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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第一章
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リヒャルトの覚悟

リヒャルトは五日間眠り続けたことが嘘のようにしっかりとした目でラインハルトを見た。顔色は悪く、元々細く筋肉質であった体躯は食事を摂れなかったためにより細くなっている。意志の強さを覗かせた声も僅かに掠れていた。


「もう動けるのか。食事は?」


ラインハルトはリヒャルトの寝台の側に歩み寄り、近くにある椅子を引き寄せ腰を下ろした。リヒャルトは頷く。


「まだ思うように身体は動かないな。さっき医者が来て、どろどろした緑色の飯を食べたけど」


あれは美味しいというものではなかった。リヒャルトは味を思い出して顔を顰める。それを見てラインハルトは笑った。


「あれは食べられたものじゃないが、栄養価は高いからな。とりあえず……良かった。リヒャルトまで巻き込んで、悪かったと思う」


ラインハルトが顔を硬ばらせると、リヒャルトは僅かに身を乗り出した。


「ラインハルト。……今回のようなことは、初めてではないんだよな?」


確信しているように問いかけたリヒャルトに、ラインハルトは無言で頷く。リヒャルトは更に質問を重ねた。


「いつからだ」


「リヒャルトがスクールに通い始めてしばらくしてから……か」


そのラインハルトの言葉にリヒャルトは目を見開き、悔やむように俯き身を震わせた。それは、紛れもない後悔だった。


「──ラインハルト、ごめん。私のせいだ」


「待て、リヒャルトは悪くないんだ。学問ができることも人望があることも、悪いことではない」


「だけど……」


ラインハルトは首を振った。リヒャルトを責める気持ちはラインハルトにはないが、リヒャルトは自らを責めてしまうだろうと思っていた。パブリックスクールでのリヒャルトは、人望厚く、真面目で、飛び抜けていたと聞いている。つまり時期から見て、そこでリヒャルトを信奉した誰かが──その親を使って仕掛けていると思ったのだ。


「いや、本当に良くやったよ。リヒャルトは、私の自慢の弟だ」


ラインハルトは椅子から僅かに体を浮かせ、伸ばした手でリヒャルトの赤銅色の髪をわしゃわしゃと撫でる。リヒャルトはその目に涙を溜めていた。


「ラインハルト。もう一つ聞かせて欲しい」


リヒャルトは覚悟を決めて口を開いた。


「目覚めたら私は自室ではなく、ここにいた。ラインハルトの采配だと聞いたけど……今回の犯人、もう分かっているんだろう?」


ラインハルトは悲しさを隠すことなく表情に出し、咄嗟にリヒャルトを止めようとした。


「リヒャルト、それは──」


「教えてくれ。……もう隠し事はなしだ」


ラインハルトはリヒャルトの左手を両手で握り、祈るように頭をそこに寄せた。


「今回捕まったのは、侍女だ。……少し前に、ツェツィーリエ様の元に入った女らしい。真犯人は、まだ分かっていない」


リヒャルトはどこかで分かっていた、しかし認めたくなかったその答えに顔を伏せた。ツェツィーリエはリヒャルトの実の母親だ。理解してしまった事実に否応なく涙が零れ落ちる。


「そ、うか……」


「──すまない」


ツェツィーリエが直接指示をした証拠はない。だから捕まえることはできない。しかし、リヒャルトの知らないところで自らの信奉者がラインハルトを害そうと動こうとした場合、真っ先に取り込まれるのは母であるツェツィーリエだと思った。もしかしたら隣国ネーレウスの関与がないとも言い難い。かつてリヒャルトに未来を見せてくれた優しい母親。パブリックスクールでの付き合いや学問に忙しく、最近は殆ど顔を見てもいなかった。リヒャルトは自らの手を祈るように握っているラインハルトを見た。ラインハルトは、リヒャルトとその心を守るために、一人で戦っていたというのか。リヒャルトは決意をその声に滲ませ、ラインハルトに言った。


「私は、ラインハルトこそが王であるべきだと信じている。共に国の未来を描いていきたい。だから……兄上。これからを、一緒に考えて欲しい」


ラインハルトははっと顔を上げた。リヒャルトは涙を止め、潤んだ瞳のままラインハルトを見つめている。リヒャルトがラインハルトを兄と呼ぶのはいつ以来だろうか。きっかけは抱いた夢だった。共に歩む未来で並び立ちたいという意思によるものだとラインハルトは嬉しく思っていた。


「リヒャルト……」


「今だけ兄上と呼ばせてくれ。私にとっては、唯一信頼できる家族だから」


リヒャルトは様々な物を手放す覚悟を既に決めていた。そんなリヒャルトだが、ラインハルトと描くこの国の未来だけは手放したくないと、強く思った。

この兄弟仲良すぎ!……と、書きながら突っ込まざるを得なかった。

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