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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第一章
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明かされた事情

ナタリーはアリアンヌに暖かいショールを差し出す。アリアンヌはそれを受け取り、肩に掛けた。立ち上がりアリアンヌと共に客室から庭へ向かおうとしているリヒャルトを、アンベールが呼び止めた。


「──そうだ、リヒャルト君。さっき君は『色々なものを失くしている』と言ったけれど。……少なくともその一つは、アリアンヌが持っているよ」


悪戯を思い付いた子供のようでいて、弟を慈しむ兄のような表情で、アンベールはリヒャルトに、行っておいでと手を振った。





シャリエ伯爵邸の庭はあまり大きなものではないが、優秀な庭師のお陰でいつでも季節の花が美しく咲き誇っている。今は秋の花が見頃だ。アリアンヌはリヒャルトと共に、本邸から庭へ出て四阿を目指して歩いていた。左手は日除けの白いレースの日傘を差し、右手はリヒャルトに預けている。


「他の邸の庭は面白いね。特にシャリエ家は、丁寧に作られているのが良く分かる素敵な庭だ」


リヒャルトの穏やかな褒め言葉に、アリアンヌは嬉しくなった。


「リヒャルト様は、どのお花がお好きでしょう?」


リヒャルトは、少し躊躇したような表情を見せたが、それを振り払うように笑顔で、一つの花を指し示した。


「私はダリアが好きだ。どこの庭であっても秋には中心にいつもこの花がある。強く立派で、それでいて繊細な花だ」


何かを思い出すように言ったリヒャルトに、アリアンヌの心がざわめいた。



四阿に着くと、リヒャルトはポケットから白いシンプルなハンカチを取り出し、その椅子に置いた。アリアンヌに座るよう勧めた。アリアンヌは日傘を閉じて、腰を下ろした。リヒャルトもその右隣に少し間を空けて座る。ここはアリアンヌのお気に入りの場所だ。その周りは、今の季節には深紅の秋薔薇で埋められている。花はあまり多くないが、一輪一輪が自然な気候の中で美しく咲いていた。リヒャルトはその景色を見ながら、何かを考えるように言った。


「アリアンヌ嬢は、薔薇の花が好きなのか?」


「好きですわ。品種も多く華やかで、好きでない女性はほとんどおりません」


リヒャルトはアリアンヌの返答に笑い、少し身を乗り出して隣に座るアリアンヌの髪を一房そっと梳いた。


「ああ、薔薇の花は良い。可憐で華やかで、とても美しい。舞踏会でのアリアンヌ嬢は、本当に薔薇の妖精のように可憐で美しかった。……このままずっと踊っていたいと思ったのは、初めてだった」


真摯な瞳で発せられた甘やかな言葉に、アリアンヌは恥じらい頬を染めた。何を言って良いのか分からず、目を伏せる。リヒャルトは姿勢を戻してアリアンヌに触れていた手を離した。アリアンヌは視線を戻す。


「アリアンヌ嬢。貴女に、話さなければならないことがある。少し長くなるが、聞いてくれるだろうか」


その真剣な顔に、アリアンヌは頷きリヒャルトを見つめた。アリアンヌは、リヒャルトに秘密にされていることが沢山ある。以前カフェで、巻き込みたくないと言って顔を顰めたリヒャルトは、苦しそうだった。アリアンヌは自らの右手を、リヒャルトの左手に重ねた。僅かに顔を緩めたリヒャルトは、話し始めた。


「何から話そうか──最初は、パブリックスクールの卒業の日だったんだ……」




そうして語られたリヒャルトの過去の話に、アリアンヌは何も言えなかった。シャリエ伯爵家で守られてきたアリアンヌには起こり得ないようなことを、既に当然の事のように語るリヒャルトを悲しく思う。リヒャルトの話は続いているが、アリアンヌは問わずにいられなかった。


「そんな訳で、ロージェル公爵を名乗るようになったんだが──」


「それでっ!……あの、その近衛と下女は──」


アリアンヌが声を硬らせて言うと、リヒャルトは表情を和らげ、優しく柔らかく笑った。


「今は私の側にいるよ、モーリスに探してもらって、公爵家で雇っている。……近衛だった彼には、折角出世していたのに申し訳ないことをしたけどね。今では私の護衛だよ」


さる子爵家の次男だったらしい。家柄も重視される近衛という職に就くには、並々ならぬ努力があっただろう。それでも臣下に下るときに、勘当されてでも付いていくと言った彼を、リヒャルトは認め、信頼していた。アリアンヌは、今のリヒャルトが一人ではないことに安堵を覚える。


「それは、……リヒャルト様にとって、とても良いことですわ」


「うん。ありがとう。──それで、そこからは三年間、ロージェル公爵家の地位を築きつつ、ラインハルトの立場を盤石にするために動いてきたんだが」


リヒャルトは一度言葉を切り、アリアンヌの瞳の中の澄んだ湖の深さを探るように覗き込んだ。


「ラインハルトには、今年に入った頃から、もう声を出しても良いのではないかと言われるようになったんだ。今ならもう、誰かが動きを見せたとしても、それを押し留め捕まえるだけの覚悟があると言われたよ」


「だったら──」


アリアンヌの言葉を留めるように、リヒャルトの左手がアリアンヌの右手の中で強く握られた。


「だから今話さずにいるのは、私が怖がりなだけだ。知らないところで、大切な人に何かあったらと思うと……人前で声が出てこなくてね。情け無い話だろう?」


アリアンヌはリヒャルトの左手を、解すように指先でそっと撫でた。

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