英雄神の神殿
通路内は、まるで大理石を敷き詰めたような、美しい作りだった。明かりは点在するほんの僅かな光源のみで、先ほどの部屋よりは明るいが、薄暗いことに変わりはない。
ただ、歩きやすいのは確かだ。
その通路を、エドはゆっくりと先へ進んでいく。
通路は一本道。迷うことはないが、念のため罠や襲ってくる存在を警戒して慎重に移動する。
そして、10分ほど進んでいくと、広い部屋へ辿り着いた。
「・・・!!ここは・・・・・」
《ほう・・・・・・》
そこは、小学校の体育館くらいの広さのある空間。壁には、勇者と思われる、武器を構えて異形と相対している人物が数多く描かれた壁画が掛けられていた。
光源は通路にあったものの何十倍も大きいものが複数あり、壁や天井の白く輝く石がその光を反射して、この空間を明るく、神聖なものにしていた。
興味本意で鑑定をしてみても、詳細不明と出てしまっている。まぁ、予想はしていたけど。
その空間の中心に、ある人物の石像があり、その前には台座と思われる、直径2メートルほどの円型の小上がりがあった。
エドがその小上がりに近づくと、部屋全体に、低く威厳のある声が響いた。
『神聖なる空間に、お前は何用で来た』
威圧感のある、声色。まるで、魂に直接語りかけられているような気がする。エドは思わず足を止める。
「お、俺は冒険者エドワード!勇者の証を求めて、この地へ来た!」
少し萎縮しているようだが、どうにか目的を伝える。
『証を欲するか。ならば、一つお前に問う。この場へ来るまで、最も貢献した物は何か?それを像の前の台座に乗せるがいい』
「貢献した物?」
『己自身の力ならば、自分でその台座に乗ればいい。仲間に助けられたのなら、その仲間を乗せるといい。』
エドは、少し考える。そして、出した答えは。
(トーヤ、俺は君を乗せたい。俺がここまで来れたのは、トーヤがいたからだ。・・・どうかな?)
《俺はそうは思わない。お前が俺を信じてくれたから、今この場にいられる。だから、お前も共に乗るべきだ。》
(・・・わかった)
エドは、俺を顕現させた状態で台座の上に乗る。
『ほう。自ら乗るか。余程己の力に自信があるのだな』
どことなく、残念そうな感じに聞こえる。
それに対し、エドは言い返す。
「あなたは外見でしか判断しないのだな。言っておくが、俺は自らの力を過信しない。この盾が見えないのか?俺はこの盾、トーヤを信じた。そして、トーヤも俺を信じた。この台座の上に乗せたものは、俺でも盾でもない!俺とトーヤの信頼だ!!」
なんというカッコいい台詞だろうか。
てか、これまで薄暗かったからわからなかったけど、エドってけっこうイケメンじゃね?清潔感のある、黄金色の短髪で、顔全体が整ってるし、それで確固たる信念を持っていそうな、理性的で純粋な翡翠色の瞳だし、体型は痩せ型でありながら、引き締まった筋肉をもっているようだ。
おっと、少し誉めすぎたかな。これでもまだ18歳。もっと精神的に成長すれば、イケメンレベルがさらにアップするぜ。
エドの発言から数秒後。
『ふふふ・・・・ハッハッハ!!面白いことを言うではないか!そういう輩は嫌いではないぞ!!』
先ほどまでの声色が嘘のように、とても楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
そして、像の前に、高校生くらいで黒髪の少年が光を纏って現れた。
