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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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エリスとの接触2

公爵家の庭は広い。中で働いているとより強く感じる。アリアンヌがリヒャルトから聞いた話では、三年前にこの邸の建築指示を出したのはモーリスだ。ひと月でこれほどのものを作らせたと言うのだから、モーリスはやはり有能な執事なのだ。


アリアンヌは籠を左手にぶら下げ、共有スペースから持ってきたストールを持ち、ぱたぱたと庭を駆ける。エリスは、アザレアの裏にひっそりと置いてあるベンチに座って俯いていた。アリアンヌは静かに近付き声を掛けた。


「エリスさん、さっきは驚かせてしまってごめんなさい」


エリスは弾かれたように顔を上げた。眼鏡を外している茶色の瞳は涙が溜まっている。依頼が無くても放って置くことはアリアンヌにはできなかった。


「い……いいえ。アンナさんは、ただ声を掛けてくれただけだもの。私が悪いの」


首を振ると、その振動で余計に涙が溢れていく。アリアンヌは控えめに微笑み、エリスの隣に腰掛けた。


「いつからここで働いているの?」


アリアンヌの急な質問にエリスはきょとんと瞬きした。それをきっかけに涙が止まる。


「今年の春……から」


「あら、それでは失敗したって仕方ないわ」


優しい笑顔のままエリスの手をそっと握ったアリアンヌに、エリスは首を振ってそれを否定した。そして、何かに後悔しているような表情で話し始める。


「そうじゃないんです。私……昔からそそっかしくて、お姉様達にも迷惑ばかりかけていて……お嫁の貰い手も見つからないって言われて、働きに来たんです」


「お姉様がいらっしゃるのね」


「そうなんです。姉が三人。私の家、子爵家なんですけど、小さくて……私はこの通り、地味で目立たないし、お姉様達と違って何をやっても失敗ばかり。だから私は働きに出ました」


アリアンヌは首を傾げた。


「ここなら、お姉様達と比べられないでしょう?女主人がいないから、侍女ではなくてメイドだけど……皆、私が頑張ってるって言って認めてくれるんです」


エリスは話しながら気持ちの整理がついてきたようだ。少しずつ元気になってきたようで、アリアンヌは安心する。そして、アリアンヌは理解した。


「──そう。貴女、そうしてここで……恋をしたのね」


アリアンヌの言葉に、エリスは驚きで肩を震わせた。


「『初恋の人を探してください』って、貴女の依頼でしょう?エリスさん」


「ど、どうして……」


「私が、相談屋のアンナだからよ。驚かせてごめんなさい。ロージェル公爵家はこうでもしないと入り込めなくて……」


アリアンヌは戯けて制服の紺色のスカートをちょんと引いて持ち上げた。エリスはアンナの話に納得したように小さく笑った。少しずつアリアンヌと話すのに慣れてきたのか、エリスの表情が柔らかくなってきている。


「そうですね。さすが公爵家……ってくらい、ここの警備は厳しいです。でも、アンナさんがここに来てくれたってことは──」


アリアンヌはベンチから立ち上がり、くるりと回った。エリスに向かって、あえて幼い動作でカーテシーをする。


「アンナの相談屋。出張依頼を引き受けに参りました」


アリアンヌの可愛らしいその動きに、エリスは今日一番の笑顔で笑ったのだった。





アリアンヌは預かってきたエリスの昼食を広げ、ストールをエリスに掛けた。エリスはアリアンヌに礼を言うと、干し肉と野菜を挟んだパンを食べながら話し始めた。


彼に出会ったのは、働き始めてしばらくした頃だったらしい。やはり仕事で失敗し、落ち込んでいたエリスが休憩中に庭で泣いていたところを、人目を忍ぶように歩いている若い男性と出会ったのだそうだ。泣いているエリスに声を掛け、めげるなと一言だけ励まして、肩を叩かれたそうだ。


「泣いていて眼鏡を外していたので、はっきりとは見えていなかったのですが、明るくてとても素敵な人でした。……その人は、本邸へと歩いて行きました。モーリスさんと話していたのを見たことがあるから、多分モーリスさんかリヒャルト様のお客様だったんだと思います」


その後も何度か見かけることがあったと言う。見かけるといつも目で追っていたが、厨房の窓や廊下の窓から見るだけで、直接声は掛けていなかったそうだ。


「だって、私はあの人にとっては、たった一回気まぐれに励ましただけのメイドです。私みたいに地味な女、覚えてくれているかも分かりません」


エリスによると、少し前までよく見かけたその男性を、ここ半月ほどぱたりと見なくなったそうだ。ただ用がなくなっただけなのか、何かあったのかも分からずにいた。


「何もできないでいた私が、今更あの人と恋人になりたいとか、そんなこと考えているんじゃないんです。ただ無事を確認して、一言、お礼を言えたらと──」


頬を染め少しだけ俯いて話すエリスは、とても可愛らしい。目立たないかもしれないが、アリアンヌには十分に魅力的に見えた。


「分かりました。その依頼、お受けしますわ」


アリアンヌは是非エリスの力になりたいと思った。エリスもアリアンヌと親しくなりたいと感じているようだ。


「──それで、その人ってどんな人なんですか?」


アリアンヌはエリスに聞いた。エリスの返事が、この依頼をややこしいものにするとは、まだ気付いていなかった。

エリスの話、続きます。

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