旅の道程1
昨日はインフルエンザ1日目で高熱が出てました…
今日はいくらか元気になってきたので更新します。
お待たせしました。
引き続きよろしくお願いします!
店内はランプが多く吊られている、活気ある様子だった。ティモテが慣れた仕草で店員と会話し、三人で席に座る。何を頼むべきか分からずにいるアリアンヌの代わりに、注文する品をさくさくと決めて行った。
「アンナさんはお酒飲む?」
「いえ、いらないわ」
「──じゃあ、エールを一つと、この薔薇水と……」
ナタリーはその手際の良さに驚いている。アリアンヌは以前一度見ているので、当然のこととして任せていた。注文が終わって、ナタリーが口を開いた。
「ティモテさん、慣れてますね」
ティモテは複雑な表情で笑う。
「いや、近衛の頃に上司に色々と扱かれていたので……自然と身に付いてました」
「そうでしたか。助かります、ありがとう」
ナタリーの自然な笑顔に、ティモテは少し身体を引いた。いつも職務に忠実なナタリーの、年相応の反応を初めて見たせいだろうか。ティモテはナタリーから目を逸らした。
運ばれてくる大皿の料理を、ティモテは三人分に取り分けた。中でも赤く染まった料理は、村独自のもののようだ。見た目にも辛そうなそれに、アリアンヌは恐る恐るフォークを口に運ぶ。
「……あら?辛くないのね」
目をぱちぱちと瞬かせるアリアンヌに、隣の席の男が陽気に声を掛けてきた。
「おっ、お嬢ちゃん旅の人かい?それ、皆結構驚くんだよ」
アリアンヌは見知らぬ男に笑いかける。
「本当、びっくりしました!王都では食べたことがなくて……」
「そうか、お嬢ちゃんは王都から来たのか!最近じゃ向こうでも露店で売るようになってきたんだが、まだまだ知名度は低くてなぁ。そっちのお兄さんは知ってたのか?」
男はエールを飲んでいるティモテにも声を掛けた。ティモテはグラスを置くと笑う。
「はい。以前露店で食べました。香りは強いのに辛くなくて、騙されてる気持ちになりましたよ」
「お、お兄さん分かってるじゃないの。そう!それが良いんだよ。……にしても、びっくりするくらい美人なお嬢ちゃんだね。お兄さんの恋人?」
揶揄う口調の男に、ティモテは慌てたように首を振る。
「止めてくださいよ。そんなの聞かれたら、僕が殺されますって」
「なんだ?お嬢ちゃん、他に恋人いるのか。さっきから、様子を窺ってる若いモンが何人かいたようだが……おい!お嬢ちゃん、恋人いるってよ!」
男の大きな声に、アリアンヌは驚いて身体を引いた。店のそこかしこで大きな笑い声が起き、小さな落胆の声が交じる。背を叩かれている男もいた。ナタリーはその様子に呆れた表情で、ティモテは可笑しそうにからからと声を上げている。
「……っと、悪い悪い。これでちょっかい掛けてくる人間も減ると思うからさ。この街は華やかじゃないが、良いところだよ。旅の途中だろうが、楽しんでってよ」
男はそう言うと、ティモテにグラスを合わせるように自らのグラスを前に出した。苦笑したティモテはそれにグラスを重ねる。小気味良い音が響き、近くにいた男も何人か集まってきた。中にはアリアンヌに直接声を掛けてくる男もいたが、アリアンヌが和かに対応していると、気付けば席を移動し、街の娘達の輪の中にいた。一緒にいるナタリーは相変わらずの主人の様子に思わず笑みが溢れている。
「アンナちゃんって、すっごく肌綺麗よねぇ。今いくつ?」
まじまじと見てくる町娘といった風情の女性に、アリアンヌは微笑んで答える。
「十六歳です。ですが、私の肌が綺麗なのはナタリーのお陰で……」
ちらりとナタリーに視線を向ける。アリアンヌはこの状況にナタリーを巻き込もうとしていた。
「ナタリーちゃんって、アンナちゃんのお友達なの?」
「いえ、友達でもありますが、我が家の使用人なんです」
「はー。やっぱりアンナちゃんって、良いとこのお嬢さんか!おっきい商家の娘さんか何か?」
アリアンヌは曖昧な微笑みで対応する。話の中心に引きずり込まれたナタリーも、アリアンヌの美容について聞かれ、どことなく楽しそうだった。
しばらくして、アリアンヌは一人、店から出た。店内の活気に火照った頬に、真冬の夜風が冷たい。
店の脇に置いてある樽に寄り掛かるようにして、夜空を見上げる。夜空には、満天の星が輝いていた。王都から僅か半日程度で、これほどの星が見えることに驚く。
「──リヒャルト様」
ぽつりと呟いた名前は、白い息と共に夜の闇に吸い込まれた。リヒャルトは今どの辺りにいるのだろうか。暖かいところにいれば良いが、無理をして夜も駆けてはいないだろうか。アリアンヌは心配になる。
夜空を眺めていると、扉が開けられた音がして、ティモテがアリアンヌの元へと歩いてきた。
「アンナさん、勝手に外に出られては、護衛も何もないでしょう」
僅かに顔を背けて拗ねたように言うティモテに、アリアンヌは笑った。
「ごめんなさい、ティモテ。……貴方、本当に酔わないのね。結構飲まされていたのではなくて?」
「まあ、このくらいじゃ効かないですよ。……途中からこっそりお茶にしましたし」
「そう。──でも、私は多分安全よ。だから心配しないで」
アリアンヌは確信した声音で夜空に向かって言う。ティモテは首を傾げた。
「ふふ、戻りましょうか。そして、明日に備えてそろそろ帰りましょう」
「そうですね。……明日は今日より長い距離を移動します。ゆっくりお休みになってください」
「ええ、そうするわ」
アリアンヌはティモテと共に店に戻る。店の常連であろう客達に挨拶をすると、ナタリーを連れて宿へと引き上げた。