その少年が、笑みを浮かべながら口を開く。
「冒険者エドワード。君に勇者の証を授けよう」
「・・・え?どういうことだ・・・?」
突然現れた存在に、エドは驚きを隠せない。
「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺は英雄神の分体。英雄神の意思を伝える端末。メッセンジャーと思ってくれていい」
「英雄神の使い、という認識で間違いではないのかな?」
「うん、それでいいさ。先ほども言ったが、君は英雄神に、勇者としての資質を見出だされた。だから、勇者の証を授けよう、ということだ。・・・さあ、右手を出せ」
言われるがまま、エドは分体の前に右手を出す。
すると、眩い光が一瞬エドの右手を包み、消えていく。
その後には、エドの右手の甲に、剣を象った紋章が現れた。
「これで、君は勇者の証を手に入れた。君の目的は、これで達成かな」
「ほんとに、俺が勇者の証を・・・」
まだ信じられない、といった顔で、エドは紋章を見つめる。
「さて、次は・・・君だね」
分体は、迷わずエドの左腕に顕現している俺に触れてくる。
《・・・!!》
分体が俺に触れた瞬間、俺の意識が突然飛んだ。
気がつくと、俺は真っ暗な空間にいた。
この空間には覚えがある。
たしか、転生前にここに来たはずだ。ということは。
「また会えたな、館山刀矢。いや、今のお前は、トーヤ、と呼ぶべきかな」
忘れるはずがない。
この目の前にいる少年こそ、俺を転生させた英雄神。
「分体を経由して、ほんの少しだけお前と話ができる時間を作った。お前も、俺に聞きたいことがあるんだろ?」
「・・・ああ、そうだ」
なぜ俺を、盾に転生させた?
・・・いや、それも知りたいが、それよりも、もっと知りたいことがあった。
「・・・お前は・・・竜斗なのか?」
「ようやく思い出してくれたんだな、刀矢」
桐生竜斗。俺が高校に入って出会った親友だった。
お互いにラノベやゲームが好きで、漫画の趣味も合い、よくカフェ巡りに行ったり、祭りでは一緒に馬鹿をやったくらいの仲だったのだ。
「こっちの世界に来て、ようやく、な。やはり、お前は日本にいた頃、17年前に・・・」
「ああ、察しの通り、俺は召喚されてこの世界に来た。こっちの世界は、日本にいた頃よりも時間が経つのが早くてな。日本で17年でも、こっちでは350年が経過している」
「・・・そうだったのか。一応、弁解しておくが、日本ではお前の存在は既にいないものとなっている。たぶん、もう俺くらいしか覚えてなかったんだろうな。そんな俺も、お前の存在をぼんやりとしか認識できていなかったが」
「知ってる。俺も一応、神だから。その理由は世界の融合を防ぐためのシステムだからなんだよ。一々説明するのも退屈でつまらないから、この話題は終了な」
「わかった。なら、次の質問だ。お前はなぜ、勇者としてホッフルグを救おうと思ったんだ?」
「・・・それは、結果的にそうなっただけだ。召喚された俺は、この世界の管理者である大神によって、強力なスキルを与えられた。だが、日本へ帰る術が無かった。理論上、日本で改めて召喚を行えば、帰ることはできる。だが、その召喚を行うためのエネルギーとなるエーテル粒子が、日本には存在しないんだ。つまり、日本には戻れない、ということだ」
「エーテル粒子?なんだ、それは?」
