買い物に行こう1
ロージェル公爵家での生活も五日目となった今日は、アリアンヌにとって初めての休日だ。午前中、ニナと共に外出の準備をしたアリアンヌは、昼前の時間にエリスと裏門で待ち合わせをしていた。
今日のアリアンヌは、小花柄のシンプルな緑色のワンピースに、白いカーディガンを合わせ、ベージュのマントを羽織っている。マントは羊毛のニットで、見た目にもふわふわと暖かそうだ。緩くウェーブしている髪はハーフアップに纏め、蝶のステンドグラスのヘアピンを着けている。リヒャルトに借りたお忍び用の眼鏡を掛ければ、王都の町娘風だ。ニナは白いセーターに真紅のフレアスカートを合わせており、動きやすさを重視した茶色いコートを着ている。可愛らしいアリアンヌと比較すると、かなり大人っぽい服装だ。しばらくすると、エリスが走ってやってきた。
「……お、待たせ……して、ごめんなさい!」
エリスは生成りのブラウスに茶色いロングスカートを合わせ、茶色いマントを着ている。髪はいつもの通り纏めており、地味な眼鏡を掛けている。微妙にサイズが合っていないように見えるのは何故だろうか。アリアンヌは不思議に思いつつも、今日の目的を考えればエリスの服装に特に問題はない。
「焦らせてしまったかしら。ごめんなさい、エリス。……実は、もう一人待っているから、急ぐ必要は無かったのよ」
申し訳なさそうに嘆息したアリアンヌに、エリスは控えめに笑う。息が乱れており、肩が上下している姿から、本邸から走ってきたのだろうと分かる。
「いえ……大丈、夫……です」
しばらくして呼吸が落ち着いてきたエリスに、ニナが一歩前に出て挨拶をした。
「ニナと申します。今日はよろしくお願いしますね!」
「あ……あの、よろしくお願いします!」
緊張で固まってしまったエリスに、アリアンヌは優しく微笑んだ。
「ニナは、私の助手のようなものなの。最初の挨拶のときに一度会ってるわよね。元気だけど良い子だから、心配しなくて大丈夫よ」
エリスは緊張から僅かに紅潮した頬で、ニナに向き直った。
「ニナさん、失礼しました。……エリスです。改めて、よろしくお願いします……!」
いくらか落ち着いた様子のエリスにニナは安堵し、笑みを返した。その時、少し離れたところから呑気な声が聞こえてきた。
「待たせてすみませんー。僕、置いて行かれてなくて良かったですー!」
その声にアリアンヌは怒ったような声音を作って返す。表情は笑顔なので、ふざけているのがわかる。
「何で貴方が最後なのですか!本当に置いて行っちゃいますよ?」
「あ、駄目です怒られます!」
ティモテが駆け寄ってきて、慌てたように手を振った。誰に怒られるのかを明言しないところが、呑気だが抜け目がない。エリスが男性であるティモテに警戒心を見せる。アリアンヌがフォローするより前に、ティモテが自らエリスに笑いかけた。
「君がエリスちゃん?僕、ティモテって言います。アンナさんとニナさんの友達で、女の子だけだと危ないから、今日は一緒に出掛けようと思って。よろしくね」
エリスは友好的な若い男性に免疫がないのか、顔を赤くして首を振った。
「そ……そんな!こちらこそ、よろしくお願いします……」
やっと全員が揃って、予定より少し遅れてアリアンヌ達はロージェル公爵邸を出発した。
今日の目的地は、商業地区の中でも平民がよく買い物をする区画である。辻馬車でここまで来た四人は、まず昼食を食べに行こうと店を探した。飲食店や服飾店が並んでいる商店街は、見た目にも華やかで、人も多い。以前の依頼のときにリヒャルトと共に行ったカフェがある区画とは異なり、より雑多な印象だ。流行の店が多く、町娘達にとっては最先端の場所である。エリスは気後れしているようだが、逸れないようにと必死にアリアンヌの後を付いてきている。
ティモテの先導で商店街の中の軽食屋に入る。昼食時だったので少し並んだが、店内は広く、思っていたよりも早く席に案内された。
「ここは警備仲間と来たこともあるんだけど、なかなかに美味かったからお勧めだぞ。イチ押しは、このスフレオムレツかな」
ティモテは、アリアンヌ達にメニューを見せながら話している。アリアンヌはメニューを覗き、そこに書いてある文字を追った。ニナもアリアンヌと共に覗き込み、メニューを声に出して読み上げる。
「スフレオムレツ、ベーグルサンド、かりかりベーコンのサンドウィッチ……ティモテ、貴方結構センス良いじゃない。美味しそう」
「それはどうも。男同士でも入り易くて、結構好きなんだよ、ここ」
「あ。私はティモテお勧めのスフレオムレツにするわ。ニナは?」
アリアンヌが真っ先に決めてニナに問いかける。ニナもそれに返した。
「そうですねぇ。スフレオムレツも捨てがたいですが、私はベーグルサンドですね!実は、朝ご飯を食べそびれちゃったので、お腹が空いてるんです」
ニナは笑って言った。アリアンヌはエリスにも聞く。
「エリスは何が食べたい?」
「……私は、ええと……」
ここからみんなでお出掛け編です。