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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第三章
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深夜の訪問者3

食事の場にリヒャルトがいることを最も喜んだのはアンベールだった。パブリックスクールの後輩だったリヒャルトを可愛がっていたというのは本当らしい。アンベールの思い出話に花が咲くのを、マリユスは複雑な表情で見て、たまに相槌を打っていた。リヒャルトはアリアンヌの前で語られる自らの昔話に苦笑している。

レイモンは無言で食事を口に運んでいながらも、どこか幸せそうな柔らかい表情をしていた。

アリアンヌは、家族皆が揃う食卓の中にリヒャルトがいることに違和感を覚えつつ、幸せな光景に心が温まった。昨日の夜とは全く異なるその空気にアリアンヌは嬉しくなる。束の間だが様々なことを忘れることができた。



食事が終わり、家族は皆がそれぞれの部屋に戻った。リヒャルトには一階の客間が与えられている。アリアンヌは自室に戻ると、ナタリーの手伝いで入浴を終えた。夜着の上に厚手のストールを羽織る。


「アリアンヌ様、今夜は私がご一緒しますわ」


寝室の中にいたのはニナだった。いつもの侍女らしいドレス姿ではなく、動きやすい簡素なワンピースを着ている。壁際に椅子が用意してあり、そこに座って夜を明かすのだ。アリアンヌは笑顔で立っているニナに柔らかい表情を見せた。


「ニナ……ごめんなさい。だけど、ありがとう」


「謝らないでくださいっ!外にはティモテもいますので、安心して休んで大丈夫ですよ」


アリアンヌは寝室の入口に目を向ける。歩み寄って扉を開けると、そこには確かにティモテが立っていた。珍しく真面目な表情のティモテに、アリアンヌは困ったように微笑む。


「──ごきげんよう、ティモテ。迷惑を掛けてごめんなさい」


「貴女に何かあれば、リヒャルト様が悲しむからね。そもそもこれ、悪いのは犯人でしょ。だからそんなに気にすんな!……って僕は思いますよ」


真面目な表情を戯けたように崩したティモテに、アリアンヌはころころと笑った。


「ありがとう」


「いや、平気ですよ。さっき見取り図で分かる範囲の邸内の隠し扉とかは塞いだし、この私室は窓の鍵も開かないように細工してある。今夜はこの部屋には誰も近付けないと思うよ。……同じ家にリヒャルト様もいるんだし、ゆっくり休んでくださいよ」


アリアンヌの知らない間にティモテは随分と色々なことをしてくれていたようだ。アリアンヌはティモテの言葉に安心した。


「そうね。お言葉に甘えて休ませてもらうわ」


「そうしてください。リヒャルト様も、それが一番喜ぶと思います」


ティモテは面倒事を追い払うように手を左右に振った。アリアンヌはそれに従って寝台へ向かう。安心すれば眠りが訪れるのはすぐだった。食事の前に少し眠ったとはいえ、アリアンヌには明らかに睡眠が不足していたのだ。アリアンヌ自身が思いも寄らないほどの早さで、夢の中に引き摺り込まれていたのだった。





リヒャルトは、客間に案内された後も眠るつもりはなかった。ティモテを行かせているとはいえ、二日続けて最愛の婚約者が命の危機に晒されていたのだ。アリアンヌは明るく振舞ってはいたが、ナタリーやニナが心配する程には無理をしていたのだろう。リヒャルトは自分を責めるが、それで状況が改善されないことも分かっている。

客間に備え付けの机に座り、ティモテが持ってきた仕事をこなしていた。暖炉の火と卓上ランプの明かりが室内をゆったりと照らしている。


どれくらい経っただろうか。一度ティモテに声を掛けに行こうかと思った頃、室内に自分以外の気配を感じた。リヒャルトは懐に忍ばせていた短刀に手を掛ける。



「──やはり来たか」


溜息混じりのリヒャルトに、黒髪の男はくつくつと笑った。


「オウジサマのせいで娘の部屋に入れないんだが。……なんだあの犬は」


「ああ、ティモテはお前らのような気配には敏感だからな」


リヒャルトは立ち上がり、ソファへと移動した。男は虚を突かれたような顔をしたが、直後何かに気付いたような表情をする。


「そうか、近衛騎士は王族の護衛が仕事か」


「そうだな。……お前はいつからツェツィーリエに付いているんだ?」


ソファに座り、足を組んだリヒャルトは、足に左手で頬杖をついている。右手は警戒を怠らず、短刀がすぐに取り出せるようにしていた。

リヒャルトの言葉に、漆黒の瞳がぱちりと開けられた。鋭利な刃物のような存在感と裏腹な表情に、リヒャルトは首を傾げる。


「そうか、そう見えるのか。──俺の名誉の為に言うが……俺は前王妃サマの犬じゃない。これでもエリートなんでね」


リヒャルトは眉を顰めた。暗殺者にエリートもなにもないだろうと思う。リヒャルトは男の動きを追いながら、残された可能性について考えた。

確かに、ツェツィーリエ付きであるなら、最初の時点でアリアンヌは殺されていただろう。しかし現に彼女は生きている。トレスプーシュ侯爵家の夜会での出来事はおそらくこの男の仕業だったのだろうが、やはり命を奪うだけが目的なら、もっと確実な手段を用いただろう。身体能力や潜入力があることは分かっている。リヒャルトがよく聞けば分かる程度の訛りはあるが、男の国であろうネーレウスの言語だけでなく、クローリスの言葉も問題なく話すことができるだけの知能もある。



「……お前は私を害そうとはしないんだな?」


リヒャルトは探るように問いかけた。

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