表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浅葱の雨  作者: 亥天夢
2/7

街、そして未来との遭遇

 未来とは、とんでもないものなのだな。


時代を越えるとは……途方もない事なのだと。


改めて知らされた。



 朝、味噌汁の匂いで目が覚めた。


今日の食事当番は誰だったろうか? 耳に届く包丁の音が軽快で、斎藤は目を細める。


気が付けば、ふらふらと匂いを辿って歩いていた。




 そこには前掛けをした奏が居た。食事を支度してくれている。


「おはよ、一さん」


振り向きもせず、鍋を手にしたままそう挨拶した。


「あ……ああ。おはよう花山」


「多分廊下にダイさんが転がってると思うんで、拾って来てくれます?」


味噌汁をよそって盆に乗せた彼女はそう頼んだ。


「ダイさん、やたら寝起きが悪くって。何時も起きはするんだけどそのまま寝ちゃうから」


成程、そうなると転がっているかもしれない。


納得し、廊下に向かった斎藤が大五郎を担いで戻って来るのに5分もかからなかった。





 ペチペチ頬を掌で叩きながら奏は苦笑する。


「ダイさん。ダイさんたら!お仕事行くんだよね?リクエスト通りの和食だよ、食べて?」


「思いっきり殴った方がいいんじゃないか?」


「え、ダイさんこれから仕事なんだよ?痛い事なんてしたら可哀想だよ」


食べ物の匂いには敏感だからじき起きますから。


その言葉通り、数分後何事もなかったかのように食事する大五郎に斎藤は白い眼を向ける。





(はじめ)、君の日用品は揃えておいたからここで暮らすといい。

あと……言い忘れてたけど。武士の命は預からせて貰う。

刀剣を身に帯びていると、治安維持の組織に追捕されるから」


 言い渡された言葉に目を剥いた。


「ダイさん……」


「一の為だよ。警察に捕まったらまずいだろ?勿論、明日には一度渡すから。

手入れ用の品が明日届くから、お前に貸すこのゲストルーム内なら持っててもいい」


大五郎の言葉に、胸が熱くなる。


何も粗略に扱うと言っている訳でないのだ。


しかも手入れに必要なものを手配してくれていたとは思わなかった。


「大五郎、忝い」


「ダイでいいよ。年齢的にはどっこいどっこいだろうし、仲良くやろうぜ」


「……感謝する」


「【ありがとう】の方が嬉しいから、次からはそっちでね。じゃあ、奏」


「はい。今日はこの辺で必要になりそうな最寄りの場所の確認に行こう?」




何時迄になるかは不明だが、暮らしていくなら最低限の事は知っておかねば。


いきなり現れた自分に向き合ってくれる2人の厚意が、斎藤にはありがたかった。





 玄関に出て履物が草鞋ではない事に驚き、靴を履くのに四苦八苦する。


そこにある靴を色々見せてくれた上、斎藤に試させてくれた。


其処に至るまでにも洋服に戸惑い右往左往してしまったし、歯磨きに驚くし。


厠の呼び名が違う事にも驚き、その快適さに溜息付いた。


「江戸時代と現代じゃ違い過ぎる。仕方ないよね」


いちいち驚く斎藤に、奏は動じない。


一つ一つにきちんと応えてくれ、しっかりと対応してくれる。


「僕で分かる事なら何だって答えるから、聞いて?」


出来るだけ離れない様に言う奏の言葉に頷く。


斎藤には、まんしょんの入り方すら未だ分からないのだから。






 案内されたのは、食材や日用品が揃う店の数々。


色々なものが同じ店で買えると言う事に、斎藤は驚いていた。


食材の豊富さに驚き、貨幣価値自体理解出来ていないのに目を皿のようにして見てしまう。


「ここはどの品も結構安価に手に入るんだよ。

セールになると、一番最初に行った店の方が安くなる。チラシと睨めっこ必須だね」


斎藤は、あまりにも知らない事が多い。


ここでもチラシが何の事か分からず、奏に質問していた。


「一さんとこで言うとこの瓦版みたいな物だよ。

色んな店がお金を出してその店の宣伝を書いた紙を色んな家に配っててね。

そこには値段とかも書いてあるんだ。

今からお昼食べてから、チラシ見てみよう?」




 さらりと嬉しい提案されて、思わず抱き締めてしまう。


「んもう、一さんたら!一応僕だって女なんだからやめてよ」


「花山が可愛いのがいけないのだ」


真面目に言い募れば、困った様に笑って斎藤を見上げて来る。


「……一さん真面目だしあんまり冗談言いそうにないからなぁ」


行こう?


促されて、そのまま後に続いた。







 昼食をバーガーショップで済ませた2人。


斎藤が帰って勧められた事は手洗いとうがいだった。



 斎藤side


 服装からなにから全て違う、未来に居る事を俺は改めて思い知らされた。


窓には障子ではなく、なんとギヤマンが惜しげもなく嵌め込まれている。


雨が降ろうが雪が降ろうが、これなら濡れる事も無いし寒気も熱気も入り込んでこない。


実に快適だ、未来の暮らしと言うものは。



 風呂にも厨にも水を井戸から汲んで運ぶという手間は要らず、

じゃぐちを捻れば水が使える。


驚いた事に、湯もでんきなるもので沸かせていて。

すいちなるものを押せば、殆どの事が出来てしまう。


何があの頃と違うのか。


それはでんきであり、そして意識だろうか。


勿論、流通している品々も違ってはいる。


だが俺が知る、あの頃の強きこころ……誠がここにはあまり感じられないのだ。





 花山はそれを聞いて笑う。


「無理もない。一生懸命な奴を嘲笑う、そんな胸糞悪い連中が多いんだよ、この時代は」


「そうか。だが、ダイと花山は違うと俺は思う」


そう言い募れば、ほんのり顔を赤らめた。


「……ありがと。さ、一さん手洗い嗽しよ?それからチラシを確認しようよ」





 花山は優しい。チラシの実物を見せて、意味合いを説明してくれる。


そして俺に乞われるままに、貨幣価値の違いを聞かせてくれて。


此方の世界で流通している金の話をしてくれた。


いんたーねっととやらでそれの実物の絵姿を見せてくれた上、自身の財布も見せてくれた。


「これは、日用品とか用に持たされた財布なんだよ」


実に興味深い。特に硬貨が。


彼方では作った年月日など記載されてはいないのだから


※一部例外を除く※





 がっこうなる寺子屋に通うのが常と言う花山。


貴重な休日をいきなり落ちてきたらしい俺の為に使ってくれる寛容さに頭が下がる。


「さ、一さん。折角だからお昼に撮った写真でバーガーショップのおさらいしよ?」


おさらいが終った後、掃除に誘われる。


掃除でも、あまりに色々違い過ぎて。


でも都度声をかけてくれる花山の優しさと、その声掛けの的確さに俺は驚かされる。


女というものは、男に色目を使いしなだれかかってくるモノだと思い込んでいた。


“俺はどうすれば花山の優しさに報いる事が出来るだろうか?”


こんなにも真剣に考えた事など今まで無かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