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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第一章
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失くしたものは

アリアンヌはリヒャルトに首を振った。


「リヒャルト様は情け無くなんてありませんわ。誰だってそのような事があれば、平常でなどいられる訳がありませんもの」


「だが、自らの決めた檻の中で身動きが取れなくなってしまっているなんて、本末転倒だろう?」


アリアンヌの慰めに苦笑して、それでもリヒャルトは自らの弱さを恥じているようだった。


「最近は私も、このままでは駄目だと思っていたんだ。他人との繋がりを希薄にすればするほど、自らの力も弱まっていくのは分かっていたからね。……それに、私の家は今は王城ではない。邸の物が失くなることなんて、無かったのだから」


「でしたら──」


「それでも最近、また失くしてしまったんだ。ネーレウスの王に貰ったものだったのだが。だから、アリアンヌ嬢に『相談』しようとしていたんだ」


アリアンヌは姿勢を正し、リヒャルトを見つめた。何のことはない。アリアンヌは物を探すのが得意なのだ。


「リヒャルト様のお話、ずっと聞けずにおりましたわ。……教えてくださいませ。失くしてしまったものとは、一体何でしたの?」


リヒャルトは自らの過ちを告白するように言った。


「子猫だ。名をクラーラと言う。ブルーグレーの毛に、蜂蜜色の瞳をしている。……エメラルドのピアスを片耳だけにしていて──」


「ナタリー!早くあの子をここへ!」


アリアンヌはリヒャルトが話し終えるまで待てずにナタリーに声を掛けた。話が聞こえていたナタリーは涙目になり、アリアンヌの声で部屋に駆けて行った。


「……アリアンヌ嬢?」


状況の分からないリヒャルトは、ナタリーを見送ったアリアンヌに説明を促す。アリアンヌは僅かに涙を滲ませながら微笑んだ。


「リヒャルト様に出会う少し前に、朝の市場で魚を盗っていく生き物を退治してほしいという依頼を受けておりましたの。その時の犯人が可哀想でしたので、私が保護いたしました」


リヒャルトは目を見開いた。


「それでは──」


「ええ。おそらくあの子が、リヒャルト様の探していらっしゃる子猫かと思われます。クラーラという名前でしたのね」


アリアンヌはきっと今頃はアリアンヌの寝台で眠っていたであろう子猫を思う。きっとナタリーに無理に起こされて不機嫌になっていることだろう。


「ああ。私はずっと、新しいものに心を傾けないようにしていた。クラーラはそんな私を知ったネーレウスの王に頂いたんだ」


「お優しい方ですのね」


「その時は不安しか無かったけれど。どうにか我が家に慣れさせようとしていた矢先に居なくなってしまったものだから。──あの者の力が及ばないはずの場所にすら、私の居場所はないのかと……」


リヒャルトが俯いたとき、丁度ナタリーが駆け寄ってきた。急いでいたのか、子猫は籠には入れられておらず、両手に直接抱えている。


「アリアンヌ様!お待たせ致しました。こちら、お連れ致しましたわ」


「みゃう!」


元気な様子のクラーラがナタリーの腕の中から飛び出し、アリアンヌへと寄ってきた。アリアンヌは屈んでそれを両手で掴むと、隣に座るリヒャルトに見せた。


「クラーラ様で、お間違いございませんか?」


リヒャルトはおずおずとクラーラに手を伸ばし、その耳元のピアスを確認した。


「ああ。──間違い、ない、よ」


アリアンヌは安堵し微笑んだ。少なくともリヒャルトの邸の中はリヒャルトの居場所なのだと、アリアンヌが言わなくても伝わるだろうか。


「本当に、良かっ──」


アリアンヌは言い終わるよりも早く、リヒャルトに抱き締められていた。クラーラは挟まれないよう二人の間から避難し、今は少し離れたナタリーの元にいる。男の人に抱き締められる経験などあるはずもないアリアンヌは、ダンスの距離感とは違う触れる身体の感触に、顔を真っ赤にしたまま動けなかった。


「アリアンヌ嬢。貴女は私に優しすぎる」


しばらくして、手をアリアンヌの両肩に乗せたまま、リヒャルトはアリアンヌから胴体を離した。硬ばりのとれた表情のリヒャルトを見て、アリアンヌは頬を染めたまま笑顔になった。


「いいえ、そんなことはございませんわ。ですが、……モーリス様と騎士様と、その下女の方。リヒャルト様は少なくと大切な『人』は、誰も失っていませんわ。しっかりと守っておいでです。陛下だってお元気ですわ。そして、クラーラもこの通り」


「アリアンヌ嬢」


「だから大丈夫です」


リヒャルトは驚いたような表情で、確信したような表情で言い切ったアリアンヌをしばらく見つめていた。アリアンヌはそっと自らの肩に置かれたままの手をそれぞれ握り、互いの間に持ってきて、優しく握った。少しでもアリアンヌの思いが伝われば良いと思う。





それから互いに無言のまま、どれくらいの時間が経っただろうか。陽が傾いてきて、空を少しずつ赤く染め始める。少し寒くなってきたようだ。アリアンヌはストールの前を合わせた。


「アリアンヌ嬢、ありがとう」


リヒャルトは何かが振り切れたかのように、清々しい表情でアリアンヌに言った。


「いいえ、私は、クラーラ様を保護していただけですわ」


アリアンヌはリヒャルトに笑いかけた。

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