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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
57/136

伯爵令嬢として1

扉を開けて入ってきたのはオリーヴだった。


「アリアンヌ様、宜しければお食事のご用意をさせて頂いております」


恭しく頭を下げたオリーヴは、顔を上げて暫くアリアンヌの姿に見惚れた。アリアンヌは恥ずかしさから扇を少し開き、顔の下半分を上品に覆う。


「オリーヴさん、あまり見ないでくださいな。……アンナだと知られていると思うと、どうしても恥ずかしくて」


アリアンヌの声に、オリーヴははっとした表情で動きを取り戻した。


「失礼致しました。ですが……アリアンヌ様は本当にお綺麗でいらっしゃいますね。リヒャルト様が夢中になるのも頷けますわ」


オリーヴは納得したように首を上下に振る。アリアンヌは扇を閉じ、姿勢を正し嫋やかに微笑んだ。


「ありがとう、オリーヴさん」


「私のことはオリーヴ、と。ご用意がお済みでしたら、食堂へご案内致します」


アリアンヌはニナと視線を交わし、頷き合った。





ロージェル公爵家にリヒャルトの婚約者であるアリアンヌが滞在しているという話は、邸中にあっと言う間に広まった。敢えて目立つように行動し、意図的に広めているのだから当然だ。アリアンヌが食堂で昼食をしている時は、窓や扉の隙間から視線を感じていたし、その後のサロンでは誰が紅茶を出しに行くかの話し合いが行われていた。部屋に戻る廊下でも、いつもより多くの人とすれ違ったような気がする。公爵家で働いている使用人として教育されているとはいえ、やはりリヒャルトの相手となると気になるのだろう。


お茶の時間を少し過ぎた頃、アリアンヌは庭園を散策することにした。メイドの制服を脱ぎ侍女らしい簡素なドレスを着たニナが、アリアンヌに日傘を差しかけている。


「まぁ──これを見て、ニナ。これ、キダチダリアの花だわ。こんなに立派な……」


上品に整えられている庭園は、場所によってメインになる花が決められているようだった。その花を主役とし、引き立たせるように他の草花が並んでいる。背が高いキダチダリアの花は、庭園の中ほどの場所で植木によって作られた道沿いに並ぶように植えられていた。


「素敵ですね、アリアンヌ様」


ニナと共に見上げながら、アリアンヌは以前リヒャルトに聞いた好きな花を思い出した。


「リヒャルト様のお好きなダリアって、キダチダリアのことかしら──ふふ、リヒャルト様は、本当に陛下のことが大好きでいらっしゃるのね」


キダチダリアは、別名皇帝ダリアと呼ばれている。皇帝という響きは、自然とラインハルトを想像させた。リヒャルトが言った、強く立派で繊細な花という言葉もこの花にぴったりだ。きっとそれが、リヒャルトにとってのラインハルトの姿なのだろうとアリアンヌは思った。


「陛下をですか?」


意味が分からず首を傾げるニナに、アリアンヌは畳んだままの扇を唇の前に立てた。悪戯な笑みがドレスに映える。


「私とリヒャルト様の秘密よ、ニナ」


ニナはアリアンヌの仕草と言葉に、呆れたように嘆息する。


「私だって、その秘密に関わるほど愚かではありませんわ」


ニナの言い方にアリアンヌは声を上げて笑った。ニナもつられて笑う。鈴を転がしたような笑い声は、静かな庭園に良く通った。

いつもは静かな庭園に人の声があるのだから、気になるのは当然だ。何人かの庭師が花の陰からこちらを窺っている。


「──こんにちは、お邪魔してますわ」


アリアンヌは柔らかな笑みを浮かべ、その中で一番年配の庭師に声を掛けた。庭師は肩をびくりと跳ねさせ、おずおずと前に出てくる。四十を少し過ぎた頃であろう庭師は、アリアンヌに頭を下げて挨拶をした。


「いらっしゃいませ、お嬢様」


「そんなに怖がらないで。私は、アリアンヌ・シャリエと申します。しばらくお世話になりますわ」


可憐にカーテシーをしたアリアンヌは、扇で控えめに口元を隠し、僅かに首を傾げて見せた。


「アリアンヌ・シャリエ様……って、リヒャルト様の婚約者様でいらっしゃいますか!?」


庭師は目を丸くして驚いた。かつて他の貴族の邸で働いていたこともある彼から見ても、アリアンヌは飛び抜けて可憐で美しかったのだ。アリアンヌはリヒャルトの婚約者という言葉に頬を染めた。


「はっきり言われると恥ずかしいわね……ええ。なので、仲良くしてくださると嬉しいわ」


「はい、もちろんです。──ははぁ、リヒャルト様、流石と言うか……あの朴念仁も素敵なお嬢様と出会えば変わるってことですかねぇ」


腕を組み何度も頷いている庭師に、アリアンヌは笑う。アリアンヌと出会う前のロージェル公爵としてのリヒャルトは、確かに常に厳しい顔を崩さないと噂されていた。公爵家の使用人であってすら、リヒャルトはモーリス以外の前で声を出すことはなかったのだ。そう言われるのも仕方ないとアリアンヌは思う。


「ありがとう。リヒャルト様は皆さんに愛されていらっしゃるのね」


「愛されているというか……あれは放って置けないと言った方が良いですね」


庭師はそう言って苦笑した。アリアンヌの父のような年齢の庭師にとっては、リヒャルトもまた子供なのだろうか。アリアンヌが考えていると、少し離れたところから名前を呼ばれた。



「アリアンヌ様……?」


アリアンヌが振り返ると、そこにはエリスがいた。エリスは立ち竦んだまま、丸い目でアリアンヌを見つめて動けずにいる。アリアンヌは庭師に小さく会釈し、現れたエリスに向き直った。

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