アリアンヌとお茶会2
フェリシテは、艶やかな黒髪と漆黒の瞳を持つ女性だ。今日のお茶会では、深い赤のベロア素材のドレスにペリドットの飾りを合わせ、サイドをまとめた髪を編み上げにしていた。アリアンヌよりも背が高く細身で色白の肢体が赤に映え、昼間であるにも関わらず危うい色気を醸し出している。これでアリアンヌより一つ年上の十七歳なのだ。アリアンヌはあと一年でフェリシテのような色気を身に付けられそうにない。そんなフェリシテは、紅茶を片手に楽しそうに話している。
「貴女の昨日のドレス、可愛かったものねーぇ。薔薇の妖精なんて言われるのも納得よ」
「納得できないわよ……」
「これまで貴女、浮いた噂の一つもなかったじゃない?それが今回目立ってしまったものだから、話しかけたくて仕方ないのね」
脱力するアリアンヌにふわりと笑ったフェリシテはアリアンヌを見つめ、話を続けた。
「私、不思議に思ってるのよ。あの王弟殿下が国王様以外の人間と、いきなり親しくするなんてことがあり得るかしら?人間嫌いと有名なのよ、あの方。……アリアンヌ、いつ知り合ったの?」
その質問にアリアンヌは苦笑する。アリアンヌがアンナとして活動していることを知っているフェリシテには、きっと分かっているのだろう。アリアンヌは声を潜めて答える。
「事務所に来たのよ、お忍びで」
「まぁ!やっぱり……。では依頼を?」
「それが、色々あって依頼内容は聞いていないの」
アリアンヌの言葉にフェリシテは笑みを深くした。
「色々……そう。色々、ねぇ」
アリアンヌは居た堪れない気分で目線を逸らした。それにフェリシテは声を上げて笑う。
「安心して、アリアンヌ。書いたりしないわ」
そう。フェリシテは偽名を使って物語を書いている『作家』なのだ。アリアンヌはフェリシテに相談屋として体験した話を聞かせる代わりにフェリシテにアリバイ作りに協力してもらったり、また時には貴族社会の情報を教わったりしている。そもそも出会った時には互いにお忍びで『相談屋』と『作家』としてだったのだ。
「フェリシテ、からかっているでしょう」
「だってアリアンヌ、面白いんですもの……。見た目はどう見ても妖精姫なのに、なかなかに素直でお転婆よね、貴女」
妖精姫とはアリアンヌの母レティシアの生前の呼び名だ。レティシアは本当に儚く美しく、か弱かった。そしてアリアンヌが六歳の時に若くして亡くなったのだ。アリアンヌはそんなレティシアによく似ている。アリアンヌは拗ねたように口を尖らせた。
「分かっているわよ。中身は似てないってことくらい……」
「やだわ、褒めてるのよ。貴女の社交界での噂は『妖精姫の再来』とか『美しく清楚な薔薇の花』とか……。その猫かぶりっぷりには、本当に感心するわ」
「フェリシテ。貴女、やっぱりからかっているわね?」
アリアンヌはフェリシテを睨んでみたが、何ともない顔で笑っている。
「いいじゃない、素敵だわ。──それで、公爵様は何か仰っていたの?」
「……明日、邸にいらっしゃるって」
アリアンヌが恥ずかしさから呟くように言うと、フェリシテは目を丸くした。その目が瞬く間にキラキラと輝いていく。アリアンヌはとうとう俯いてしまった。
「何のお話なのかしらねー。楽しみねー」
「嫌よ。明日はお父様とアンベールお兄様もいらっしゃるって言うのよ。……最初は事務所で依頼を受けるって話だったのに。リヒャルト様が何か言われたらどうしましょう」
アリアンヌはリヒャルトが何をしにシャリエ伯爵邸へやってくるのか、よく分かっていない。そもそもリヒャルトに何も聞いていないのだ。しかしフェリシテはそんなアリアンヌを知ってか知らずか、今日はとても楽しそうだ。
「間違いなく『何か』は言われるでしょうけれど、それは仕方ないのではなくて?……あのシャリエ伯爵様も、ついに折れるのかしらね」
「折れる?」
父が何に折れるのか、アリアンヌには良く分からない。
「まぁ良いじゃないの。明日になれば分かるわよ」
「……そうね」
アリアンヌははぐらかされたように感じつつも、きっとこれ以上話しても無駄だと思った。
「そんなことより、貴女が『後ほど』なんて言ったせいで、さっきから他のご令嬢の目線が痛いのだけど。猫かぶりも良いけど、対処はご自分でなさいな」
アリアンヌが周囲を見渡すと、他のテーブルや温室の彼方此方からアリアンヌ達を窺っている令嬢が何人もいた。
「分かってるわ。また遊びましょうね、御機嫌よう」
「もちろんよ。明日の報告、待ってるわ」
笑うフェリシテから離れ、アリアンヌは薔薇の側へ一人で近付いた。フェリシテもまた別のテーブルへと社交に向かう。とても立派な薔薇だ。アリアンヌは白い薔薇の花が咲いている植込みの前に立ち、それをうっとりと見つめた後、憂いを含んだ表情をつくり、ほぅと嘆息した。これで何人かは声を掛けなくなるとアリアンヌは思った。
立派な猫かぶりも、アリアンヌにとっては伯爵令嬢としての習性のようなものだった。その後は声を掛けてきた令嬢や奥様方を相手に紅茶と薔薇を楽しみつつ、質問に角が立たないようにしつつそれとなく質問で返し、無事にお茶会を終えたのだった。
女の子は噂好きです。