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伯爵令嬢の華麗なる暇潰し  作者: 水野沙彰
本編 第四章
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二度目の恋2

「皆の者、今日は春の訪れを祝う夜会だ。この場に集まってくれたこと、感謝する」


ラインハルトの突然の言葉に、大広間にいる貴族達は皆口を噤んだ。まだ若くとも国王らしい威厳に満ちた声は良く通り、それまでの雑音が嘘のように静まり返る。


「本来ならこのような場でする話でもないが──先日、何名もの貴族が摘発されたことで、皆が動揺していることと思う。城内では新たな人事に戸惑う声も聞こえている。……だが、私は国民を愛しているのだ」


ラインハルトはゆっくりと場を見渡した。崇拝の目を向けている者や、真面目な表情で話を聞く者、中には顔を青くしている者もいる。リヒャルトはこうなることが分かっていたのか、平然とした顔で果実酒を傾けていた。アリアンヌは状況について行けず、ぽかんとしたままラインハルトの言葉に耳を傾けた。


「国民の信に反する行動をする者を、どうして放っておけるだろうか。また、新たに責任ある役務に就いた者を信じている。信じておらずに、どうして任せることなどできようか。……私は国民を、貴族と平民を問わず、皆愛している。皆の領民も、私の国民だ。等しく愛している」


愛を語っている筈なのに、ラインハルトの言葉は重くその場に響いた。アリアンヌはレイモンから聞いて、不正をしていた貴族の一斉摘発とそれに伴う大きな人事異動があったことを知っていた。その話を教訓として語っているのだろうと思う。


「私の愛する国民は、皆の政務のお陰で日々を過ごしているのだ。その責を忘れず、領地での時を過ごしてもらいたい」


ラインハルトの朗々とした声が、場を引き締める。この夜会が終われば、貴族の多くは領地のマナーハウスへと帰る。領政においては、国法の範囲内で、その土地を治める貴族の裁量が強い。アリアンヌには詳しい知識はなかったが、レイモンが尽力してシャリエ伯爵領を治めていることを知っていた。ラインハルトなりの叱責であり、激励であろう。



「そして、ここからは私の独り言だが。──私は私の家族を愛している。今回、逃れている者……次は無いと思え」


それまで穏やかに話していたラインハルトの声が、急激に氷点下まで下がった。アリアンヌは驚きに目を見開き、リヒャルトを見る。リヒャルトは苦笑してラインハルトを見つめていた。


「私からは以上だ。──鐘を」


すぐに夜会の開始を告げる鐘が鳴り響いた。しんと静まり返った大広間に、その音はやけに大きく聞こえる。鐘の音に少し遅れて、彼方此方でグラスを重ねる音が響いた。鐘の音が止むとすぐに、管弦楽団が音楽を奏で始める。ラインハルトがファーストダンスのため、王妃と共にダンスホールとなった大広間の中心に滑り出た。


「乾杯までが長いって……こういうことでしたのね」


アリアンヌが二人のダンスを見ながらリヒャルトに言うと、リヒャルトはくつくつと喉の奥で笑った。


「そう。色々あったから、一度引き締めようと思ったそうだよ」


「まあ、アルト様は一枚噛んでいらっしゃったのですね。……驚きましたわ。陛下のあんな顔、初めて拝見しました」


最後の言葉を話すとき、ラインハルトはアリアンヌの見たことがない程に冷ややかな表情をしていた。


「ああ、ラインハルトは優しいから」


リヒャルトは何処か遠くを見るように言った。曲が止み、ラインハルト達は一礼して席へと戻っていく。しばらくして、次の曲の演奏が始まった。アリアンヌはリヒャルトを見上げる。リヒャルトは、姿勢を正して改めてアリアンヌに左手を差し出した。


「……お姫様。どうか、私と踊って頂けますか?」


アリアンヌは向けられる甘い微笑みに、恥じらいつつもその左手に右手を重ねた。


「ええ──私でよろしければ」


「──いや、貴女でなければ駄目だ。……行こうか」


リヒャルトのエスコートで、アリアンヌはダンスホールとなっている大広間の中心へと歩を進める。リヒャルトはアリアンヌの腰に腕を回し、アリアンヌもまた、リヒャルトの腕に手を沿わせた。


奏でられるワルツの音楽に合わせ、くるりくるりと移動する。アリアンヌは、動きに合わせてアリアンヌを導くリヒャルトを見上げた。身体が自然と寄り添い、どうしても頬が赤く染まる。リヒャルトはまるでお伽話の王子様のように優雅だった。アリアンヌは何故かいつもより軽く動く身体に、違和感を覚える。記憶の中では初めてのダンスの筈なのに、これまでにないほど踊りやすかった。きっと初めてではないのだろう。忘れていることがもどかしかった。


「アルト様、私──貴方を知っている気がしますわ」


アリアンヌがぽつりと呟くと、リヒャルトは柔らかく微笑んだ。


「思い出そうとしてはいけないよ。今はもう少し、貴女とのこの時間に酔っていたいから」


アリアンヌはリヒャルトの言葉に、遡ろうとしていた記憶に素直に蓋をする。それでもやはりリヒャルトとのダンスは、アリアンヌを不思議な気分にさせた。

会場にいる貴族の半数程が踊っていたが、ダンスに参加していない人々の視線の多くがアリアンヌとリヒャルトに向けられている。若く美しい二人のダンスは、まるで物語の主人公達のようだった。

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