小さな手掛かり
王立図書館は、王城のすぐ近くに古くからある建物だ。ティモテはそこで、子供向けの書棚の本を端から順に開いていた。呪いの存在がお伽話の中のものだと認知されているということは、お伽話の中の呪いについての記述には、事実もあるのではないかと思ったのだ。語り継がれた実話が物語となり、お伽話に編纂されていくとしたなら。
「それにしても……ここも居心地悪いな」
ティモテは小さく溜息を吐いた。王立図書館に子供向けの本を借りに来る人はあまり多くない。王都には他にも図書館はあり、子供を連れて来るには王立図書館は向いているとは言えなかった。王城で働く貴族や役人、研究者の利用が主だ。だからこそ、ティモテが子供向けの書棚で長時間過ごしているのは、非常に目立つのだ。
しかし目的の為には手段は選べない。ティモテは、怒っているように見えるほど顔を顰めながら、次から次へと本を読んでは戻していく。気が付けば、あっという間に陽は傾いていた。立ったまま本を読み続けたせいで、いつもより少し肩が重い。腕を伸ばして身体を解し、コームの事務所に戻ろうと図書館を出た。
「……結局、僕の方は手掛かりなし、か」
やはり、当たりも付けずに端から読むというのは無謀だったかとティモテは嘆息する。この数時間で唯一分かったのは、王子と姫というのは苦労が多いということくらいか。呪いが登場する作品もあったが、リヒャルトは蛙になっていないし、アリアンヌは眠り続けているのではない。
ティモテが事務所の扉を叩くと、コームは中から扉を開けた。
「ようこそ、待っていたよ」
コームの顔に浮かぶ笑顔に、ティモテは期待を込めた眼差しを向ける。
「まさか──」
「ともかく座ってくれ。順に話そう」
ティモテはソファに座り、コームを真っ直ぐに見た。コームはテーブルの上に積まれたいくつかの本を指し示しながら、口を開いた。
「ここにあるのは、クローリス王国の古典と呼ばれる文献だ。地域の説話のようなものも集めている。今日調べた中で、呪いが出てくるものが十八話、内『誰かを忘れる』呪いの話が五話あった」
ティモテは自らの間違いにここで気付いた。お伽話のようだからとはいえ、本当にお伽話しか読んでいなかったのだ。先程までの自分が居た堪れない。
「……子供向けのお伽話でも読んできたのかな?」
コームはまるで見ていたかのようにティモテに聞いた。ティモテは恥ずかしさから耳が熱を持つのを感じた。
「僕が何をしてたかは、今関係ないですよね」
「いや、これから話すが、それも重要な要素だよ。──その呪いは、対象にもう一度同じ感情を抱くことで解けるようだから」
ティモテはコームの言葉に目を見張った。コームは自らの言葉に頷き、話を続ける。
「殺意を忘れているなら殺意を、家族を忘れているなら家族の絆を、恋人を忘れているなら恋心を──というように、同じ感情を抱くと忘れた記憶が戻るという点が、この五話に共通していた」
「それなら──」
アリアンヌはリヒャルトを嫌ってはいない筈だ。側に居れば自然とまた惹かれ合うと、ティモテは信じられた。
「そう。つまり姫と王子なら、『もう一度王子様に恋をして愛する』ことになるかな。……あくまでお伽話からの推測でしかないが」
ティモテは今日まで手掛かりがないままだったこともあり、やっと見つけた希望に視界がひらけた心地がした。しかし離れることを決めているようなリヒャルトが、素直に提案を受け入れるだろうか。ティモテはモーリスに相談しようと席を立った。
「ありがとう、コームさん。お代はいくら?」
ティモテが財布を開くと、コームはそれを手の動きで止めた。ティモテは首を傾げる。
「アンナさんのピンチだ、お代はいらないよ。私も、彼女には幸せになってほしいからね」
「コームさん、気付いてたのか?」
ティモテが驚きに声を上げる。コームは笑みを深め、早く行けとばかりに手を振った。
ティモテはロージェル公爵邸に戻ってすぐ、モーリスを誰もいない裏庭に呼び出し、今日の成果を報告した。モーリスは難題を突きつけられたように、眉間に皺を寄せる。
「──ティモテ。そうは言っても、アリアンヌ様が領地に帰るのは明後日だ。それまでに恋をするというのは……」
「そうですよね。……でも、アリアンヌ様も、もしかしたらリヒャルト様のことを──」
希望的観測を口にするティモテに、モーリスは嘆息する。
「それに、あくまで正式な解き方かどうかも分からないんだ。今のリヒャルト様は、それでは動かないだろう」
「なら、アリアンヌ様に──」
「より難しいだろうな。忘れている記憶に触れずに呪いを解く方法を教えることができれば別だが」
ティモテはモーリスの言葉に嘆息した。
「なんだかモーリスさん、呪いを解きたくないみたいですよ。もう少し前向きに考えましょうよ」
「──毎日リヒャルト様を側で見ているティモテなら分かるだろう」
ティモテはモーリスの言葉に目を見張った。最近のリヒャルトは、空いた時間は常に仕事をしようとしている。それは考えてしまう時間を減らそうとするようでもあった。それでも諦め切れないティモテは、他に方法がないか真剣に考えるのだった。