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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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秘密の時間3

その日の夜会は予想外の事故により早くにお開きとなった。アリアンヌはリヒャルトと共に馬車でロージェル公爵邸へと帰宅した。青い顔のニナと、何が起きたかを聞きアリアンヌを気遣うナタリーによって、アリアンヌは早々に入浴を済ませて夜着に着替えた。時間も遅いからと寝台に入るもなかなか寝付けず、アリアンヌは分厚いストールを羽織って、燭台を手にそっと自室を抜け出した。


サロンへ降りると、まだ暖炉には火がついていた。リヒャルトがソファに座り、テーブルで書き物をしている。リヒャルトは他人の気配に顔を上げ、やってきたのがアリアンヌだと分かると、小さく嘆息して向かいのソファを勧めた。素直にそれに従ったアリアンヌに、リヒャルトはぽつりと聞く。


「眠れないのか」


「申し訳ありません。……お邪魔でしたか?」


眉尻を下げたアリアンヌに、リヒャルトは万年筆を置いて苦笑した。


「いや、大丈夫だ。ラインハルトへの今日の報告書を書いていたんだ。……執務室でやれば良いんだが、そういう気分でもなくてね──アリアンヌも飲むか?」


見れば、リヒャルトは酒を飲みながら報告書を作成していたようだ。アリアンヌは小さく笑って首を振った。


「いいえ、リヒャルト様と同じお酒を飲んだら、私すぐに眠ってしまいますもの」


リヒャルトが飲んでいるのは蒸留酒のようだった。テーブルに置かれた琥珀色の液体は、アリアンヌには見るからに強そうだ。


「……そうか」


「どうぞ、お仕事を続けてくださいませ。私、適当なところで戻りますので」


控えめに笑うアリアンヌに、リヒャルトは真剣な瞳を向けた。真っ直ぐな視線にアリアンヌは内心を透かして見られているようで落ち着かない。リヒャルトのエメラルドグリーンの瞳が、炎で揺れた。


「……アリアンヌは、私といるのが嫌になったか?」


リヒャルトの言葉に、アリアンヌは息を飲んだ。リヒャルトはそんなアリアンヌを悲しげに見つめながら言葉を続ける。


「私は、アリアンヌを幸せにしたいと思っている。しかし私の側にいれば、悪意に晒され続けることになる。……今回だって、アリアンヌに甘えて頼ってしまったが、本当はきっと、そうするべきではなかったんだ。いくら聡くても、貴女は私の大切な宝物なのだから」


アリアンヌはリヒャルトの感情を少しでも知りたくて、その瞳をじっと覗き込んだ。リヒャルトはそれを恐れて、僅かに視線を下げる。


「……リヒャルト様。私は、リヒャルト様のお側には相応しくありませんか?」


不安げなアリアンヌの声に、リヒャルトははっと顔を上げ、首を振った。


「──いや、そうではない」


アリアンヌはすぐに否定したリヒャルトに安心し、柔らかく微笑んだ。


「でしたら、お側に置いてくださいませ。私は貴方がお一人で辛い思いをする姿は決して見たくありません。私を失う辛さも、味わわせるつもりはございませんわ。私はか弱い女かもしれませんが、リヒャルト様のためでしたら、ずっと強くあれるのです」


「アリアンヌ──」


「貴方が失うことが怖いのなら、私は決して失いようのないものになりましょう。貴方が独りを恐れるなら、ずっと隣におりましょう。私だけは、リヒャルト様の期待を裏切らないものになりますわ。だから──……だから、諦めないでくださいませ。希望を持つことは、私達には必要なことですわ」


アリアンヌは持てる全ての勇気を持ってリヒャルトに語りかける。リヒャルトはアリアンヌのその誠実さに胸が熱くなった。しかしリヒャルトの口をついて出たのは、ありきたりな愛の言葉だった。


「──愛している、アリアンヌ」


「私も。愛しておりますわ……リヒャルト様」


アリアンヌの言葉に、リヒャルトはそれまでの表情が嘘のように、穏やかな笑みを浮かべた。そしてリヒャルトは気を取り直したように姿勢を正す。


「明日のデートのために、私はもう少し頑張ろう。アリアンヌばかり強くなられてしまっては、私も格好がつかないからね」


姿勢と反して戯けた口調に、アリアンヌも無邪気に笑う。


「……明日は、新しくできたケーキ屋さんへ連れてってくださるのですよね?」


「ああ。チョコレートを使ったケーキが絶品だと王城でも評判だ。明日、昼食を食べたら一緒に行こう」


アリアンヌはそれまでのもやもやが晴れたように、心が軽くなった。


「ええ。ありがとうございます、リヒャルト様」


「アリアンヌ、そろそろ眠った方が良い。明日はアンナとして、最高にお洒落をして出掛けよう。私も久しぶりに、アルトになるよ」


「──まあ!よろしいのですか?」


アリアンヌはぱっと表情を輝かせた。リヒャルトは手を伸ばし、アリアンヌの結っていないふわりと波打つ髪に触れた。


「ああ。……だからおやすみ。全部忘れて、良い夢を見ると良い」


リヒャルトはアリアンヌの髪を梳くように撫でた。アリアンヌは目を細めて擽ったそうに笑う。


「はい。ありがとうございます、リヒャルト様」


「おやすみ、アリアンヌ」


「──おやすみなさい」


アリアンヌは自室へと戻り、寝台に潜った。思い出すのは、リヒャルトの温かい言葉ばかりだ。そしてこの夜、アリアンヌは夢も見ないで眠ったのだった。

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