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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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エリスの現実

「そ……れって──」


「それでもエリスさんは、初恋の彼にお礼を言いたい?」


見開かれたエリスの瞳からは、もう涙は溢れなかった。ティモテはバツが悪そうに目を逸らす。


「アンナさんに聞いたよ。健気で素敵な願いだと思うけど、君の場合は相手が悪過ぎる」


エリスはアリアンヌ達が会話をしている方を見る。知ってしまえば、これまで気付かなかったことが不思議なほど、ふとした所作まで洗練されており、儚げで美しいその姿はあまりに可憐だった。



「──アリアンヌ様……って名前なのね……」


エリスは遠い目をして惚けている。ティモテはエリスの中で情報の処理が終わるのを待たずに、言葉を重ねていく。


「アンナさんにはあまり時間がないんだ。対外的には、二週間の約束で花嫁修業をしていることになっている。……だから君に辛い決断を迫って良いとは思っていないけど。それでも僕にはリヒャルト様が一番大切だから、これ以上あの方に辛い決断はさせたくない」


「ティモテさんにとっての、リヒャルト様って……?」


エリスはおずおずとティモテに聞いた。その質問に、ティモテは表情を僅かに緩める。


「僕の、人生の目的だよ」


エリスはその答えに何も言えなかった。





しばらくして、アリアンヌとニナは会話を終えてティモテとエリスの元へと戻ってきた。ティモテは立ち上がり、戻ってくる二人を出迎える。たくさん話して満足した前の依頼人は、仕事を思い出して帰っていったようだ。アリアンヌの話を聞き、話が終わったから帰ったのではないことにティモテは驚く。


「まだ話せるんだ……」


「ティモテさん、女性の話に終わりなんてないの。……まぁ、あの方は少し喋りすぎですね」


ニナがやれやれと肩を落とす。その仕草にアリアンヌは笑った。すっかり泣き止んでいるエリスは、会話を呆然と聞いていた。


「そうね。エリス、待たせてしまってごめんなさい。ティモテが失礼なこと言わなかった?」


いきなり話を振られたエリスは、肩を跳ねさせた。アリアンヌの立場を理解したことで、無意識に俯いてしまい、左右の手でロングスカートを掴む。


「……エリス?」


心配そうにエリスの表情を窺うアリアンヌに、エリスははっと顔を上げた。


「ごめんなさい……っ!」


エリスの表情は何かに怯えているようにも見えた。何に謝っているのかも分からない。アリアンヌは驚き、ティモテに厳しい顔を向ける。


「ティモテ?貴方、一体何をしたの」


エリスはアリアンヌのいつもより低い声に顔を青くした。ティモテはそれを見て、右手で雑に髪をかきあげ、戯けた表情を作った。


「……えっとー、ちょっとお説教、かな?」


アリアンヌは嘆息した。


「ティモテ……今日は楽しくお買い物の予定だったのよ?」


「分かってますって。ごめんごめん」


ティモテは軽い言葉の割にしっかりと腰を折った。下を向いているティモテの表情を窺っているエリスに、ティモテは僅かに顔を向けると、小さく舌を出して悪戯な子供のように笑った。エリスはティモテのその姿に、ふっと全身の緊張が解けたようだった。


「ティモテさんは、悪くないです……」


アリアンヌは驚き、エリスを見た。エリスが自分の意見を言葉にしたのは、今日出掛けてから初めてのことだったのだ。アリアンヌはそれが嬉しくて、蕩けるような笑顔になっていく。


「……そう。じゃあ、今日はそろそろ帰りましょうか。お買い物は出来なかったけど、皆で出掛けられて楽しかったわね」


アリアンヌは手を伸ばし、座ったままのエリスに差し出した。エリスはスカートを掴んでいた手を開き、そっとアリアンヌの手に重ねた。


「──はい、楽しかったです。ありがとうございます……!」


顔を上げたエリスは、夕陽に染まるアリアンヌを見上げた。手を差し伸べるアリアンヌは、エリスにはまるで一枚の絵画のように美しく見えた。





アリアンヌがエリスと出掛けてから五日が過ぎた。その間、アリアンヌはモーリスと共に執務室で過ごすことがほとんどだ。紅茶を淹れに厨房に行くこともあるが、エリスはアリアンヌを避けて距離をとっていた。アリアンヌは外出の日に何かしてしまったかとも思ったが、心当たりはない。アリアンヌがロージェル公爵邸にいられるのは、あと四日だ。最終日の前日には夜会に行く必要があるので、準備を含めると、もう時間がなかった。

モーリスは物憂げに宙を見つめるアリアンヌに声を掛けた。


「アンナさん、依頼の方はどうでしょうか?」


「それが、原因は分からないのだけれど……エリスに避けられている気がするのよね」


モーリスは怪訝な表情だ。大人しいエリスが、親しげに近付いてくるアリアンヌを拒絶できるとは思えなかった。


「それは不思議ですね。心当たりはないのでしょう?」


アリアンヌは嘆息し、ソファの背に身体を埋める。


「そうなのよね……出掛けた日に何かきっかけがあったのは間違いないのだけれど──」


アリアンヌが首を傾げる。モーリスも原因が分からず、打つ手が思い付かなかった。その時、執務室の扉が乱暴に叩かれる。アリアンヌとモーリスが見ると、中からの返事を待たずに大きく扉が開けられた。

このままだと、3連休中には2章完結できそうです。


いつもお読み頂きありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします。

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