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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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秘密の時間2

「いや、むしろラインハルトに聞いたら、そんなこと考えてる間に仕事しろって言われそうだ」


笑いを含んだ声音に反して、リヒャルトの表情はとても優しい。アリアンヌはリヒャルトのその表情に安心し、鈴のような声で笑った。


「陛下ってそんな方でしたの。存じ上げませんでしたわ」


「ラインハルトは猫を被るのが本当に上手い。もちろん、良い国王だし良い兄だけどね」


リヒャルトも面白そうに笑った。グラスを傾け一口飲むと、リヒャルトは真顔になって言葉を続ける。


「──私はね、アリアンヌ。貴女のその純粋さを尊敬しているよ。きっとこれまで、他人より傷付いてたくさん悩んできただろう」


リヒャルトは不意に右手をアリアンヌへと伸ばした。冷えた指先が壊れ物に触れるかのようにアリアンヌの頬に添えられる。小さなテーブルが二人の距離をそれ以上近付けることを許さなかった。

アリアンヌは頬にひやりとしたリヒャルトの指先の温度を感じた。いつもは心臓が高鳴って俯いてしまうのだが、今のアリアンヌはリヒャルトから目を逸らせずにいる。


「それでも真っ直ぐ他人と向き合い、明るく前を向く貴女を、私は美しいと思っている。……思えば最初から、アリアンヌは私を見てくれていた。あの時は、こんなにか弱そうな女性が引っ越しの手伝いなんてと驚いたものだ」


「リヒャルト様──」


「大丈夫だ。アリアンヌが傷付いても悩んでも、私が側で貴女を守るよ。安心して、やりたいように動くと良い」


リヒャルトはアリアンヌの頬から指先を移動させる。唇に辿り着くと、そっと触れて手を離した。その手をリヒャルト自身の口元に持っていくと、目を伏せそっとそこに唇を寄せる。アリアンヌはその動きに、まるで本当に口付けされたような錯覚に陥った。顔が熱を持っていくのが分かる。


「リヒャルト様っ?恥ずかしいですから……」


「ごめんね。可愛いから、ついからかいたくなってしまう」


悪戯をする子供のようなリヒャルトの表情に、アリアンヌは毒気を抜かれ肩を落とした。


「もう……」


「もちろん私もアリアンヌを頼りにしているよ。今度の夜会だってそうだし、そういうものでなくても……アリアンヌがいてくれて良かったと思っている」


リヒャルトはまた真摯な瞳で言った。揺らめく灯りはリヒャルトの二つのエメラルドをこの世で一番美しい宝石のように輝かせている。その中にはアリアンヌが映っていた。アリアンヌはリヒャルトのその言葉と態度に嬉しくなり、前へと進む覚悟を決めた。



「ありがとうございます、リヒャルト様。──そうですわね。悩んだまま動かないなんて、私らしくありませんわ。リヒャルト様、協力していただけますか?」


アリアンヌは表情を輝かせ、両手を合わせる。


「もちろんです、我が姫君。私にできることでしたら、何なりと」


リヒャルトが芝居がかった仕草で右手を左胸に当てた。それが様になっていて、アリアンヌの鼓動が早くなる。アリアンヌはそれでも楽しそうに笑い、また少し果実酒を飲む。次に顔を上げたときには、アリアンヌは先程までからは想像できないような、挑戦的な笑みを浮かべていた。


「……明日から、私は私に戻ります。アリアンヌ・シャリエに──アンナにできないことは、『私』がやるしかないわ」


リヒャルトはアリアンヌのその姿に呆気にとられた。僅かな灯りの中で、アリアンヌのその表情はあまりに妖艶だった。今度はリヒャルトが、アリアンヌから目を逸らせない。

アリアンヌがにっと唇の端を上げたとき、リヒャルトはやっと言葉を取り戻した。


「──では、明日の昼にはそのように手配しよう。残り数日だが、やっと貴女と一緒に食事ができる」


リヒャルトは嬉しそうに言った。アリアンヌもその言葉に表情を柔らかくし、微笑む。


「ええ。私も嬉しいです」


「この家で誰かと食事をするのは、私の夢のひとつだったんだ」


酒のせいか、今日のリヒャルトはいつもより饒舌だった。アリアンヌはリヒャルトの言葉に、ロージェル公爵家には今家人が一人しかいないことを思い出した。

大抵の貴族の家は、大きな屋敷に何人もの親戚が出入りし、複数人の家人が暮らしている。しかしロージェル公爵家は、リヒャルトが作ったものだ。リヒャルトの親戚は王家であり、ここに来る人間は公式にはいない。


「リヒャルト様。これから……この家を、もっともっと暖かい場所にしましょう?」


アリアンヌは感情のままにその思いを口にした。ふわりと微笑むと、アリアンヌはゆっくりと顔を伏せる。リヒャルトはアリアンヌの言葉に息を飲んだ。


「アリアンヌ──」


リヒャルトは咄嗟にアリアンヌに触れようと手を伸ばした。しかし、アリアンヌは俯いたまま動く様子がない。酒に弱いアリアンヌは、薄めた果実酒に酔い、そのまま眠ってしまったのだった。


リヒャルトはアリアンヌが眠ったことに安堵し、しかし少し寂しくも思った。リヒャルトは立ち上がると、アリアンヌを起こさないよう慎重に抱きかかえる。少し悩んだ素振りをするが、そのまま寝室へと連れて行き、備え付けの天蓋のない簡素な寝台へと降ろした。布団を掛けると、アリアンヌは幸せそうな表情で身動ぎをした。


「おやすみ、アリアンヌ」


リヒャルトはその額に小さくキスを落とす。どこか切なさの混ざった笑顔のまま、アリアンヌの部屋から出ていった。

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