「この世界に存在する、意思に反応して様々なものに変化する物質だ。魔法や儀式、スキルや自然現象。それら全ての素となるものだ。詳しく知りたければ、魔導研究施設を訪ねてみるといい」
ほう。俺が謎物質と呼んでいたのは、エーテル粒子という名前なのか。
「なるほど。機会があれば、行ってみるさ」
「話を戻すぞ。日本に帰れない、とわかった俺は、まず、この世界を知ろうと思った。日本にいた頃と違って、人の命がほんの些細な理由で失われてしまう、常に危険と隣り合わせの生活。俺は、多くの人や仲間に出会い、別れを経験し、いつしかこの世界が好きになってしまっていた。俺の好きな人達の生活を守りたくなっていた。赤の他人まで守ろう、とは思わない。だが、世界の脅威は、俺が守りたい、と思う人達にとっても等しく脅威であることに変わりはない。ならば、その脅威を取り除くことで、間接的にでもその人達の役に立てれば、と行動したのだが、それが結果的にホッフルグを救うことになっただけにすぎない」
「そういうことだったのか」
よくあるRPGの主人公のように、自分が世界を救うんだ、などという傲慢な理由ではなかったのだな。
そして、今やこいつは神だ。世界を救ってほしい、という願いを俺に託したとしても、何ら問題なかろう。
それに対し、俺は神ではないし、勇者でもない。盾だ。例え神に頼まれたからといって、本気で世界を救おうとは思わない。
しかし、親友だった竜斗の頼みであるなら、願いを叶えるのもいいだろう。
世界を救いたいわけではない。
親友の頼みだから救うのだ。
つまり、俺自身の都合。
だが、ここで新たに気になることが出てきた。
「仮に、世界を救った後・・・お前はどうするんだ?」
俺の質問に、竜斗―――いや、英雄神は一瞬呆けた表情になる。
「・・・それは考えてなかったな。多分、これまでと同じように、英雄神としての勤めを続けていくだけだろうな」
「それってさ・・・なんか勿体なくない?神の勤めは確かに大事だ。でも、お前は元は人間だ。そして、俺の親友だった。折角再会できたんだ。なら、少しくらい、楽しみを持ってもいいと思うぞ?」
「楽しみ、か。神となった俺の楽しみは、この世界の皆が笑顔で暮らせる未来を願うくらいだが。それではいけないのか?」
「お前はそれでいいかもしれない。だが、俺はそうは思わない。17年以上も親友のお前と別れていたんだ。俺はお前ともっといろんなことをやっていきたい。日本ではない、この世界で。だから、世界を救った後、お前は俺と、共に冒険をしてくれ。それが、お前の望みを叶える対価だ」
「・・・本気か?」
「ああ、本気だ」
即答する俺に、英雄神は少し考える仕草をする。
「・・・少し待ってくれ。大神と話す」
英雄神が目を閉じる。
一見すると、瞑想でもしているかのように思える姿勢だ。だが、その姿こそ、大神とやり取りをしている状態なのだろう。
・・・5分くらいたっただろうか。
英雄神の目がゆっくりと開かれた。
「・・・大神の許可が出た。但し条件付きだが」
「条件?」
「一つ目は分体で行くこと。本体は既に神の器となっているから、世界に直接干渉しないための手段として、分体で行け、とのことだ。二つ目は、英雄神としての力は完全に封印すること。代わりに、当時の俺の力を八割ほど再現してくれるそうだ。そして三つ目は、自分から正体を口にしてはいけないこと。これらが守られるなら、許可を出してくれるそうだ」
え!そんなので良いのか?!
