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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第三章
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深夜の訪問者1

今夜は満月のはずだが、しんしんと降る雪のせいで、月明かりは雲に覆われて届かない。夜も更けた今頃は、きっとかなり積もっているのだろう。

誰もが眠りの中にいる時間、アリアンヌは寝台の中で目を覚ました。


ロージェル公爵邸からシャリエ伯爵家へと戻り、アリアンヌは正しく伯爵令嬢として生活をしていた。

トレスプーシュ侯爵家での夜会の出来事を知ったレイモンは、アリアンヌが社交界デビューする以前のように、アリアンヌをなかなか家から出そうとしなくなった。夜会は、リヒャルトがいても、アンベールかマリユスが参加しているものでなければ参加させてもらえず、一人での外出も一切を禁じられた。自然と多忙なリヒャルトと過ごす時間はなくなっていく。今ではリヒャルトが会いに訪ねて来てくれるのを待つばかりだ。前に会ったのはもう一週間以上前だろうか。


雪が世界から音を吸い込んで、世界に一人きりになったような錯覚に陥る。今、リヒャルトは眠っているのだろうか。それとも起きてまだ仕事をしているのだろうか。アリアンヌのことを思い出していてくれたら良いのにと甘えたことを思う。

リヒャルトのことを考えれば、冷えた心も温かくなる。アリアンヌはもう一度眠ろうと瞼を閉じた。




──かたん



誰もいないはずの部屋に、物音がした。窓が開けられたようで、きんと冷えた澄んだ外の空気が入ってくる。天蓋が僅かに風に揺れた。窓は眠る前にナタリーとニナが鍵を掛けているはずだった。

一人きりだった世界に、自分以外の誰かがいる。それがアリアンヌの恐怖心を煽った。天蓋の内側から、起きていることを悟られないように目だけで様子を窺う。月明かりのない真っ暗な夜ではっきりとは見えないが、ほっそりとした体躯の男性が一人いるようだ。


ここはシャリエ伯爵邸だ。普通の泥棒や強盗には忍び入ることなどできない程度の警備は当然にしている。だとすれば、泥棒でも強盗でもないのだろう。アリアンヌの脳裏には、大きな金属の塊と、床に散らばったシャンデリアの欠片がまざまざと浮かんでいた。生まれて十六年、初めて目の前にはっきりと突き付けられた殺意だった。後の調査で、シャンデリアのワイヤーが刃物で切られていたことが分かっている。切った犯人はまだ見つかっていない。


男は室内を見渡した後、アリアンヌのいる寝台へとゆっくりと歩いてきた。男は一切の足音を立てず、迷い無く近付いてくる。アリアンヌは速くなってしまいそうな呼吸を必死で抑えていた。天蓋に男が手を掛けた瞬間、その手の中にある輝きから、鋭利なナイフを握っていることに気付く。アリアンヌは咄嗟に上半身をゆっくりと起こした。強がりでも良い。リヒャルトと二度と会えなくなるくらいなら、彼にもう一度失う痛みを与えるくらいなら、虚勢などいくらでも張ろう。




「貴方は、私を殺しにきたのですか──?」



アリアンヌの鈴のような声は、澄んだ真冬の空気によく響いた。男はアリアンヌが起きていたことに驚き、天蓋をぐっと持ち上げる。闇に溶けてしまいそうな、少し長い漆黒の髪が揺れた。

男は漆黒の瞳でアリアンヌを見据える。アリアンヌも真っ直ぐ射るような視線を逸らそうとはしなかった。



「──だとしたら、どうする」



男は低い声でアリアンヌに告げた。ナイフを握る手は強い力で握り締めているようで、命を奪おうとすればいつでも奪えるのだという事実をアリアンヌに突きつける。アリアンヌはそんな危険の中、悠然とした笑みを浮かべた。



「貴方に、私を殺す明確な理由があって?……私には、生きる理由があります。ならば、引くのは貴方の方ですわ」



アリアンヌの言葉に虚を突かれた表情の男は、ぱちぱちと数度瞬きをすると、くつくつと喉の奥で笑った。



「そうか。……しかし、俺は主人に命令されてここにいる。その説得には意味がないな」



「あら、貴方のご主人様の話はしておりませんわ。貴方の意思を聞いているのです」



笑みを崩さず、アリアンヌは男をじっと見つめていた。男の目には、アリアンヌは失い難いこの世に一つとない美しい人形のように映った。生命のあるただ一つの人形だ。真っ白なモスリンの夜着と相まって、その美しさはこの世の物ではないようだった。

窓から吹き込む雪が、室内に舞う。



「俺は──」



男の瞳が揺らいでいた。アリアンヌはその隙につけ込むべく、言葉を重ねる。



「迷いがあるのなら、今夜はお帰りになって。……貴方にとっては、我が家の警備など無いようなものでしょう。私を殺す機会なら、いくらでもありますわ」



男は暫しの間無言でアリアンヌを見つめていたが、踵を返すと、掴んでいた天蓋を投げ捨てるようにして窓の外へ飛び出して行った。

アリアンヌは開いたままの窓を閉めるため、震える足を叱咤しながら寝台から出る。

庭に積もった真っ白な雪には、足跡の一つも残っていなかった。

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