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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第二章
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秘密のメイド

アリアンヌの言葉で固まった空気を溶かしたのはモーリスの悲鳴のような抗議だった。


「何を仰っているんですか?!貴女は──貴女は、我が主人の婚約者殿でございますよ?!そもそも、リヒャルト様にどうご説明すると言うのですか!」


アリアンヌは妖精のような可愛らしい笑みで続けた。


「あら、リヒャルト様は私が引っ越しの手伝いなどをしていることもご存知ですわ。それに、ロージェル公爵邸でしたら住み込みで働く言い訳もできますもの」


アリアンヌは、ロージェル公爵邸であればレイモンの許可が得られる確証があった。クローリス王国では、婚約中の令嬢は、婚約者の家に通い、時には泊まりで、花嫁修行やその家のしきたりを学ぶ風習があるのだ。もちろん婚前交渉は有り得ないが、二週間程度なら、最低限の夜会に出席すればここに泊まることは一般的で問題はないだろう。


「ですが、働くというのは──」


それでも躊躇するモーリスに、アリアンヌは最後のひと押しとばかりに言った。


「私とニナの二人でいいわ。私は伯爵令嬢ですが、使用人には商家の娘ということにしておきましょう。これでも私、食器洗いも、お茶出しも、書類整理もできますのよ?」


モーリスは嘆息し、アリアンヌにはっきりと言った。


「とは言えスカラリーメイドをさせる訳には参りません。変装なさってもアリアンヌ様は目立ちますので、パーラーメイドもさせられません。雇用はハウスメイドとして、実際は私かリヒャルト様の下で事務仕事と少しの雑務という形でしたら……いかがでしょうか?」


アリアンヌは頷いた。十分すぎるほどの譲歩だ。しかしもう一つ、忘れてはならない条件がある。


「休憩は、エリスさんと同じにしてくださいね」


ティモテは想像以上に面白いことになったと思っているのか、アリアンヌが振り返ると俯いて肩を震わせていた。フェリシテは押しの強いアリアンヌに嘆息して、それでも好奇心を隠せない表情で言った。


「アリアンヌ。後で色々教えてね」


「ええ、勿論よ」


黙っている内に短期間とはいえロージェル公爵邸で働くことになってしまったニナは、とりあえず戸棚にしまったままの焼菓子は忘れずに持ってこようと思うのだった。





それから三日後、レイモンの許可を得て、アリアンヌは令嬢として必要な量の荷物を持って、ロージェル公爵邸へとやってきた。つまりはドレスや宝飾品である。今は不要だと結論付けたアリアンヌは、ニナと協力し、こっそりと『未来の奥方の為の部屋』へと運び入れた。レイモンには花嫁修行だと言い切っている。モーリスにもそのように通知を出させた。アリアンヌがシャリエ伯爵家から連れてきたのは、ニナ一人だけである。ナタリーも付いてきたがったが、三人では正体を隠すことが難しくなると断念した。

ロージェル公爵邸は、シャリエ伯爵邸と基本の作りは同じだ。一階に大広間と客間や客室、サロンがあり、二階が今はリヒャルトしか使っていないが、家族の為の部屋だ。三階にアリアンヌ達も使う使用人の部屋が並んでいる。本邸の裏側には家族のいる使用人のための個別の家が三軒あるが、そこも今はモーリスとその家族の一軒しか使っていないという。

アリアンヌに与えられた部屋は、使用人用の一室だ。単身の使用人向けの、本館三階フロア。シャワールームとリビングと寝室だけの簡素な作りだが、一人ひとりの使用人にこれを与えているのだと思うと、公爵家の権力と財力を感じざるを得ない。


「リヒャルト様、なんて仰るかしら」


アリアンヌは含みのある笑みを浮かべて呟いた。そう、アリアンヌとニナは、全ての連絡をモーリスへと一任し、リヒャルトには内緒でここへやってきたのだ。どうせ初日に執務室で会うのだから構わないだろうという思いと、アリアンヌが秘密にしたいと言った時のモーリスの「いつもスカした顔してるんですから、たまには驚かせて差し上げましょう」という一声で決まった。レイモンもリヒャルトも忙しい季節だ。リヒャルトはほぼ寝に帰って来るほどの状況で、レイモンもまたロージェル公爵家に挨拶の書状を送っただけだった。もちろん書状はモーリスが返事を出し、大切に保管している。


アリアンヌが開けたクローゼットの中には、ロージェル公爵家の使用人の制服が数着掛けられていた。早速アリアンヌはそれに着替える。紺色のワンピースは、シンプルなミモレ丈のものだ。頭から被って着替えるタイプのもので、襟とカフスの部分が白い。首に赤いリボンを結び、中心に緑色のガラス玉を装飾したブローチを付ける。白いエプロンをして、後ろでリボン結びにした。白い靴下に、靴は動きやすい黒のシンプルなものを履く。

続いて、豊かな亜麻色の髪を二本の三つ編みにし、制服と同素材の紺のリボンで結ぶ。白いカチューシャを付ける。着替えを終えたアリアンヌは、部屋に備え付けの鏡の前でくるりと回った。

どこから見ても大人しそうなメイドだ。アリアンヌは鏡の前で服のあちらこちらを確認する。メイドの制服とはこんなに動きやすいものなのかと、驚きを隠せなかった。


扉がノックされ、同じ制服に着替えたニナが入ってくる。茶色の髪を一つに纏めてお団子にしているニナも、完璧に制服を着こなしていた。


「アリアンヌ様、こちらをモーリス様から預かっております」


「ニナ。ここからはまた『アンナ』でお願いね。……何かしら?」


ニナがモーリスから預かったものは、小包と手紙だった。手紙には流れるような筆跡でアリアンヌへの挨拶と、着替えたら執務室に来るように書かれている。そして最後に一言書き足されていた。



──これはリヒャルト様の伊達眼鏡です。アリアンヌ様の変装用にお使いください。


それは確かに、『アルト』がいつも着けている眼鏡だった。アリアンヌはそれを掛け、ニナに微笑んだ。


「眼鏡って初めてだわ、似合うかしら?」


「大丈夫です!お似合いですよ」


ニナは自信を持って笑い返す。アリアンヌはニナと共に、与えられた自室から出て、執務室へと向かった。

第二章の個人的テーマは、なんちゃって主人×メイドです。

メイド服って可愛いですよね。私はロージェル公爵家のようなクラシックなものが好みです。

皆様はどうでしょうか?

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