肩を抱いてくれた。
何時もなら軽口叩く総司さんも今は不思議と静かで、ぼんやりする頭を軽く振って。
そのまま、ぽすんとソファに腰を下ろした。
指先の震えが止まってから、背筋を伸ばした。
「ごめんね、一さん。総司さんも。小さい頃の事を思い出しちゃって、つい」
最近無かったのに、いきなりなんだろう。
強がって笑ってみるんだけど、総司さんにぎゅむっと抱き込まれて呼吸がヤバイ。
「強がらなくていい。余程酷い目に遭ったんでしょ?」
「ダイも言っていた。『家族は奏を傷つけるんだ』とな」
明るくて強い彼女がここまでの反応を示すとは……
一と総司は顔を見合わせた。
「買い物行こう?荷物持ちよろしくね、二人共」
立ち上がろうとしたけど、一さんに肩を掴まれた。
「もう少し座っているといい。粉でこーひーを淹れて来よう」
インスタントコーヒーを淹れて持ってきてくれた一さんにお礼を言って、一口啜る。
ブラックコーヒーの苦味がなんか……染みるなぁ。
「カナ、その苦いのよく平気だね……アチッ」
舌を出しながらお砂糖を何匙も入れていく。
「あ、このみるくっての。やっぱ入れた方が美味しいや」
総司さんの独壇場だ。その緊張感のなさに口元が緩む。
「……やっと笑ったな」
「だね。本当に……カナはあんな笑い方しちゃ駄目だ」
頭を撫でる手がすっごく優しい。
「うん……有難う」
一さんと総司さんになら、話していいだろうか?
「あの……ね?簡単に話して、いいかな?」
2人は何を?とは聞かなかった。ただ目で頷いてくれたんだ。
「私には兄さんと妹が居て。妹は私とは一歳違いだけど学校の級は一緒だったんだ」
奏が3歳の頃母は事故死して、その後再婚した義母には連れ子が居た。
それが夢。栗色の髪をした愛くるしい少女だった。
「最初の数年は義母も妹も優しかったの。でも、父さんや兄さんが家に帰らなくなってから、私に暴力を働くようになったんだ。毎日殴られたり蹴られたりナイフで切られたり……」
ホント、散々だった。
食事はくれないし、夢は仲良くなった子達を巻き込んで私を虐めるようになった。
殴る蹴るは当たり前、家事を山程押し付けられた上寝る間すらなく。
学校では教科書や制服、体操服等必要になるものが次々に捨てられたり隠されたり。
だからと言って買うお金だって無くて……心も体もぼろぼろだった。
久しぶりに帰ってきた兄さんに見付けて貰うまでは。
「色々調べて分かったんだけど、母の事故死も義母の仕業らしくて。
その証拠を父さんに突き付けて、兄さんは自分が生活している所に匿ってくれたの」
沖田side
女って怖い。そして恐ろしい。
過去に何度か思った事だけど改めてそう思う。
カナの父親に横恋慕した女が、人を使って母親を殺して。
弱りきった父親の心の隙間に入り込んで、まんまと後釜に座り。
自分の子じゃないカナと兄を殺そうとした。
夢って女は母親の口癖で洗脳されていた上甘やかされた、どうしようもない性悪のようで。
カナの父親と兄を欲しがり自分だけのものにしたがって、母親と手を組んで。
カナを虐め殺すつもりだった二人から、兄はカナを救うために仲間に手を借りたらしい。
「それが……ダイ?」
小さく上下する頭を更に抱き込んだ。
side end
斎藤side
更に続いた話に、俺達は言葉を失った。
「確かに、ダイさんやお仲間はイケメンばかりなんだけど。
夢は分からないんだろうね、追い詰められた私が逃げる場所を選べる訳ない事が」
匿われた場所に押し掛けた挙げ句、夢が言ったという言葉には呆れる。
『何時もちやほやされていい気になってる』
『甘ったれのいい子ぶりっこ。嘘しか言わない』
有り得ない事にこうも言ったらしい。
『本来、あんたじゃなくてアタシが皆に可愛がられなきゃいけないの!そこはアタシの場所なのよっ』
何かが切れた。
だが、この場合に相手は居らず……過ぎ去った過去の事なのだ。
ぐっと拳を握り混む。
花山は悪くない。俺の怒りを感じさせてはならない。
察するに、夢は花山の兄や父親の愛情を一人占めしたかったのだろうが……これは悪手だ。
挙げ句逆上して、刃物で切りつけ。
「兄さんは……私を庇って死んじゃった、の」
気丈な花山が泣いている。
「私が殺した、みたいなもんだわ。私、が……」
ただただ、花山の肩を抱く手に力を込めた。
side end
気不味い。
「ね、気分転換に買い物行こ?」
もう終わった事なんだから。
無理やり笑う私を2人がムギュっと抱き締めてくれた。
「もう、会う事はないから……」
もう、家族ではないし。あの家に戻る事は無い。
父さんは戻って来て欲しいって何度も言ってきたけど、断った。
夢の言う事ばかり聞いて私を無視したの、忘れられないし。
戸籍上、まだ私はあの人の子どもだけど……もう会いたくないんだ。
何か言いたげにしながら、2人はそれ以上は何も聞かなかった。
「夕餉は何にしようか?」
「う~ん……」
あんまり時間が無いからカレーかな?
「手軽に大量出来るものにしようと思うの。一さん、ご飯を一升炊いてくれる?」
「心得た。総司、頼むぞ」
一さん、結構手伝ってくれるからお味噌汁とご飯は任せちゃうんだ。
ほんだしや和風だし、パック詰めのかつお節に滅茶苦茶感心していたっけ。
「カナ、行こう?」
手を引く総司さんに頷いた。