ラインハルトからのドレス
エリスとオリーヴの手伝いもあり、夜会の準備は問題なく行うことができた。特にオリーヴのヘアセットの上手さは、ナタリーも後学のためにと手伝いながらメモを取る程だった。夜会の準備が済んだアリアンヌに、ナタリーとニナは満足そうだ。エリスは頬を染めてアリアンヌに見惚れている。
「アリアンヌ様、素敵です……!」
感嘆の声を上げたエリスに、アリアンヌは苦笑した。
「ありがとう、エリス。オリーヴも、手伝ってくれて助かりました」
アリアンヌの言葉に、オリーヴは上品に腰を折る。
「いえ、アリアンヌ様のお支度をお手伝いさせて頂き、光栄です」
アリアンヌは、ラインハルトが用意した衣装を着ている。シルクで作られた薄水色のドレスはアリアンヌの体にぴったりだ。ワンショルダーになっており、胸の周りと裾には銀糸で精緻に薔薇の刺繍が入れられている。プリンセスラインにふわりと広がった裾では、いくつもの小粒のエメラルドとサファイアがキラキラと輝いている。背中はレースの布が当てられ、サファイアブルーのリボンで丁寧に編み上げられていた。ドレスと同じ素材のグローブは、露出が増えた腕を上品に隠している。肩紐のある左側の胸元にはサファイアの青薔薇にエメラルドの葉が付いた華やかなブローチを着ける。靴はリボンと同色のサファイアブルーで、エメラルドの石が飾りに使われていた。ネックレス、イヤリングと髪飾りも、ブローチと同じ薔薇のモチーフのものだ。小物として、銀の骨にサファイアとエメラルドをあしらったレースの扇を手にしている。
亜麻色の髪は後れ毛の少なめなハーフアップにし、上部を編み込みにして複雑に纏め上げた。パールの付いたピンを差し込むことにより、青薔薇の髪飾りがより際立ち、アリアンヌをより華やかに見せる。ドレスに合わせて少し華やかにした化粧は、いつもより危うい色香を漂わせている。
ドレスの印象もあり、アリアンヌはお伽話の中のお姫様が現実に抜け出てきたかのように華やかで幻想的な美しさだ。
「これは……目立つなと言う方が難しいくらいだわ」
アリアンヌは嘆息した。主催者一族よりも華やかになってしまうのではないか。複雑な表情のアリアンヌに、ナタリーは封筒を手渡した。
「こちら、宝飾品と一緒に入っておりました」
「……宝飾品と一緒にということは、陛下からかしら?」
アリアンヌは怪訝な顔で受け取ると、糊付けされていない封筒を開けて、中からカードを取り出す。
『会場で最も美しい蝶になって、毒蛾をあばき出して欲しい。──ラインハルト・クローリス』
大らかだが美しい筆跡で書かれた文字に、アリアンヌは驚く。以前見たことがあるラインハルトの文字とサインが確かに同じで、直筆であると分かった。
「これは、陛下の文字よ」
アリアンヌの言葉に、ニナとエリスは顔を青くした。ナタリーは唖然とした表情で、オリーヴは呆れているようだ。
「……陛下は幼少期より、リヒャルト様と大変仲が良くていらっしゃいましたから」
そう言って嘆息したオリーヴに、アリアンヌは苦笑する。
「ええ、そうね。……このドレスはそれを見せつけているわ。こんなにも二人の色を使って、間に入る隙はないと主張しているよう」
実際ラインハルトの狙いはアリアンヌが言った通りである。ラインハルトの瞳のサファイアブルーと、リヒャルトの瞳のエメラルドグリーンを身に纏った、リヒャルトの美しい婚約者というイメージを印象付けるために用意された一式だ。今回の夜会の趣旨から考えても、リヒャルトに付け入ることはできないと思わせることが必要であるのだろう。
「準備もできましたし、サロンに行きましょうか。リヒャルト様がお待ちだわ」
アリアンヌはカードを手に持ち、ドレスの重さを感じさせない嫋やかな所作で、一階のサロンへと向かった。
アリアンヌがサロンに入ると、リヒャルトはアリアンヌを真っ直ぐに見つめた。リヒャルトはしばらくその美しさに見惚れた後、ドレスや宝飾品のエメラルドとサファイアに目を留め、複雑な表情をした。
「アリアンヌ……とても綺麗だ。だが、ラインハルトがすまないことをした」
アリアンヌはリヒャルトの元まで歩き、その前に立った。そして、ラインハルトからのカードをリヒャルトに見せる。リヒャルトは顔を顰めた後、力を抜くように苦笑した。アリアンヌは戯けた表情でリヒャルトに言う。
「いえ、今回の夜会では、これくらい見せつけた方が良いのでしょう?」
アリアンヌが小さくドレスの裾を摘んで持ち上げると、リヒャルトは苦笑した。
「ああ……予定通り、できるだけ私から離れないでくれ。それでなくても、こんなに美しく着飾った貴女を、他の男の目には触れさせたくないのだから」
「まぁ、リヒャルト様ったら。……もちろんですわ、リヒャルト様がいらしてくださるから、このドレスの重みにも、私は強く立っていられるのです」
今日のリヒャルトは銀色の夜会服に、グリーンにブルーで刺繍の入ったクラヴァットとチーフを合わせている。整えられた赤銅色の髪も相まって、とても美しく、王族の気品を醸し出していた。
真摯な瞳で言ったアリアンヌの右手を取ると、リヒャルトはそこにそっと口付けを落とした。
「私が守るよ。……警戒は必要だが、安心して側にいてほしい」
リヒャルトの言葉に、アリアンヌは僅かに頬を緩めて頷くのだった。