川辺には誰が眠る
初めまして。執筆者の「とけい」と申します。小説と言えるものなのか、いささか不安ですが、とりあえずまとめてみました。読みにくいかと存じますが、もし読んでくださった方がいれば、うれしい限りです。
明るい空を照らす光はすでに沈み、かわりに、暗い空が静寂の色を浮かべていた。今日は年末の金曜日。どこもかしこも年末セールで大忙しである。しかし、私は特に用事があるわけではない。家に帰ったところで良い事があるわけではない。冬だからなのか、そこには冷たい空間があるだけだ。通いなれた道を慣れた足取りで帰路に就く。そこら一帯だけは、まるで昼夜が逆転しているかのように煌々と輝いている。大きな光源の元を辿ると、大きな電気屋、いや、家電量販店がそびえ立っていた。
(こんなところにこんな建物あったっけ・・)
まぁいいや。用事の無い私はただなんとなく、明かりの元へと歩みを進めていた。何か買うものがあるわけではない。でも何かあるかもしれない。私はそんな気がして、ショーウインドウを横目に店内へ入っていった。
店内に入ると、目に余るほどの年末セールののぼり《・・・》。ここもか、と思いつつも店内にまだ多くの人がいることに気がついた。そこまで遅いわけではないが、もうそろそろ電気屋が閉店してもいい時間帯だったはずだが・・。若干の不気味さを感じたが、無駄な杞憂をやめ、二階へと続くエスカレーターに乗った。途中で下を見ると、店内が、外から見た雰囲気より広い気がした。いや、違う、店内が広いのではないか。商品が少ない・・のか?まぁ年末だし安くなって買われたのか。
二階が見えてきた。お店というのは、買ってほしい商品や、お客の目に留まってほしい物は入り口付近に配置するというのを聞いたことがある。入口付近ならだれもの目にはいるのだから合理的な考え方だ。しかし、この電気屋、二階の入口に何を置いているかと思えば餅を売っているではないか。しかも、桜餅、きなこ餅、ずんだ餅・・・多くの種類が販売されている。
(なんでこんなところでこんなに餅を売ってるんだよ・・)
軽く軽蔑のまなざしを向けるも、店内の明るさからなのか売り子のかわいささからかわからないが、すぐに私は目を逸らした。会計が近くにあるから、ついでに買ってもらおうという店側の魂胆であろう。勝手にそう思い込み二階を物色し始めた。だが、やはりというべきか、何か買うものがあるわけでもない私は早々に物色をやめた。帰ろう。エスカレーターへ向かうと見える数種類の餅。買う物の無かった私だが、なぜか財布からきなこ餅3つ分のお金を取り出していた。
「すみません、きなこ餅を3ついただけますか?」
笑顔で餅を売っていたのは、どこか見たことあるようなかわいい売り子だが、反応がない。表情が変わらない。
(ああ、これアンドロイド・・・か?)
