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ティモテの思いつき

帰りの馬車の中で、アリアンヌはリヒャルトの目を見ることができなかった。リヒャルトが困っているのは分かるのに、どうしても向き合うことができない。王城から貴族街は目と鼻の先だ。アリアンヌが俯いたままでいる間に、あっと言う間に家へと帰り着いてしまった。


「アリアンヌ、──着いたよ」


リヒャルトが先に降りて、アリアンヌをエスコートしようと手を差し伸べてくる。アリアンヌはその手を取って馬車から降りた。シャリエ伯爵邸の正門では、門番と使用人が待っている。


「今日はありがとう。領地に戻っても、元気で」


リヒャルトがどのような表情をしているのか、顔を上げないままのアリアンヌには見ることができない。しかし、これから暫く会えなくなることだけは分かった。


「──ありがとうございます、アルト様」


アリアンヌが絞り出すように言った言葉に、リヒャルトは微笑みを浮かべる。


「ああ。どうか──幸せになってくれ」


リヒャルトは一度アリアンヌの頭を優しく撫でた。アリアンヌが顔を上げた時には、既にリヒャルトは背中を向けている。リヒャルトはすぐに馬車に乗り、シャリエ伯爵邸の前から去っていった。アリアンヌはリヒャルトの言葉と態度をどう受け止めて良いのか分からないまま、その場に立ち竦む。


「── アリアンヌ様、このままではお体が冷えてしまいます。お部屋へお入りくださいませ」


馬車を見送ったまま動けずにいたアリアンヌに、ナタリーが声をかけた。先程まではこの場にいなかったので、きっと誰かに呼ばれたのだろう。アリアンヌはナタリーの言葉に従い、大人しく本邸の中へと入る。寝支度をして寝台へと入っても、瞼の裏に映るリヒャルトの姿は消えてくれなかった。





夜会が終わってから、リヒャルトはシャリエ伯爵家を訪ねていない。これまで欠かさなかった薔薇の花の注文も止めている。その掌を返したような行動に、モーリスは頭を抱えていた。アリアンヌが領地に帰るのは二日後らしい。


「モーリスさん、また難しい顔してますね」


執務室で書類仕事を片付けていたモーリスの元に、ティモテがやって来た。まだ昼時のこの時間、リヒャルトは王城へと出掛けている。


「ああ、ティモテか。今日は非番ではなかったか?」


「非番だからここへ来たんですよ」


「……どういうことだ?」


モーリスはティモテの言葉に怪訝な顔をした。ティモテはあくまで気軽に話を続ける。


「これから、ちょっと出掛けてこようと思いまして。この前の話では、呪いの解き方が分からないから離れるってことでしたよね?」


「ああ。頁が破り取られていたと」


モーリスは納得していないのが分かる表情でティモテの言葉に同意する。リヒャルトの未練を体現したように、その頁を破られた本が鍵付きの引き出しに大事にしまってあることを、モーリスは知っていた。ティモテはモーリスの言葉に頷く。


「その呪いって、『最愛の恋人を忘れ、思い出すのを阻害する』んでしたよね」


「ああ、そう仰っていたな」


モーリスは趣味の悪い呪いだと思い顔を顰めた。


「分かりました。じゃ、ちょっと行ってきます」


ティモテ真剣な表情で言い、執務室を出て行こうとする。モーリスは咄嗟にティモテを呼び止めた。


「待て。……何処に行くんだ?」


「正攻法で無理なら、斜めから攻めてみようと思いまして。──神頼みでもしようかと」


邪気のない笑みを浮かべ、今度こそティモテは出掛けていった。一人残されたモーリスはティモテの真意が測りきれないでいる。一つだけ確実なのは、ティモテもまた、リヒャルトの幸せを願う仲間だということだった。





ティモテは胸ポケットに雑に放り込んだままだった紙切れを引っ張り出した。貰った時は本当に使うとは思いもしなかったそれの皺を広げ、書いてある住所を訪ねる。探偵コームの事務所──あの日コームに貰った名刺を頼りに、ティモテはまさに神頼みのつもりでここへやってきた。事務所の中は本が直接床に積まれており、執務机の周りには何に使うのか分からない物がいくつも置いてある。本の影から、似つかわしくないほど上品な雰囲気を見に纏ったコームが顔を覗かせた。



「──ああ、君か。どうぞ座って」


柔和な表情を浮かべたコームがティモテにソファを勧める。ティモテはあまり座り心地の良くないそれに座って、コーム自らが淹れた紅茶を飲んだ。向かいに座ったコームは、微笑みを浮かべティモテに言う。


「さて、君はどうやら焦っているようだ。早速用件を聞こうか」


あと二日でアリアンヌが領地に帰ってしまう。早く何か呪いを解く手掛かりを掴まなければと急く気持ちを見透かされたようで、ティモテは目を逸らした。しかし、呪いが使われたことは伏せなければならない。ティモテは少し考えたが、結局率直に聞くことにした。


「──愛する王子を忘れた姫が出てくる、ハッピーエンドのお伽話を探して欲しい」


「君、……隠し事と嘘は向いてないね」


コームは軽い口調に反し、厳しい表情で言った。ティモテは息を飲む。やはり、率直に聞き過ぎただろうか。コームはそのまま目を閉じ暫し黙考し、顔を上げた。


「少し時間が欲しい。夕刻、またここに来てくれるかな?その時にまでに答えを用意しておこう」


ティモテはコームの言葉に目を見張った。


「理由は聞かないのか?」


「聞かれたいなら聞くけれど、そうではないのだろう?それに予測はできるからね。……だがきっと、君のその発想は正しいはずだよ」


「ありがとうございます」


アンナの為だとコームは右手を振り、本の山の中へと戻っていく。ティモテは事務所を出て、自分にもできることをと王立図書館へと向かった。

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