知らされた真実
ティモテは怯えたように固まってしまったエリスの隣に、どかっと腰を下ろした。衝撃でベンチが揺れ、エリスが余計に肩を竦める。
「……あ、いや。悪かった」
ティモテは右手で波打つ金髪をがしがしと雑に掻き回した。エリスはその動作一つにも過敏に反応し、身体を縮める。茶色の瞳は怯えた色をしており、より萎縮してしまったことがティモテにもわかる。
「いえ……本当のこと……ですから」
顔を俯けたままのエリスに、ティモテは苦笑した。
「いや、本当に悪かったよ。……君を見てると昔の僕と重ねちゃって」
ティモテはエリスの方を見ないまま、離れた所にいるアリアンヌ達の方に視線を向けている。エリスは見られていないことに安心を覚え、僅かに顔を上向けてティモテの表情を窺う。
「昔の……ティモテさん?」
ティモテはエリスに目を向け、僅かに深い紺の瞳を細めた。
「そう。だからそんなに自分を卑下しないで……なんて言っても、どうにもならないんだよな、知ってる」
エリスはティモテの言葉に驚きを隠せない。エリスにとってティモテは、アリアンヌやニナや……他の皆と同じ、きらきらとした側の人間だ。使用人の間でも人気が高いことはエリスも知っている。エリスに対して親身な言葉を掛け、ましてや共感してくれるなど、思ってもいなかった。
「……あんまり話さないんだけどな。下らない僕の失敗の話だよ」
ティモテは視線をまだ女性に捕まっているアリアンヌ達の方へと向け、話し始めた。
「僕って、元々子爵家の次男で。貴族って言っても子爵家の次男なんて、継ぐ爵位もないから、軍人か官僚になるしかないって思っていたんだ」
エリスはティモテの告白に首を傾げた。言っていることは尤もなのだが、今のティモテはロージェル公爵家の護衛だ。私人に雇われているのだから、出世を狙える仕事ではない。
エリスの反応にティモテは苦笑した。
「……これでも僕、三年前までは近衛騎士だったんだよ」
エリスは素直に驚いた。近衛騎士と言えば、貴族の子弟が目指す職の中でも特に栄誉ある職だ。実際に王族の側近くに仕えるのだ。強さだけではなく、礼儀作法や人柄も重視されると、世情に疎いエリスでも知っている。
「え、ティモテさんって……すごい人だったんですね……」
「そんなことはないよ。当時の僕は、本当に馬鹿だったんだ。……エリスさんには、キラキラした人っていない?何故か自分の視界に入ってきて、目を離せないような……」
エリスはその感情を知っていた。エリスは顔を道の向こうに向ける。そこでは、最近知り合ったばかりのアリアンヌが、緑のワンピースと暖かそうなマントをふわふわと揺らしながら、エリスの知らない女性と笑顔で会話をしていた。アリアンヌの生き生きとした姿は、エリスの目にはとても眩しく映る。
ティモテはエリスの目線を追うと、くしゃりと笑った。
「そう……エリスさんにとっては、それは彼女でもあるのか」
エリスは小さく頷いた。
「だけど……私はアンナみたいには、なれません」
寂しそうに目を細めたエリスに、ティモテは自分を重ねた。ティモテにとってのその人はリヒャルトだ。いつからか目標は目的になり、追い付けない背中はいつも遠くにある。
「僕はね。……四年前、周囲と権力に流されて、僕にとってのそういう人を追い詰めてしまったんだ。あの時の僕は、何も考えてなかったんだと思う。正解が分からなくて、何も選べなくて……後悔した時には、取り返しがつかなくなっていたよ」
エリスは驚きの表情でティモテを見た。ティモテは忘れることができない後悔を表情に浮かべていた。
「家の爵位がそう高くないから、がむしゃらにやってようやく掴んだ仕事だった。それを名誉に思っていたし、リヒャルト様の信頼を得て、第二王子付きになって、毎日充実していたんだ。ずっと続くよう願っていたその日々に終わりを告げられた時、何も考えられなくて、決められないまま権力に従ってしまったことが……僕の後悔だ」
ティモテはかつてリヒャルトがツェツィーリエに奪われた者の一人だ。リヒャルトが臣下に下る時、ティモテはツェツィーリエ付きの近衛騎士の職を辞してリヒャルトについて行った。当時はツェツィーリエ付きの近衛騎士とは名ばかりで、ほぼ飼い殺しにされていたと言うべきだろう。リヒャルトは、ティモテが両親に勘当されてでもロージェル公爵家で働いてくれていると感謝しているが、ティモテはリヒャルトに助けられたと強く思っていた。
「……そして、僕を助けてくれたのもまた、その人だった。その時に僕はやっと、自分で自分の道を選んだんだ」
ティモテは何かを胸に秘めているような複雑な顔をしている。エリスはティモテが何故エリスにこの話をしてくれたのか分からないでいた。
「ごめんね、エリスさん。僕は皆みたいに優しくないんだ。守りたいものも決まっている。だから……本当の事を言うよ」
エリスはティモテから目を離せない。深い紺の瞳は、普段のティモテとは別人のような思慮深さを秘めていた。
「──君の初恋の人はリヒャルト様だ。そしてアンナさんはその婚約者の、アリアンヌ・シャリエ伯爵令嬢。彼女は君が公爵家を辞めないように、君の初恋が良い思い出になるようにと頑張っている」
「──!!」
エリスは息を飲み、何も言えない。心臓が自分のものでなくなったように、鼓動が響いて聞こえた。






