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マリユスの悩み2

「いえ、あの──」


「どうしても駄目なら、理由を聞かせてほしい。自分より弱い男では不満か?」


女はマリユスに寄せられた分だけ身体を引いた。マリユスの握る手の中で、女の手の温度が上がる。


「……そうではございません。私は一介の使用人です。マリユス様には相応しい女性がきっと他にいらっしゃいます!」


「俺が貴女が良いと言っているんだ。女性と一緒に過ごしてこんなに楽しいのは初めてだ。今は他に考えられない」


「ですが──」


「ああ、そう言えば名前と仕事を聞いていなかったな。教えてくれ」


女はマリユスの率直な聞き方に息を飲んだ。これは確かに、社交界で令嬢を相手取るには苦労しそうだ。ましてシャリエ伯爵家の次男で、両親譲りの美貌では、余計にだろう。女はマリユスの態度に諦めたように嘆息し、口を開いた。


「……私はニナ・ベロムと申します。アリアンヌ様の侍女として働かせて頂いています」





赤褐色の瞳は当主のレイモンと同じ色だ。ニナが敬愛する主人のアリアンヌと同じ亜麻色の髪が、マリユスを余計に華やかに見せる。それはマリユスが仕える家の人間であるという事実をまざまざとニナに突きつけた。


「アリアンヌの侍女か──」


マリユスは驚いたように目を見張った。ニナは居心地が悪く逃げようと試みるが、手をしっかりと握られていて、鍛錬場には二人きりで逃げようもない。そもそもニナはこのような状況に慣れていないのだ。


「あの……」


「ならアリアンヌの許可があれば、俺は貴女を夜会に連れて行けるんだな?」


にかっと笑うマリユスに、ニナは息を飲んだ。嫌でも顔に熱が集まる。アリアンヌ似の美しい顔でそんな笑顔を浮かべるなど、侍女にとっては毒でしかないとニナは思った。


「ですが、たかが使用人を夜会に連れて行くなど、品位を疑われます」


ニナは、自分にしては真面目な回答をしたと思った。やはり追い詰められると、口も回るらしい。これくらいの受け答えをいつもできれば、ナタリーに怒られる回数も激減するはずだと、ニナは思う。マリユスがまじまじとニナを見てくる。ニナは首を傾げた。


「貴女はどこのご令嬢だろうか。平民ではないよな?剣捌きと動きで分かる。荒々しい動きの中にも品があったから」


ニナは驚きに動きを止めた。マリユスと直接話したことはなかったが、確かにアリアンヌとアンベールと兄弟であると感じる。確信を持って聞いてくるマリユスに、ニナはそれ以上その場にいることができなかった。


「──存じません!」


ニナはそれまでとは違う渾身の力で握られていた手を振り払うと、そのままの勢いで立ち上がり、マリユスのいる鍛錬場から逃げ出した。まだ寒い冬の夜気が火照った頬に刺さる。

マリユスは今度の夜会と言っていた。きっと少し前にアリアンヌが話していた、どこかの伯爵家の夜会だろう。夜会など、デビュタントの年以来参加していない。侍女として働いているのは礼儀見習いの為だったが、今ではナタリーと一緒にアリアンヌの世話をすることに喜びを感じていた。今更アリアンヌの兄であるマリユスに夜会に誘われて、どうしたら良いのだろうか。駆け戻った部屋の中で、ニナは一人、ただ頭を抱えたのだった。





「──アリアンヌ、いるか?」


アリアンヌの元をマリユスが訪ねてきたのは、もうすぐ昼になるという時間だった。


「マリユスお兄様?ええ、おりますわ」


アリアンヌの返事で私室に入ってきたマリユスは、ここ最近にしては輝きのある瞳をしている。確か夜会のパートナーを探すと必死になっていたはずだ。アリアンヌは首を傾げた。リヒャルトに贈ろうと作っていた、刺繍のハンカチを置く。

ティーテーブルの椅子を勧め、マリユスが座ったのを確認してからアリアンヌも向かい側に腰を下ろす。ナタリーが紅茶を淹れてそれぞれの前に置いた。


「それでお兄様、今日はどのようなご用ですの?」


マリユスは瞳を輝かせながらも落ち着かない様子だ。室内に興味があるのか、目がきょろきょろと動いている。やがてアリアンヌとナタリーしかいないと確認したのか、何かを決心したようにアリアンヌを正面から見た。


「──ニナ・ベロムという侍女がいるだろう。彼女を夜会に連れて行きたいんだが、アリアンヌの許可が欲しいんだ」


アリアンヌは予想もしていなかったその話に、思わず紅茶のカップの音を立ててしまった。ナタリーも驚いているのか、隅の方で身を固くする。


「お待ちください、お兄様。確かにニナは私の侍女ですが、どちらでニナのことをお知りになりましたの?」


「昨日の夜、身体を動かそうと鍛錬場に行った時に会ったんだ。手合わせをしたが、なかなかの腕前だったな」


アリアンヌは隠すこともなく小さく嘆息した。


「手合わせをして、何故夜会に誘うことになりますの?」


「その後少し会話をしたら、なかなか興味深かったから。面白い令嬢だと思って」


どこか楽しそうな様子のマリユスは、昨夜のことを思い出しているのだろう。アリアンヌは一番大切なことを聞いた。


「ニナを直接誘いましたの?同行するとの答えを?」


マリユスはアリアンヌの真っ直ぐ向ける視線から逃れるように目線を斜めに逸らす。拗ねた表情のマリユスを、アリアンヌは不思議に思う。


「……逃げられた」


「は?」


「手合わせをして、夜会に誘って、何処の令嬢か聞いたら逃げられた」


アリアンヌは思わず笑い声を上げた。華やかな笑い声がその場の空気を緩ませる。


「お兄様、振られているではないの」


「違う!驚かせてしまっただけだ。あの後調べたが、彼女はベロム男爵家の令嬢だろう?俺が夜会に連れて行っても問題はないはずだよな?」


少し焦った様子でアリアンヌを縋るように見るマリユスに、アリアンヌは仕方がない人だと思う。


「……分かりました。ニナには私からも聞いてみます。ですが、同意を得るのはマリユスお兄様自身です。ニナがお兄様に『一緒に行く』と言うのであれば、私はそれを許可しますわ」


「俺が許可を取るのか……」


「ふふ、当然ですわ。淑女を誘う最低限のマナーです」


微笑むアリアンヌにそれ以上の交渉は無意味だと思ったのか、マリユスは紅茶を飲み干して席を立った。部屋を出て行く後ろ姿を見送ったアリアンヌは、ナタリーに顔を向けて口を開く。


「ニナは、苦労するわね」


「──ええ、そう思います」


ナタリーは肩を竦めた。アリアンヌと共に育ってきたナタリーは、マリユスの性格を知っている。真っ直ぐで素直な性格は好ましいが、それを向けられた人間は拒否し難いのだ。アリアンヌはニナが後何日でマリユスの誘いを受けるだろうかと、思いを巡らせたのだった。

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