表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第一章
19/136

リヒャルトの苦悩

それからリヒャルトは、病のために療養していることにされ、一月もの間外へ出ることはなかった。ラインハルトはその間、執務の合間を縫ってリヒャルトと話し合い、病のせいで性格が変わったことにすると決めた。これまでの付き合いを断ち、接触してきた人物を探るためだ。しかしリヒャルトは、更に声を失ったことにしようとラインハルトに提案した。


「何を言っているんだ、リヒャルト。そこまでする必要はないよ」


ラインハルトはそれを止め、繰り返し説得をしていた。しかしリヒャルトの意志も固い。


「兄上。母は私の『言葉』を強みとなるよう育てた。それを残す訳にはいかないよ」


「だからこそだ。そんなに何もかもを投げ出すようなことをしてはいけない」


リヒャルトは優しいラインハルトが好きだった。だからこそ、失うことなど考えられない。その為なら何でもするつもりだった。しかし、ラインハルトの心労を増やしたい訳ではない。


「──分かった。じゃあ、兄上が王になって、クローリス王国がそれを認めるまで。それまでの間だけならいいか?」


リヒャルトの最大の譲歩だった。ツェツィーリエに希望を残させてはいけないという覚悟でもあった。現王フェリシアンは、近年体調が芳しくなく、数年内には王太子に王位を渡して療養するだろうと目されていた。実際、ラインハルトはフェリシアンから直接言われている。代替わりしてラインハルトの治世が安定するまで後顧の憂いを断つという、リヒャルトの意見を覆すことは、ラインハルトにも難しかった。





それからリヒャルトは、厳しい表情を崩さなくなった。言葉を失い、最低限の人間とだけ関わる生活。ラインハルトとは会話をしたが、その時は人払いをし、誰も寄せ付けないようにしていた。ツェツィーリエはリヒャルトが自室に戻ってきたその日にリヒャルトを呼び出した。顔に浮かんでいるのは息子を心配する母の愛であるはずなのに、リヒャルトにはそれが歪んだものにしか見えなかった。以降、リヒャルトはツェツィーリエと関わる機会を徹底的に避けた。夜会では目線を合わせず、お茶会は呼ばれても参加せず、食事はかねてより別だったのでそれを継続した。ツェツィーリエとリヒャルトの親子仲が良いと思われないためだ。また、ラインハルトの暗殺計画に関わっている可能性が高いツェツィーリエがリヒャルトに向ける母としての顔に、リヒャルトは吐き気すら覚えていた。



それからしばらくして、リヒャルトの周りの心を傾けた物が少しずつ無くなるようになった。

気に入りの書物から始まったそれは、よく使うカフスボタンになり、フェリシアンに貰った懐中時計になり、リヒャルトが庭を歩いていたときに目を向け微笑んだ美しい薔薇になった。リヒャルトの信頼する近衛がツェツィーリエを守る部署へと移動となり、良い働きに感心し笑いかけた下女がクビになった。厳しい表情を崩すきっかけが、徐々に奪われていく生活だ。それらに耐え、何者かの──おそらくツェツィーリエの──何かしらの意図を感じたリヒャルトは、できるだけ外の物に感情を向けないよう意識して生活するようになる。


二年が経った頃、長くリヒャルトに仕えていたモーリスに窃盗の疑いがかけられた。盗まれた物は、侍女がツェツィーリエから預かっていた宝飾品だと言う。それがモーリスの私室から出てきたと言うのだ。勿論モーリスに心当たりなどなかった。そしてモーリスはある貴族から、王城を自ら去るのなら責めを問わないと脅されたのだ。冤罪であることは、リヒャルトには分かりきっていた。


「申し訳ございません、リヒャルト様。身辺には気を付けておりましたのに、これ以上お側にお仕えすることは難しいようです」


二人きりの部屋で深々と頭を下げるモーリスを前に、リヒャルトは目の前が真っ暗になった。リヒャルトが声を失っていないことを知っている、ラインハルト以外のただ一人だったのだ。


「……やめろ、モーリス。私が力及ばないせいだ。すまない」


「リヒャルト様が謝る必要はございません!」


モーリスは青い顔をして慌てて首を左右に振った。モーリスにとってリヒャルトは、子供の頃から知っているまだ十八の青年だ。王城に一人残すのは不安だった。


「いや……謝らせてくれ。側に置き続けた私の落ち度だ。──いや、待てよ」


キラリとリヒャルトの目が光った。


「ラインハルトは、来月にも王位継承式を行う予定だったな」


「はい。その予定です」


「そこで、私が臣下に下ろう」


さっぱりと言ってのけたリヒャルトに、モーリスは青い顔を更に青くして、今にも倒れてしまいそうな様子だ。


「リ……リヒャルト様?!何を仰っているのですか!」


「元々、ラインハルトが王になってしばらくしたらそうするつもりだったんだ。ここに留まっても、ろくな事はない。港の辺りを領地に貰えば良いだろう。あそこは王家の領地だし、管理はこれまでも私の方でやっている。領地の屋敷は今あるもので良いが、タウンハウスは建てなければ。……モーリスの采配で土地を探して建てておいてくれ。ひと月で越す」


自らの言葉に納得するように頷いたリヒャルトに、モーリスは口をぽかんと口を開けた。


「リヒャルト様……」


「モーリス、これから忙しくなるぞ。何せ、この私が新たに作る家の執事になるんだからな」


からりと笑ったリヒャルトに、モーリスは返す言葉を失った。これからひと月の間、モーリスは新たな屋敷と使用人の手配に奔走することとなる。

リヒャルトは早速ラインハルトに無理に話を通し、新たに公爵家を作る許可を得たのだった。複雑な表情で許可したラインハルトは、かつての暗殺未遂犯の確信はないながら、リヒャルトの周囲から心を傾けた物がなくなる件についての犯人だけは、ツェツィーリエであると結論付けていた。そして歪んだ形でしか表現できないほど捻れた愛情がその原因であることも理解していた。離れることでそれが収まるかは分からないが、変化は悪いことではない。新しい家の中でだけは、リヒャルトは何も失わないのではないか。ラインハルトはリヒャルトのエメラルドの瞳が幸福に満たされる日を願った。


そしてラインハルトは王位を継承し、前王となったフェリシアンは側妃カトリーヌと共に療養のため城を去り、リヒャルトはロージェル公爵となった。

次から少しずつ救われる?予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★☆3/2書き下ろし新刊発売☆★
「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り5」
捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り5
(画像は作品紹介ページへのリンクです。)
よろしくお願いします!


★☆5/5書き下ろし新作発売☆★
「皇妃エトワールは離婚したい〜なのに冷酷皇帝陛下に一途に求愛されています〜」
皇妃エトワールは離婚したい
(画像は作品紹介ページへのリンクです。)
ベリーズファンタジースイート様の創刊第2弾として書き下ろしさせていただきました!
よろしくお願いします(*^^*)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