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流れ星にかけた願い

レイモンはリヒャルトから届けられた知らせに、大急ぎで仕事を片付けてロージェル公爵邸へとやってきた。アリアンヌの呪いが解けたことと、公爵家にいることだけが書かれた簡素な知らせは、レイモンを急かすには充分だった。


「リヒャルト殿、アリアンヌは──」


案内された食堂で、レイモンは目を見張った。


「お父様、ご心配をお掛けしました」


水色のドレスに身を包んだアリアンヌが、レイモンに向かって眉を下げつつ微笑んでいる。その仕草はレイモンの亡き妻レティシアに良く似ていて、優雅で可愛らしい。


「ああ──いや、もう大丈夫なんだな?」


念を押し確認するレイモンに、アリアンヌは頷く。


「ええ、お父様。……ありがとうございます」


一先ず安心したレイモンだったが、心配が去ってしまえば、状況への疑問が大きくなる。ロージェル公爵邸の食堂には、アンベールとマリユスが先に到着していた。それだけでなく、リゼットとフェリシテも来ている。ナタリー、ニナ、ティモテ、ウーヴェ、モーリス、そしてラインハルトまでもがその場に集まっており、なかなかに賑やかな場だった。更に、あるはずの大テーブルは片付けられ、代わりに置かれたいくつかの小さなテーブルには、様々な軽食やお菓子が並べられている。ちょっとした宴会のような様相だ。マリユスはニナにあれこれと話しかけているし、リゼットとフェリシテは既に酔っ払っているようで、顔が赤かった。国王であるラインハルトが当然のように私服でその輪に混ざっている状況に、レイモンは顔が青くなる。



「シャリエ伯爵殿、短い手紙でお呼びして申し訳ありませんでした」


リヒャルトが苦笑してレイモンの元へと歩いてくる。レイモンはこの公爵家の当主であるリヒャルトを、怪訝な表情で見た。


「……これは、どうなっているのかな?」


「最初に、伯爵殿とアンベール殿、マリユス殿と、ラインハルトにお知らせしたのですが──」


まず、アンベールが、心配していたからとリゼットに伝え、一緒に行こうと声をかけたのだと言う。それから、リゼットがアリアンヌのウエディングドレス選びですっかり仲良くなったフェリシテを誘った。マリユスは、ロージェル公爵邸に着くと先に来ていたニナを呼び、飛び出したアリアンヌを追ってきたナタリーと共にここにいる。ラインハルトが執務を抜けて来た時には、リヒャルトもさすがに驚いた。そして人が集まったからと、執事のモーリスがリヒャルトの同意のないまま食堂を片付け、メイドに料理と飲み物を運ばせ始め──気付けばティモテとウーヴェまでもが加わり、モーリスも引き摺り込まれ、すっかり無礼講の宴会となってしまったのだった。今頃厨房は、ロージェル公爵家始まって以来初めての突然の賑やかな宴会に、料理人からメイドまで大変な騒ぎだろう。エリスもまた、楽しそうな邸の様子に嬉しい悲鳴を上げながら、仕事に精を出している。


「そうか。……こういう賑やかさは、私も嫌いではない。リヒャルト殿、私にも酒を貰えるかな?」


レイモンは普段の真面目な表情を緩め、リヒャルトに言う。リヒャルトはレイモンの戯けた表情に驚きを隠せなかった。


「よろしいのですか?」


「ああ、構わん。──アリアンヌの呪いも解けたようだし、明日領地に先に帰らせるのは止めにして、私が戻る時に一緒に帰らせることにするよ。それなら、今夜ここに泊めてもらっても問題はないだろう?」


外はすっかり暗くなっていた。リヒャルトは、以前シャリエ伯爵家に泊まったことを思い出し頷く。


「はい。部屋はご用意致しましょう」


リヒャルトは、モーリスに部屋の用意と本格的な食事の用意を指示した。騒ぎの輪から抜けてきたモーリスは、一瞬驚きの表情を見せ、それから嬉しそうな笑みを浮かべると、そそくさと食堂を出て行った。


「リヒャルト、こっちにおいで。一緒に飲もう」


ラインハルトが珍しく無邪気な笑顔を浮かべ、グラスをリヒャルトに見せてくる。リヒャルトはレイモンを引き込み、賑やかさの中心へと加わった。





途中、慌てた顔をした侍従が迎えにやってきて、ラインハルトはしぶしぶ帰っていった。それ以外の面々は皆ロージェル公爵邸に泊まることになり、酔ったフェリシテとリゼットの代わりに、リヒャルトとアンベールがそれぞれの家へと連絡を飛ばしていた。

アリアンヌは以前滞在していた時にも使った、ロージェル公爵家の『奥様の部屋』で休むことになった。リヒャルトの部屋の隣にあり、寝室がリヒャルトの寝室と扉一枚で繋がっている。双方から鍵を掛けられるような作りだ。ナタリーの手伝いで寝支度を済ませたアリアンヌは、ショールを羽織りバルコニーに出た。夜空を見上げると、新月の空にたくさんの星が浮かんでいる。


「──綺麗」


アリアンヌはぽつりと呟く。もうすぐ春とはいえ、夜の空気はまだ少し冷たい。アリアンヌはショールの前を合わせた。


「アリアンヌ?」


少し離れたところから掛けられた声に、アリアンヌは横を見た。隣のバルコニーに、夜着に着替えたリヒャルトが出てきている。アリアンヌはバルコニーの端まで歩いて、リヒャルトとの距離を縮めた。一メートル程の距離があるバルコニー越しに、アリアンヌはリヒャルトと向き合った。


「──リヒャルト様も、星をご覧になっていたのですか?」


「ああ、そうだな。……この家が、こんなに賑やかなことはこれまでになかったから、落ち着かなくてね」


首を傾げたアリアンヌに、リヒャルトは苦笑した。アリアンヌはリヒャルトに微笑んで頷く。


「──兄達がお騒がせしました」


「ああ、いや。そうではないよ、ただ……嬉しかったんだ」


柔らかな微笑みを浮かべるリヒャルトに、アリアンヌは頬を染めた。リヒャルトは視線をずらし、空に浮かぶ星を見る。アリアンヌもまた、リヒャルトと同じ夜空へと顔を向けた。


「リヒャルト様。これから……この家は、もっともっと暖かく賑やかな場所になりますわ」


アリアンヌは、以前にも口にした言葉を改めて言葉にした。リヒャルトはエメラルドグリーンの瞳に決意を滲ませる。


「──貴女がそこにいてくれるよう、私も頑張ろう」


「私こそ──隣にいさせてくださいませ」


アリアンヌの言葉は優しく、リヒャルトの心を温める。二人の願いを叶えようとするかのように、夜空に一筋星が流れた。

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