訓練の成果
スキルの訓練を始めてから100年。(たぶん。)
この異世界ホッフルグについて、一部わかったことがある。
この世界には、地球上にあった空気の他に、未知の物質が漂っているようだ。この物質は、何らかの意思に反応して、色々と姿を変える。変化の大小は、その意思の強さによって決まるらしい。
問題は、その意思だけではこの世界に影響を及ぼせない、ということだ。たぶん、何か別の要因が必要。これだけ時間が経ったが、それが何なのか、俺にはまだわからない。やはり、同じ場所にいるだけでは、知らないことが多すぎる。一刻もはやく、ここから移動しなければ。
謎物質うんぬんは置いといて、ようやく移動の目処が立ったことは報告せねばなるまい。
俺にはスキル<一体化>がある。この長い年月、訓練に訓練を重ね、数多くの挫折を味わい、苦難を乗り越えた結果、とうとう完成した。
謎物質を変化させ、土人形のようなものを作り出すことができたのだ。
そこまでの過程は長かった。
まず、謎物質は見えないほどの微粒子であるので、それを纏めあげる。少しでも意思が弱まると、あっという間に霧散してしまうので、かなり苦労した。
次に、謎物質の塊に<一体化>して、地面を構成している物質を、分子単位で取り出し、土の塊を作り出す。これがまた重労働で、一つの分子を少しでも動かすだけで、例えるなら全力疾走を何百回も繰り返しているような疲労感を覚えるのだ。おそらく、スキルを使うために、何らかの力を消耗しているのだろう。ちなみに、それ以上作業を続けたところ、いつの間にか気を失ってしまうらしい(体験談)。
そうしてできた土塊を整形し、人形が完成。このままではすぐに壊れてしまうが、ここで俺のスキルが役立つ。
そう、この土人形と<一体化>すればいい。
すると・・・何ということでしょう!
俺の意思で自由に動ける体が完成したではありませんか!
ま、人形の腕らしき箇所には、俺の本体である盾がついてるけどね。
実は、俺のスキルには、一種の制限がある。本体と対象が直接接してないと、高い効果が発揮できないのだ。
理由は簡単。本体から離れていると、距離がある分、余計な情報を処理していかなければならないから。
今の俺では、土人形を動かせるのが限度だな。
では、いざ出発!
・・・といったものの、100メートルくらい歩かせるだけでかなり疲れた。
仕方ないから、休みながら行くしかあるまい。
さて、移動し始めてから一週間くらい経ったのだが、俺は相変わらず、遺跡から出られなかった。
いや、なんかさ、行く先々で妙な罠が発動しまくってさ。
壁から槍が飛び出してきたり、天井からギロチンが落ちてきたり、頭に角が生えた緑色の肌の気色悪い生物らしき物に襲われたり、逃げる途中で落とし穴に落とされたりしてさ。たぶん、ここはRPGでいうダンジョンのようなところだったのね。
人形は壊れてもすぐに修復可能だけど、壊された部分を直すのに人形の体の無事な一部を使うわけだから、壊れる度にどんどんスケールダウンしていくんだよね。
で、落とし穴に落ちた衝撃でほぼ全壊しちゃった。
・・・ふざけんな、コノヤロー!!
俺の長年の苦労があっという間に水の泡。マジ泣けてきた。
こっからまた土人形を作れないわけじゃないが、なんか今はやる気が全く起きないや。マジで誰か俺を拾ってくださいお願いします。
でもなぁ、こんな落とし穴の先にある場所へ来る物好きか馬鹿はそうそういないだろうなぁ。
周囲を確認するけど、あるのは愚か者の成れの果てであろう白骨やら動物の死骸やらしかなさそうだ。
ただ、ちょっと気になることがある。
その死骸達だが、なんか違和感のようなものがあるのだ。
スキルを使えばその正体がわかりそうだが、藪蛇になりそうな気がするし、間違っても死骸と一つになりたくない。そんなわけで今は放置だ。
で、もう一つ。この部屋のような場所の壁だが、ある一ヶ所だけ造りが他と異なっているところがある。
よく見ないと気付かないが、ほんの僅かな窪みがあるのだ。もしかしたら、ここから出るための仕掛けがあるのかもしれない。多分だけどね。後で確かめてみるのもいいな。
さて、やる気が戻るまで、スキルの訓練でもしているか。
約100年の訓練の成果として、かなり有用な使い方を編み出すことができた。
その一つが、【分割思考】。
俺の本体は盾だが、<一体化>を使うことにより、対象に俺と同じ意識を付与することができるようになった。つまり、本体である盾と、使用対象の二つの意識で思考することが可能になったのだ。
ただ、欠点としては、今の俺ではめちゃめちゃ疲れる、というところ。したがって、まだまだ多用はできない。
そうそう、俺のスキルについてまた新たなことがわかった。
これも訓練の成果だが、【マニュアル型】で様々な使い方をしていくと、不思議と【感覚型】でできることが増えていくようだ。
最初は【感覚型】でできたことを【マニュアル型】で分析し、実践する。それが使いこなせるようになっていくと、【感覚型】で新たなことができるようになる。スキルツリーのようなものだろうな。
例えば、【感覚型】の見る、という効果を【マニュアル型】でできるようになると、今度は【感覚型】で解析する、という効果を発揮できるようになる。さらに、それを【マニュアル型】でできるようになると、次は【感覚型】で鑑定、という効果を発揮できるのだ。
解析と鑑定は似たような意味だと思うかもしれないが、実は全然違う。
解析はその成分のみがわかるのに対し、鑑定はその成分がもたらす作用までもわかるのだ。つまり、上位互換。
もしかしたら、いずれは信仰とか信条とか加護とかまで見えるようになるんじゃね?できるかわからんけど。
ま、それは置いとくとして。何が言いたいかというと、使い方の訓練をすることで、スキル効果をたぶん無限に広げられる可能性がある、ということだ。
ということで、いざ、訓練開始。
と思ったのだが、突然の珍客によって訓練をすることができなくなってしまった。
その珍客は、俺と同じ落とし穴からここに落ちてきた。
いや、下りてきた、と言ったほうが正しいかもしれない。
何せ、着地の音があまりにスマートだったから。
ドタッ、ではなく、スタッ、という音。
珍客はどうやら男だった。
「地図によると、この部屋であってそうだね・・・」
これが、俺と最初の相棒との出会いだった。