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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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ご主人様に挨拶を

アリアンヌは身支度を整え、執務室へと向かった。少し肌寒いので、ショールを肩に掛けている。三階は使用人達が戻ってきており、それぞれの部屋から僅かに物音が漏れているが、二階に降りると、誰もいないように静かだ。一人で歩いていることが怖くなり、アリアンヌは足の動きを早めた。

執務室に着き、扉をノックするが、返事はない。重ねて叩いてみたが、やはり何も返ってこなかった。アリアンヌは鍵が掛かっていないことを確かめ、そっと扉を開いた。


執務室の中は、寒い廊下と比べて暖炉の火でとても暖かかった。アリアンヌは、肩に掛けていたショールを外し、そのショールを左手に持って室内へと進む。執務室の中は、暖炉の火が燃える音しかしない。早く来すぎてしまったのだろうか。不安になったアリアンヌは、しかし小さな衣摺れの音で、自分以外の存在に気付いた。

執務室の中に、確かにリヒャルトはいた。応接にも使えるように設えられたソファで、リヒャルトは倒れるように眠っていたのだ。アリアンヌは自分以外の存在をみつけたことに安心する。アリアンヌはそっと近付く。夜だからか、リヒャルトは上着は脱いでクラヴァットも外されており、首元の緩められたシャツ一枚だ。リラックスした服装に、いけないことをしているようでアリアンヌの鼓動が高鳴る。地面に膝をついてその顔を覗き見た。閉じられた目の下は、薄紫色のクマができていた。


「リヒャルト様、こんなに疲れて──」


それでも帰宅してから新しい使用人と顔合わせをしようとしていたのだ。アリアンヌはリヒャルトが心配になった。それでもその無防備な寝顔に見惚れてしまう。普段は大人びた表情でいるリヒャルトが、眠っている今は子供のようだ。起こすのも憚られ、アリアンヌはここまで掛けてきたショールをリヒャルトに掛けた。しかしそれだけでは足りないと思い室内を見渡し、ソファの裏側に毛布を見つけた。アリアンヌは毛布を取りに行こうと立ち上がった。眠るリヒャルトに一度背を向け一歩踏み出す。

しかしアリアンヌのその動きは、右手首を掴まれたことで阻止された。驚き振り返るが、リヒャルトが起きた様子はない。手を外そうとするが、アリアンヌの思っていたより強く掴まれているらしく、外すことができない。アリアンヌは嘆息し、ソファの横に戻り、先程までと同じ場所に膝をついて座った。


「──ええと、私はどうしたら良いのかしら……」


そもそも挨拶に来たのだ。しかし良く眠っているリヒャルトを起こすのも躊躇われたアリアンヌは、行き場のないまましばらくリヒャルトを見つめていたが、次第に眠くなってきてしまった。暖炉で暖められた部屋は、今日一日初めてのことばかりだったアリアンヌの疲れを思い出させる。アリアンヌは少しだけと自分に言い訳をして、眼鏡を外してテーブルに置くと、リヒャルトの頭の横に顔を伏せ、落ちてくる瞼の重さに任せて目を閉じた。





「──おい、……おい」


アリアンヌは、肩を控えめに叩かれ、身じろぎをした。呼び掛けてくる声に、少しずつ頭がはっきりとしてくる。眠ってしまったことに気付き、はっと顔を上げた。その顔を見て、ソファに座ってアリアンヌの肩に触れているリヒャルトは目を丸くして固まった。


「アリアンヌ?!」


顔を伏せていたため、リヒャルトは今までアリアンヌだと気付かずにいたのだ。驚かせようとした作戦は一応成功らしい。アリアンヌはテーブルに置いていた眼鏡を手に取り掛け直した。メイドとして挨拶をするためにここに来たのだ。変装は完璧にしたい。アリアンヌはその場に立ち上がり笑顔を作ると、恭しく礼をとった。


「リヒャルト様。私、本日よりこちらで働くことになりました、アンナ・エルーシャと申します。今日から二週間、よろしくお願いしますわ」


「あ、あぁ……確かに、今日は新しいメイドが来るからと、モーリスが──」


呟いたリヒャルトに、アリアンヌは微笑む。


「ですので私、新しいメイドですわ」


リヒャルトはアリアンヌの格好をしばらく見ていた。紺色の清楚なメイドの制服。ブローチの色はリヒャルトがロージェル公爵家を作るときに決めた、自らの瞳の色だ。


「アンナ・エルーシャということは……」


「はい。今回の依頼人は──」


アリアンヌは説明を続けることができなかった。リヒャルトに手を引かれ、気付いた時にはソファに座るリヒャルトの腕の中にいたのだ。


「リヒャルト様っ!」


アリアンヌは恥ずかしさから真っ赤な顔で焦ってリヒャルトを呼ぶが、リヒャルトは動いてくれない。リヒャルトはアリアンヌの腕ごと抱き締めており、アリアンヌは身動きが取れなかった。


「リヒャルト様……あの……」


「もう少しこのままで居させてくれ。話はその後で聞くから、今はこのまま──」


リヒャルトは囁くように言った。リヒャルトにそう言われてしまえば、アリアンヌはそれ以上何も言えなくなってしまう。リヒャルトの香りがして、意識するとアリアンヌの鼓動が早まった。リヒャルトに聞かれていたら恥ずかしい。速さの違う鼓動がアリアンヌの右側から響いてきて、リヒャルトの身体との距離がシャツ一枚しかないことをまざまざと感じさせた。アリアンヌは今にも泣いてしまいそうなほどに瞳を潤ませ、そのまましばらくリヒャルトの腕の中に閉じ込められたままでいたのだった。

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