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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
58/136

伯爵令嬢として2

「ごきげんよう、エリス」


アリアンヌは控えめに微笑んでエリスに声を掛けた。エリスは瞳を忙しなく動かし、アリアンヌと、日傘を差すニナを観察するように見ている。アリアンヌは、喜びを表情に出さないよう意識してゆっくりと呼吸した。何日も逃げられていたエリスが自分から近付いてきたのだ。嬉しくないはずが無い。


「……アリアンヌ様、だったん、です?」


エリスは驚き過ぎておかしな言葉遣いでアリアンヌに聞いた。目の前のアリアンヌは、アンナの姿の時よりもずっと華やかで上品だ。


「ええ。エリスに近付く為に変装してきたけれど、もう意味がないでしょう?……あまり無理を言っては、リヒャルト様にも申し訳ないし」


アリアンヌは微笑みを崩さないままエリスを見ている。エリスはアリアンヌの言葉に傷付いたように目を眇めた。


「そ、れって……」


「ティモテから聞いたわ。あの人ったら私を護衛してたはずなのに、お喋りで困っちゃうわ。──ねえ、ニナ?」


「ええ。本当に」


アリアンヌはわざとらしく目線を下げて溜め息を吐く。ニナもそれに同意した。エリスはアリアンヌへの反発から、反射的に口を開いた。


「でも……っ!ティモテさんは良い人です。リヒャルト様のこと……本当に大切に思っていて……だから……」


少しずつ言葉が小さくなっていくエリスは、最後には俯いてしまった。アリアンヌは上がってしまう口角を広げた扇で隠し、顔を上げた。


「ええ。だから、ティモテには何の咎めもありませんわ。彼は信念の元、行動しただけですもの」


エリスが顔を上げると、アリアンヌは悠然とした笑みを浮かべている。


「罪など、最初から何も無いではありませんか。……もちろん、エリス。貴女にもです」


「そんな──」


エリスはアリアンヌの言葉に動揺した。それは全てを受け入れ、赦すことと同義だ。ティモテはアリアンヌの意思に逆らい行動し、エリスはアリアンヌの婚約者に横恋慕したと言われてもおかしくない。もちろんエリスにはリヒャルトに恋をした自覚はなく、知らされた今でもそれを受け入れられずにいるのだが。アリアンヌは全て理解した上で、エリスに残酷な優しさを突き付けた。


「エリスが恋をした相手は、この邸に出入りしていた『アルト』様です。何の問題がありましょうか。彼は、今も元気で暮らしていらっしゃいます。お会いになるかは、貴女次第ですわ」


アリアンヌは表情を動かさないままにはっきりと言い捨てる。ぴんと伸びた背筋は、その気高さを象徴しているようだ。


「あの──」


エリスは何かを言おうと口を開くが、続きの言葉は出てこない。アリアンヌは無言でエリスに背を向け、庭園の奥へと向かった。エリスは追い縋ることもできず、アリアンヌの美しい後姿を見送った。





しばらく散策してから自室へと戻ったアリアンヌは、ニナが淹れた紅茶を飲み、溜め息を吐いた。上品なティーテーブルの上には、リヒャルトが選んだという蔓薔薇のカップに淹れられた紅茶と、華奢なテーブルには似つかわしくない紙の束が置かれている。

先程やってきたモーリスが置いていったそれは、明後日の夜会の参加者のリストと、トレスプーシュ侯爵邸の見取り図だ。アリアンヌはざっと目を通したが、権力争いから距離を置いていながら、どちらかといえば分権王国派に属するシャリエ伯爵家のアリアンヌにとって、知らない名前ばかりが並んでいた。参加者の地位と交友関係、領地の経営情報まで書いてある。見取り図には丁寧にいくつかの隠し通路まで書き込まれていた。


「……こんな情報があるなんて、流石はロージェル公爵家と言うべきかしら……」


「陛下も関わっているそうですし、そちらからの情報かもしれませんね」


側に立っているニナが苦笑する。アリアンヌはニナに目を向けた。


「ニナ。これをモーリスが持ってきたということは、これを夜会までに覚えなさいって意味よ」


「……え、これ全部ですか」


ただでさえあまり気が進まない夜会だ。トレスプーシュ侯爵家と言えば、王城の夜会で令嬢であるポレットに果実水をかけられそうになったことで苦手意識もある。


「それに、リヒャルト様は立場上どの派閥にも属していなかったはずだから……罠だと分かっていて、利用するつもりかしら」


アリアンヌは眉を下げ、紅茶を飲み干した。ニナはアリアンヌの様子に、先日のリヒャルトの話を思い出す。


「アリアンヌ様──」


「なんて、心配しても仕方ないわ。今できるのは、これを暗記することよ」


アリアンヌはニナに笑顔を見せ、紙の束を持って机へと移動する。アリアンヌは並べられた貴族の情報を頭の中で整理し始めた。ニナは、集中しているアリアンヌを心配そうに見る。アリアンヌの目は机の上の紙に向けられ、ニナの視線には気付かない。ニナはティーセットを片付けながら、当日は自分がアリアンヌをしっかり守ろうと、改めて覚悟をしたのだった。

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