驚くほど精巧に出来ていたアンドロイドのふっくらと膨らんだ胸もとを一瞥し、電気屋のレジの女性にあそこで売っている餅を買いたいと伝えた。年末で忙しいからか、若干の棘がある返事でそんなものはないと言われた。たしかに、電気屋で餅を売っているのはおかしいと思うけれども、ここであなたは働いているのでしょう。そんなことを思いつつ、再び同じ旨を伝えるときっぱりとそんなものはないと言われた。いくら忙しいからってその物言いはないのではないだろうか。言い争いになってきたところで、責任者だろうか、別の男性が表れた。しかし、この男性も女性と同じことを言う。店の外ですか、などと言ってくる始末だ。店内の、二階の、この会計所のすぐ目の前にあるじゃないですか。何度言っても、指を指示しても駄目だった。まるでそこには何もないかのような反応だ。
(私がおかしくなったのか・・)
店員二人の視線も、私の心の内と同じことを言っているようであった。一抹の不安より、態度や視線に苛立ち、足早にエスカレータを降りた。
出口付近では、店内で買い物をした客に対して行われているガラガラ抽選会が開催していた。私がちょうどエスカレータを降りたところで最新のディジタルカメラが当たった人がいた。しかもその人が、何年も会っていない私の従兄弟とその家族であった。偶然が重なりつつも、私は会話することなく、人ごみに紛れるようにして店から出た。
携帯の時計を見ると、店に入る前からほんの十分しか経っていなかった。相変わらず暗い空と冷たい風、こときれそうな電灯の灯。私は再び家へ向かって歩き始めた。
両脇を塀に囲われた狭い路地。ここを抜ければもうすぐ家に着く。重い足取りながら角を曲がった。眩しい。私は目をぎゅっと閉じた。徐々に目を開けていく。ぼんやりと見える足元。そこにある無数の大小様々な石。視界を上げると、暗かった空が明るくなっていた。角をまがった時に何が起きたのか、そしていま何が起きているのか、さっぱりわからなかった。目が慣れたところで、うっすら朝霧のような靄に包まれている周囲を見渡した。足元に広がる石の草原。その中央に、石の草原に挟まれるように流れている大きな川。そして石の草原の端から先には木々が生い茂っていた。緩やかな傾斜があり、川の上流に行くほど緑が深まっているように見えた。
どれくらいたたずんでいたのだろうか。どれだけ見ていても太陽の位置が、私の影の位置が変わることはなかった。聞こえているのは川の水が流れる音だけ。他には何も聞こえない。だんだんと状況が飲み込めてきた私は、自分が今恐ろしい状況にいると理解し、恐ろしくなってきた。誰もいない。何もない。助けを呼ぼうにも携帯は圏外で、どうすることもできない。
(どうしたらいい、どうしたら・・・元の場所に帰れるのか・・・)
そんなことを考えていたが、帰る必要はあるのか、いや、帰る場所はあるのか。雑念の波が押し寄せる。途方に暮れながら、使い物にならない携帯の画面を見つめていた。ふと、視線を下流の方へと向けるとぼんやりと人影が見えた。転びそうになりながらも、全速力で駆け寄った。
そこには三人の人がいた。脂ぎった顔に、頭のてっぺんが寒々としている男性。端正な顔立ちに、しゅしゅで髪を束ねている・・・女子高校生かな。おとなしそうな、やや暗めな雰囲気の眼鏡をかけた女性。私以外にも人がいた安心から大きく息を吐いた。
「あなたもここを彷徨っているんですか?」
ぜぇはぁと乱れた呼吸で男が訪ねてくる。
「はい。眩しいと思ったらここに。あなたがたも?」
おとなしそうな女性は静かに首を縦に振った。三人とも最後に覚えているのは、一人でいたら眩しい光に包まれ、気が付いたらこの河原にいた、ということだった。
「それでね、ほら、わたしたち下流の方から来たでしょ?最初わたしも一人だったんですけどね、とりあえず移動してみようと思って。上流の方目指してたら彼女たちに会ったわけですよ。また歩みを進めたら、今度はあなたに出会った、というわけです。」
おとなしそうな女性は静かに首を縦に振った。女子高生は辺りをきょろきょろと見渡していた。
「まぁこの中では、わたしが一番下から来たようですからわかりますけど、どこからみてもこの景色なんですよ、ここ。日本にそんなところありましたかねぇ。」
「ここ、日本、ていうか、現実世界じゃないんじゃないの?」
女子高生が言った。
「なんていうかさ、三途の川ってここの事いってるんじゃないかな、って感じだよね。」
軽く笑いながら彼女は続けた。それを聞いていたおとなしそうな女性はひきつった顔をしていた。