「その程度の条件なら、喜んで守らせてくれ!よし、燃えてきた!」
心の奥から、やる気が満ちてくる。
憧れの異世界を、かつての親友と共に冒険する。これほど心躍るのは、いつ以来だろうか。
新しい仲間達・・・エドも一緒にパーティーを組んでいくのもいいかもしれない。
・・・だが、気づいてしまった。それは叶わないだろう、と。
なぜなら、エドは人間だから。
竜斗は分体でいくとはいえ、神だ。そして、俺は盾。俺達に寿命はないが、エドにはある。
・・・そう思うと、少し寂しい気もする。
そんな俺の心情を汲んだのか、英雄神は俺に言葉をかけてくれた。
「トーヤ。お前に授けたスキル<一体化>は、神の力の一部でもある。使い方によっては、神の所業ともいえる効果を得ることができる。だから、考えろ。考えて、悩んで、挑戦して、失敗して、お前なりに使いこなしてみせろ。その先に、必ず解決策がある。だから・・・諦めるな。足掻き続けろ。お前なら、絶対できる」
・・・参ったな。
親友に、必ず、とか、絶対、とか言われると、本当にそうなってしまいそうな気がする。
なら、いつか見つかるかもしれない。
エドも俺達と共に冒険できる方法が。
周囲の空間が歪み始める。
そろそろ時間らしい。
竜斗とまた会えるのは、いつになるだろうか。
「そうだ、トーヤ。最後に、お前に英雄神の加護を与えよう。まぁ、ちょっとしたお守りのようなものだ。遠慮なく受け取ってくれ」
別れ際に、まさかのサプライズ。
俺の本体である盾の一部に眩い光が集まる。
光が収まると、そこには竜の頭部のような紋章が刻まれていた。
「これは・・・」
「ある施設のマスター証であり、俺とお前を繋ぐ証でもある。どんな施設かは、楽しみにしていてくれ」
「どこにあるんだ?」
その質問に、英雄神は口元を僅かに上げて答えた。
「お前にとって、最も遠く、最も近い場所だ。より詳しく言うと、存在はしているが実在しているとは言い難いところだな。お前なら、いずれ辿り着けるだろう」
その言葉を最後に、俺は英雄神の神殿まで意識が戻ってきた。
そんな俺に、心配そうな表情を浮かべているエドがいた。
(トーヤ、大丈夫か?!)
《・・・ああ、問題ない。少し気を失っていたようだな》
(ならいい。10分ほど呼び掛けが返ってこなかったから、心配したよ・・・)
分体が俺に触れてから、相当時間が経っていたような気もするが、それくらいだったのか。
《それは悪かったな。ところで、分体はどこへ?》
(少し前に、いなくなった。去り際に、武運を祈る、とだけ言ってね)
《そうか・・・》
(・・・とりあえず、ここから出よう。といっても、出口らしきものが見当たらないけど)
エドのその言葉に反応したのか、神殿が揺れ始める。同時に、俺達が立っている真下の地面に何やら魔法陣らしきものが現れた。
《これは?!》
魔法陣は徐々に光を帯びていく。その光は、俺達をすっぽりと覆う。
一瞬、罠かと思ったが、どうもそうではないようだ。
念のため鑑定してみると、帰還の魔法陣と出た。
おお、初めてマトモな鑑定結果が出たな。もしかしたら、英雄神が力を貸してくれたのかもしれない。あいつから貰った紋章が反応していたみたいだし。てか、それしか理由が思い付かん。
魔法陣の光が収まると、俺達はどこかの森の中の、かなり拓けた場所にいた。
目の前には、少し前になんらかのものがあったらしい、巨大なクレーターが。
一つの街が存在したかのような、かなりの大きさだ。
「どうやら、遺跡の入り口に戻ってきたようだね」
《遺跡?》
「ああ、もしかして、トーヤは知らなかった?ここ、リュート遺跡って呼ばれていたんだよ。数十年置きに場所を変える、かなり特殊なところでね。中に英雄神の神殿が存在している、って文献に残っているんだ。そして、勇者の証の試練が行われると、必ず新たな場所へ転移していく。そういう遺跡だったんだよ」
なんとも不思議な遺跡だったのだな。
しかし、俺がこの世界に転生してきて約100年。一度も今日のように地震が起きたりした記憶がない。
まさか、遺跡と神殿って、繋がっていると見せかけて、実は別空間にあったりして。
・・・うん。ありそうだ。この世界に魔法やら神様やらが存在しているんだ。別空間を繋げる魔法とかあってもおかしくない。
《エド、これからどうする?》
「そうだな・・・。まず、ギルドに報告してから、王都へ向かおう。その後は、依頼をこなしながら、魔王の情報を集めていく必要がある」
《わかった》
エドは勇者として、魔王を倒したい。それが、復讐からくる願望だとしても。
復讐者には、それ相応の困難が待ち受けるものだ。
だが、俺は、必ずこいつを守ってみせる。
新たな決意と共に、俺はリュート遺跡跡地から旅立つのだった。