二人で夕食を
その日の夜、ナタリーがロージェル公爵邸へとやってきた。アリアンヌの部屋で、ナタリーを見て、ニナは安堵の表情を浮かべる。
「ナタリー……!ありがとうございます!」
今にも抱きついてきそうな勢いのニナにナタリーは苦笑する。頼れる先輩であるナタリーが来たのが嬉しくて仕方のない様子だ。アリアンヌは肩を竦めて笑った。
「明後日が夜会の当日なのよ、来てくれて嬉しいわ」
「もちろんですわ、アリアンヌ様。お呼び頂き光栄です」
ナタリーは満面の笑みで言い、頭を下げた。
「ナタリーが来てくれて本当に本当に良かったですー!」
「ニナ、大袈裟よ」
「私……もっと勉強します!ナタリーがいない間、できないことだらけで、不甲斐なくて……」
ニナは薄茶色の瞳を潤ませた。ナタリーはニナの肩を何度か叩き、少しでも落ち着かせようとしている。
その時扉が叩かれ、入室を求める声が掛けられた。アリアンヌが許可すると、モーリスが入ってくる。モーリスは室内の様子に微笑ましいものを見るように目を細め、表情を和らげた。
「アリアンヌ様、リヒャルト様がご帰宅なさいました。お食事をご一緒にと仰っています」
アリアンヌはモーリスの言葉に表情を明るくして両手を胸の前で合わせた。
「まぁ!嬉しいわ。すぐに参りますとお伝えしてくださいませ」
モーリスは一礼して退室した。アリアンヌはナタリーに髪と化粧を整えてもらい、食堂に向かう。ナタリーとニナを伴って入った食堂では、既にリヒャルトが座ってモーリスと会話をしていた。アリアンヌに気付くと会話を止めて立ち上がり、入り口までアリアンヌを迎えに来る。
「おかえりなさいませ、リヒャルト様」
「ただいま、アリアンヌ。誘いを受けてくれてありがとう。こんなに素敵な貴女を独り占めできるなんて、私は幸運だ」
リヒャルトは艶のある微笑みを浮かべ、頬を染めたアリアンヌの手を取った。歯の浮くような台詞に違和感がないのは、リヒャルトが本音で話しているからだろうか。リヒャルトはアリアンヌを隙のない動きで椅子までエスコートし座らせる。ナタリーとニナが少し離れたところに控え、リヒャルトが向かい側の席に戻ると、アリアンヌは気持ちを落ち着けようと口を開いた。
「リヒャルト様、改めて紹介させてください。私の侍女のナタリーです。今日からナタリーもこちらでお世話になります。よろしくお願いしますね」
アリアンヌの言葉に、ナタリーが一歩前に出て頭を下げる。
「ナタリーです。よろしくお願い致します」
「私の方こそ、滞在中の不都合があれば何でも言って欲しい。明後日の夜会の支度もあるだろう。アリアンヌをよろしく頼む」
「勿体ないお言葉です。ありがとうございます、ロージェル公爵様」
楚々とした振る舞いのナタリーにリヒャルトは頷き、視線をアリアンヌに戻した。それを合図に、モーリスが端に控えているメイドに給仕を始めるよう指示を出す。
小さなグラスに食前酒が注がれる。それを飲むと、前菜から順に料理が運ばれてきた。ひとつひとつの料理は盛り付けにまでこだわっていて、目にもアリアンヌを楽しませる。口に含めば、上品な味わいでとても美味しかった。思わず頬を緩ませるアリアンヌを見て、リヒャルトも微笑む。
「リヒャルト様と一緒にお食事ができて、嬉しいです」
「いや、これまであまり一緒に過ごせていなかったからね──少しくらい早く帰ってきたって問題ないよ」
リヒャルトの言葉にアリアンヌは無邪気に笑った。
「ふふ、陛下がお困りになりますわ」
「大丈夫、ちゃんと仕事はしてきたから。それに、こんなに楽しい食事は久しぶりだ。ありがとう」
リヒャルトの表情に引きずられるように、アリアンヌも幸せな顔になった。給仕をしているメイドはリヒャルトの初めて見る表情に驚いていたが、二人の穏やかな空気を邪魔しないよう気配を消している。ナタリーとニナは少し離れたところで顔を見合わせ、幸せそうなアリアンヌの姿に微笑み合った。
「夜会のドレスなんだが……」
食後、サロンへ移動したアリアンヌとリヒャルトは、暖炉の側のソファに並んで座って紅茶を飲んでいた。それまで何かを考えているかのような表情で黙っていたリヒャルトが、おもむろに口を開く。
「ドレスでしたら、持ってきたものがありますので大丈夫ですわ」
当然のように返すアリアンヌに、リヒャルトは首を振る。
「今回はラインハルトが全て揃えてくれている。もちろん、個人の資産からね」
「陛下が?」
アリアンヌはリヒャルトの言葉にきょとんと瞬きをした。リヒャルトはアリアンヌの表情に苦笑したが、改めて厳しい表情でアリアンヌに説明をする。
「モーリスから、資料は受け取った?」
「ええ。……あの資料はどこから?」
「トレスプーシュ侯爵家の潜入者と、ラインハルトの部下から。量はあるが、覚えておいて損はないと思う」
アリアンヌは紅茶を一口飲み、ゆっくりと頷いた。