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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第一章
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二日後の約束

時間が現在に戻ります。

ワルツの音楽に合わせ、くるりくるりと移動する。アリアンヌは腰を支えるリヒャルトの力強さを感じ、知らず胸が高鳴っていた。見た目には細い体躯だが、男性らしい筋肉質な身体であると思い至り、恥ずかしさが増す。

アルトの正体を知ってしまったら、もう二度と会えないのではと思った。しかし、目の前の彼は、アリアンヌをそのエメラルドの瞳に映して微笑んでいる。アリアンヌは夢の中のような浮遊感で、二人きりの世界にいた。


曲が終わると、アリアンヌは名残惜しい気持ちでリヒャルトから離れる。右手だけがリヒャルトの左手と重なったままだ。リヒャルトは寄ってくる人々を相手にしないまま、アリアンヌを大広間のテラスへと誘導した。多くの視線を意図的に無視するリヒャルトにアリアンヌは困惑したままテラスへと出る。冬が近付き夜は冷えるそこは、二人の他に誰もいない。風が冷たく吹いた。リヒャルトは自らの上着を脱ぎ、アリアンヌの肩に掛ける。それに袖を通して、既に濡れていたところが乾いていたことに安堵したアリアンヌは、僅かに香るリヒャルトの甘いオーデコロンに落ち着かなくなる。庭には数ヶ所篝火が焚かれていた。揺らめく炎に照らされるのは、葉を染める木々と秋の花々だ。夜の闇に紛れ、はっきりとした色は分からない。


「──巻き込まないと言ったのに、申し訳ない」


静寂を切って先に声を発したのはリヒャルトだった。アリアンヌはそれに驚きを隠せない。『リヒャルト・ロージェル公爵』の声を失くした悲劇の王弟というイメージは、アリアンヌの中にもあった。それはアリアンヌの知るアルトとは結びつかないが、このクローリス王国貴族の共通認識でもある。つまり常識なのだ。しかし目の前のリヒャルトは、眉間に皺もなければ、厳しい顔もしていない。そして、アリアンヌに向かって話しかけている。


「いえ、ロージェル公爵様。謝らないでくださいませ」


真実は何か判断できないままのアリアンヌの言葉に、リヒャルトは寂しそうに微笑んだ。背後の大広間では、賑やかに舞踏会が続いている。どれだけの人が、アリアンヌとリヒャルトのことを噂しているのだろう。


「二日後の約束だが。その日は……シャリエ伯爵邸へお伺いしたい」


リヒャルトが絞り出すように言ったその言葉にアリアンヌは動揺した。それはどのような意味だろう。


「父と兄が……」


「許可ならこれから取る。そろそろ駆け付けてくる頃だ」


アリアンヌがリヒャルトの目線につられ大広間を見ると、確かにレイモンがこちらへと向かって歩いていた。黒髪に赤褐色の瞳を持つ黒い夜会服に身を包んだレイモンは、声を掛けられる都度挨拶をしながら歩いているが、それでも間もなくこのテラスへ辿り着くだろう。


「あぁ……それと。私のことは、リヒャルトと呼んでほしい。アリアンヌ嬢に公爵様と呼ばれるのは寂しいからね」


後半は呟くように言ったリヒャルトに、アリアンヌは恥ずかしくなり少し視線を逸らした。まもなくレイモンがやってきてしまう。アリアンヌはリヒャルトの瞳を見つめた。




「──失礼致します。私の娘がこちらにいるかと思うのですが……」


透き通った低音で不機嫌が滲む声を掛けてきたのは、アリアンヌの父であるレイモンだ。僅かに息を切らしている様子から、急いでここに来たことが分かる。


「お父様!」


レイモンは振り返ったアリアンヌの肩を掴み、自分の方へと引き寄せた。アリアンヌは体勢を崩し、レイモンに寄りかかるようになる。


「先程は娘を助けて頂きましたそうで。ありがとうございます」


リヒャルトはアリアンヌへ目線で許可を取ると、アリアンヌが着ているリヒャルトの上着の外側のポケットから万年筆と紙を取り出し、壁で何事かを書き付けた。ある程度の長文のようだ。リヒャルトがその紙をレイモンに渡すと、レイモンは驚きの表情になるが、すぐに顔を引き締めた。


「二日後……でございますか。必ず、家におりましょう。アリアンヌ、行くぞ」


レイモンがアリアンヌの手を引いて大広間に戻ろうとする。


「待ってください、お父様」


アリアンヌはリヒャルトから借りていた上着を脱ぐと、テラスに戻り、そっと手渡した。


「貸してくださってありがとうございました、……リヒャルト様」


アリアンヌは口にしてすぐ恥ずかしさで頬を赤らめる。リヒャルトが咄嗟に動けずにいる間に、アリアンヌはレイモンと共に人混みの中へと戻っていった。





会場の端の方では、アンベールとリゼットがマリユスと会話をしていた。アリアンヌが戻ってきたことで、三人とも安心した表情を見せる。リゼットがアリアンヌの手を握り笑いかけた。アリアンヌをここまで連れてきたレイモンは、マリユスに不機嫌を隠さず言い放つ。


「マリユス、今夜帰ったら話がある。私の部屋に来なさい」


あからさまに顔を顰めたマリユスは顔を逸らした。そして今度はアンベールの方を向くと、レイモンは表情を変えることなく声を落とした。


「二日後、ロージェル公爵が我が家にいらっしゃることになった。アンベールは同席しなさい」


「承りました。父上……それは、」


「ここで話すようなことではない」


話を切るとレイモンは踵を返して人混みに消えた。きっと同伴の女性のところだろうとアリアンヌは思った。


「それでアリーちゃん。ロージェル公爵様と、何があったのかしら?」


何かへ期待を込めた眼差しのリゼットに、横でアンベールが溜息を吐いた。アリアンヌはその問いに何も答えられないまま、ただ頬を赤く染めたのだった。

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