義姉と俺
「……よしっ、あとちょっと、もう少しでスライムを倒せるっ」
ぜぇぜぇはぁはぁ言ってる俺とスライムのガチンコ一騎打ちはようやく終わりを迎えそうだった。俺のHPは残り8だが、奴は2。これはさすがに勝った。
「これでようやく、俺はレベル2になれるぞ!」
嬉々として弱ったスライムに木の剣でとどめを刺しに行った、まさにそのとき、横合いから極太の氷結レーザーが飛び込んできて、死に際のスライムを永久凍結させた。ついでに俺の足も凍っていて、地面と張り付いて身動きがとれない。
「――しまったっ、アリサに気づかれたかっ!」
首をひねってレーザーが飛んできた方向に目をやると、怪鳥ゼルウィガーの羽でできた黒装束をまとった義姉が、ひたひたと、こちらに向かって歩いてきていた。もうちょっとだったのに、なんてことだ……
「レン、また勝手にレベル2になろうとしたね」
「な、なんだよ、勇者がレベル上げして何が悪いんだ!」
「悪いよ」
「何がだ!」
「レンはレベル1だからこそ輝くの」
「はぁ?」
「哀れで惨めなレベル1の勇者。初期装備で経験値ゼロ、スキルなし。無能な自分が情けなくてもがいてるレンが大好きよ」
「何でだよ! どんな性癖だよ!」
「今日も経験値ドレインで吸い取ってあげる。残念でした」
「あ、待って、あ、っちょ、待ってくれぇえええええええええ」
そうして俺は今日もレベル1のまま冒険を終えた。魔王城への旅路の途中、ときどき安全な領域を見つけては義姉アリサの目を盗んでスライム狩りに出ているが、どうしても出し抜けない。古今東西、あらゆるスキルを魔法が使える彼女を欺くには、もっと作戦を練らないとだめなのだ。
アリサとは両親の再婚で知り合った。最初はぎくしゃくしたけれど、まだ七歳だった俺はアリサの優しい笑顔にだまされて、気づいたときには甘えるようになっていた。「レンは甘えん坊さんだねぇ。それに泣き虫だ」といわれて、「うん、そうだよ」と素直に答えたら、彼女はよく笑った。なぜか嬉しそうだった。
それから十年の月日がたったころ。王様より直々に魔王討伐の命令が下ったのは二年前、俺が十五歳の時だった。俺は世界を救う勇者なのだから、冒険して強くならなきゃと思い、実家で出発のための荷物を整えていると、旅に出ていたはずのアリサが突然帰ってきたのだ。
「――レンっ! あなた、冒険に出るんだって!?」
「うん、俺勇者の生まれ変わりだったんだ、もう行かなきゃ」
「行かせない」
「え?」
「行かせないよ、レン」
それから口喧嘩のようになって、最終的に王様の命令状を見せて、従わないと実家に罰金命令が下るんだと言って説得した。
「……だったら私もついて行く」
「パーティになってくれるってこと?」
「……まぁ、そんな感じ」
そこから一年が経過して今に至る。俺は始まりの町から現在まで、ずっとレベル1でここまで来てしまっている。というのも、アリサが異様に強いのだ。ここまで各エリアの中ボスはワンパンで仕留めていて、旅の間に何があったのか疑わしいくらい段違いの戦闘力を身につけてしまっている。
「アリサが敵を倒しちゃったら、俺に経験値が入らないだろうが!」
「いいの、レンはレベル1じゃないと駄目」
彼女は絶対に俺をレベル1で押さえたいらしい。理由は不明だが、とにかく俺はアリサのせいでことごとくレベルアップのチャンスを逃し続けている。レベル1の勇者なんてかっこわるいから、俺は早くレベル上げをして立派な勇者になりたいが、なかなかうまくいかない。
「怖い敵は私が全部倒してあげるから、ね?」
これは俺がレベル1から脱出するための、ひいては、過保護な義姉の目を盗み、立派な勇者になるための物語である。