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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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トレスプーシュ侯爵家の夜会2

リヒャルトはアリアンヌに視線を向ける。アリアンヌはリヒャルトの意図を汲み取り、離れないよう意識して近くに立った。話の流れからして、しばらくかかるようだ。側を離れないという約束を、アリアンヌは忠実に守っている。リヒャルトは情報を集めたいと思っているようで、彼らの話に積極的に相槌を打っていた。



「──まぁ、アリアンヌ様。ごきげんよう」


アリアンヌは背後からの挨拶に振り向き、笑顔を作った。よく響く高い声で声を掛けてきたのは、トレスプーシュ侯爵令嬢であるポレットだ。彼女は今日も華やかな桃色のドレスを着て、複数の取り巻きであろう女性達を連れている。特に自邸での夜会ということもあって、以前会った王城の夜会よりも取り巻きの人数も多いようだ。アリアンヌは合図としてそっとリヒャルトの袖口を引いた。リヒャルトは合図に気付き、アリアンヌに視線を向ける。小さく頷いたアリアンヌを確認し、リヒャルトはアリアンヌに意識を向けながら、三人の貴族達との会話を再開した。アリアンヌもポレット達に向き直る。


「ごきげんよう、ポレット様。本日はお招きありがとうございます」


敵意を一切見せずに柔らかな笑みを浮かべたアリアンヌは、ポレットに優雅にカーテシーをする。


「今日は我が家の夜会にいらしてくださってありがとう。楽しんでもらえているかしら?」


「ええ、本当に素敵ですわ。──皆様、本当にお上品な方ばかりで気後れしてしまいますわね」


アリアンヌの嫌味にポレットは気付いていないようだ。満足げに鼻を鳴らし、扇で口元を覆っている。


「まぁ、貴女にも価値が分かるのかしら?……ふふ、今日はお兄様とご一緒ではありませんのね」


ポレットは目を細めて笑う。アリアンヌは邪気のない笑顔を作って返した。


「ええ、ご心配痛み入りますわ。今日は婚約者である彼がエスコートしてくださってますの」


取り巻きの女性達は笑った。リヒャルトに聞こえる距離なのだが、彼女達には寡黙だというリヒャルトや、女性の会話に興味のない男達など関係ないようだ。


「ロージェル公爵様とご婚約なさったと聞いているわ。……あのお堅い方とご一緒になるなんて、貴女は素晴らしい女性だわ」


「ええ、本当に。お厳しい方だと聞いているわよ?」


気遣いの言葉のように見せかけリヒャルトを悪く言われ、アリアンヌは嫌な気持ちになる。表情に出さないよう気をつけて、貼り付けている笑みを深めた。


「ご心配ありがとうございます。ですが私にとっては、この上なく素敵な男性ですわ」


広げた扇で口元を覆い、アリアンヌは背筋を伸ばして答える。堂々としたその態度に、取り巻きの令嬢達は僅かに怯んだようだった。


「あらそう。貴女にはお似合いということかしら、ご婚約おめでとう」


ポレットは笑顔を貼り付けてアリアンヌに言う。アリアンヌもまた、微笑みで返した。ポレットはこれ以上アリアンヌに何も言うことがなくなったのか、踵を返してそこから立ち去ろうと歩き出した。取り巻き達もそれに続く。アリアンヌは内心で嘆息し、肩の力を抜いた。その時だった。



「──貴女、ちょっとこちらへいらっしゃい」


取り巻きの令嬢の中の一人が、いきなりアリアンヌの腕を掴み、強く引いた。


「え、あの──」


アリアンヌは気を抜いたところで腕を引かれたために抵抗することができず、ふらつくように大きく二、三歩ほど足を前に踏み出した。腕を引いた令嬢は、人混みに紛れてしまい、既に誰だったかアリアンヌには分からない。いきなり近付いてきたアリアンヌに、ポレットは驚いたように足を止めて振り返った。


「貴女、まだ何か……」


リヒャルトは貴族達との会話を止め、離れたアリアンヌの姿を目で追った。アリアンヌはポレットと向き合っている。リヒャルトが不思議に思ったその時、アリアンヌとポレットの周囲の光が揺れ、ドレスのエメラルドとサファイアが一層強く輝くのをリヒャルトは見た。


リヒャルトは考えるより先に飛び出していた。リヒャルトがポレットをそこから突き飛ばし、アリアンヌを腕に抱えて倒れるように転がり距離をとったのと、豪華なシャンデリアが天井から落ち、会場に大きな音が響くのが、ほぼ同時だった。高価なガラスが割れ、周囲に散らばる。会場に複数の悲鳴が上がった。尻餅をついたままのポレットは自身の足のすぐ先やドレスの上に散らばった、割れたガラスの破片に声も出ない。アリアンヌは突然襲った身体の衝撃と、近くで響いた大きな音に、何が起きたのかしばらく判断が付かず、床に転がったリヒャルトの腕の中で放心していた。



「……怪我はないか」


絞り出すような声でリヒャルトはアリアンヌに問いかける。アリアンヌはすぐ近くにあるリヒャルトの顔に驚き、ゆっくりと瞬きを繰り返す。


「──はい。ですが、あの……?」


リヒャルトはアリアンヌの質問に答えることなく、安堵の溜息を吐き、アリアンヌを抱き締める腕の力を強めたのだった。

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