買い物へ行こう3
今日の目的は、商店街の服飾店だ。一言で言ってしまえば、分かりやすく見た目から変えてみようということである。
「──という訳で、今日はエリスの服を選びたいと思うの」
アリアンヌの説明に、エリスは驚きを隠せない。心配もあるようだ。
「で……でも、私、そんなお金無いですっ」
顔を青くしたエリスに、アリアンヌは笑って、鞄から数枚の紙切れを取り出した。
「これは、この商店街のお買い物券なの。多分、ひと通り揃えるくらいにはあるはずよ。譲って頂いたので、これを使いましょう」
もちろんアリアンヌが事前にニナに買いに行ってもらっているのだが、それはエリスには秘密だ。堂々と言ってしまえば嘘はバレないというのも、アリアンヌが社交界で覚えたことの一つだ。ティモテは分かっているような顔で苦笑している。
「……え、でも、これはアンナのもので──」
「大丈夫大丈夫。頂きものだし、私今そんなに欲しいものないし。私は、今はエリスに使いたいの。……ね?」
エリスはそれでも少し不安そうに、アリアンヌの後をついて、一件目の店に入った。
「これとこれなら、どっちが好きかしら?」
「あの、ええと……」
アリアンヌは、オレンジ色でタイトなセーターと、水色の柔らかいセーターを並べた。エリスの好みの服を少しでも聞きたいと、手を変え品を変え店を変え、もう二時間以上様々な服やアクセサリーを見せている。エリスはどれを選べば良いか分からず、目線を忙しなく動かしていた。三件目になるこの店では、端の方のコーディネート用のテーブルを借りて、いくつかの品を店員にも持ってきてもらっているが、なかなか上手くいかない。アリアンヌはいくつかの服をニナに渡しながら、打開策を考える。
エリスは選びたくないのではなく、選べないのだ。それが何故なのかはアリアンヌには分からないが、きっとエリスにとっては重要なことなのだろう。ティモテは少し離れたところで、黙ってアリアンヌ達の様子を窺っていた。
「──ねぇ、少し休憩しない?ティモテ、近くに広場とかないかしら」
少し冷静になろうと思い提案したアリアンヌに、ティモテは頷き笑って返事をした。
「ありますよー、良い所。案内しますね」
店を出てティモテについて行き、しばらく歩いて辿り着いたのは王都ナパイアを流れるテミス川のほとりだった。ところどころに木が植えられ、木陰になる場所にはベンチが置かれている。少し休憩するには丁度良いスペースだ。
アリアンヌとニナとエリスが座り、ティモテは姿勢を崩してその前に立つ。陽は傾いてきており、アリアンヌは立ったままでいたので足が疲れてきていた。
「──ごめんなさい、アンナ、ニナさん、ティモテさん。私が決められないでいたから……」
エリスは今にも泣きそうな表情で俯いてしまった。アリアンヌは微笑んで首を振る。
「大丈夫よ、エリス。そんな顔しないで……何も買えなくても、一緒に出掛けたの、楽しかったでしょう?」
アリアンヌの優しい言葉に、エリスは首を上下に振って頷いた。それがきっかけとなり、エリスの瞳からはぽろぽろと涙が溢れてしまった。ニナとアリアンヌが慌てて励まそうとしたとき、アリアンヌを呼ぶ女性の声がした。
「──アンナさん?アンナさんじゃないの!」
はっと顔を上げたアリアンヌは、道の先に知っている女性を見つけた。タイミングが悪いがエリスの泣き顔を見せる訳にはいかないと、アリアンヌとニナは立ち上がり、女性に小走りで近付く。女性がベンチ側を見ないような立ち位置にさり気なく誘導し、話を始めた。女性は、以前の依頼人だった。リヒャルトと共に引っ越しを手伝ったパン屋の女性だ。
「こんにちは、偶然ですね」
完璧な笑顔で言ったアリアンヌに、女性は感嘆の声を上げる。
「はー!アンナさん、前も可愛いと思ったけど、今日みたいな服だと本当にお人形さんみたいに綺麗ね。羨ましいわぁ」
「そんなことありませんわ。でもありがとうございます」
「そっちのお姉さんも、なんだかスラッとしてて綺麗で……相談屋さんってみんなそうなのー?なーんて」
「恐れ入ります」
「そうそう、あの時はどうもありがとう!今はこの近くなの、それでね──」
アリアンヌはちらっとティモテに視線を送った。このままだと話は長くなりそうだ。以前の依頼人に現状を知られるわけにもいかない。謝罪の気持ちを込めた視線にティモテは苦笑して小さく手を振った。アリアンヌはエリスをしばらくティモテに任せ、ニナと共に目の前の女性と話をすることにした。
道の向こうから、華やかな声が漏れ聞こえてくる。アリアンヌとニナが、顔見知りらしい女性と会話をしているようだ。エリスはこれまであまり会話をしないでいたティモテと二人きりで、どうして良いか分からないでいた。同じ家で働いていても、会話なんてしたことがなかった。何か話さなければいけない気持ちになるが、先程から溢れ続けている涙を止めることができないでいる。
「──あー……とりあえずこれ、使えよ」
ティモテは放り投げるようにして白いハンカチをエリスに渡した。エリスはそれを受け取り、目尻に当てる。
「あ……りがと、ござ……ます……」
「……君って、いつもそうなの?」
ぶっきらぼうに聞くティモテに、エリスは恐る恐る俯いている顔を上げた。
「……そう、って?」
「ああー、えっと。こう……自分で決められなくて、他人の決めたことに従う感じ?」
端的に指摘され、エリスは息を飲む。見開いた目から流れる涙は、驚きで止まった。
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