「えっと、私は気がついてからずっとここにいたんですけど、あなた方の話を聞くとですね、どこにいってもだめ、ってことですかね?その、だめっていうのは、家、といいますか元の世界・・といいますか。帰れないということになるんですかね?」
家に帰れないかもしれないという概念が生まれると、ここに来る前とは違った感情もわずかながら生まれた。
ここで初めておとなしそうな女性が、うつむきながら、いまにも消え入りそうな声で喋りだした。
「あ、あの、わたし、この男性についてきてここまで上ってきたきたんですけど、か、下流に行く方が良いのではないですか?ほ、ほら、川って海に続くって言うじゃないですか。それならば、下流へと向かえば、自然と海にでるのではないですか?そ、それに、海へ続くなら街とかもある、、のでは、、ないでしょうか、、。」
おとなしそうな女性が言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、汗をはんかちでぬぐっていた男性が間を割って話しだした。
「たしかにその通りかもしれないですね。わたしはなんとなく上流へと向かっていたんですけど、いや、恥ずかしながら貴女のような考えに至らなかったです。少し上流へと来てしまいましたが、下流へと向かいますか。」
たしかにおとなしそうな女性の言うとおりだ。しかし、私はなんとなく、霧に包まれた上流の方を見つめていた。
「私は」
と私が言ったのとほぼ同じタイミングで、
「うちは、このまま上の方へ行ってみるよ。なんかそんな気分。あんたもそうでしょ?」
と、女子高生が、私と同じく上流のほうを見つめたあと私の方に向き直り、そう言いはなった。私が首を縦に振るのを見ると、ようやく汗が止まったのか、男性がはんかちをスーツのポケットにしまいながら、そうですかと言い、続けて話しだした。
「では、わたしとこちらの女性は下流へ、あなたとそちらの女の子は上流へ向かうことにしますかね?それで、まぁ、どちらかが街や何か見つけたら助けを求める。そんなところでしょうかね?」
男性の発言に対し、だれも言葉は発しなかったが、力強く首を縦に振った。
相変わらず聞こえるのは川の流れる音だけ。明るい空なのに晴れない霧。暑くもなく、寒くもない。
「それでは、またいつか。お互い救助してくれる人たちに見つかることを祈りましょう。」
そう言って汗でシミができている男性の背中を見送った。おとなしそうな女性はぺこりと頭を下げ、男性を追っていった。
「私たちも、上を目ざしますか。」
女子高生はそうだね、といって歩き始めた。
足元に転がる石は、拳サイズから小石サイズと、歩くのにそこまで苦労しない大きさであった。また、川辺であるにもかかわらず、苔などが生えていないため、滑る心配もないようだ。
「お兄さん??はさ、ここに来る前、何してたの?年末の夜だったし、家にいたの?」
歩き出してから少しして女子高生が話しかけてきた。若く見られることはよくあるが、こう見えても今年で33歳になる。妻と娘も、一応、いる。
「家にはいなかったよ。帰る途中だったんだけどさ。そろそろ家に着くってところで・・・」
その先を言おうとしたが口ごもってしまった私を察してか、女子高生はへぇ、と言った。
「うちも家にいてもすることないからさ、外にいたのよ。」
自嘲するかのように、彼女は話し出した。相変わらず、周りの景色は変わらない。
「うち、こう見えて、まぁ、自分で言うのもあれなんだけどさ、顔立ちが良い方だからけっこう男子から人気があるのよ。でも、それを面白く思わない女の子からも、ある意味人気があってさ。結果として、友達とかいないのよ。」
この女子高生、私から見ても顔立ちはとても良いと思う。私が高校生の時にこんな子がいたら惚れていたかもしれない。そんな子、苦労しないだろうと思っていた私だったが、彼女の話を聞いて考えを改める必要があると悟った。
「だから、友達と遊んでた、ってわけじゃないけど、そう、お兄さんと同じ感じ。ただ時間つぶしで外にいた。」
「あの時間に?まぁ、そこまで遅い時間ではなかったけど、女の子一人で夜に外出するのは親御さんが心配するんじゃ。」
私の問いかけに一瞬足を止めたが、彼女はすぐさま歩み始めた。
「それがさ、うち、家でも居場所ないんだよね。お父さんとお母さん、何かあるたびにすぐ喧嘩して。今はもう慣れたけど、最初の頃なんて布団にくるまって泣いてたもん。」
そんな風に笑いながら話す彼女を見ると、どれほど長い間つらい状況にいたのかが伝わってきた。
心の中では、
(この子も私と同じで、居場所がないのか)
と思いつつも、私の口からは
「そっか・・」
しかでなかった。
汗かきの男性とおとなしい女性、
下流へ向かう組と別れてからどれくらい経っただろうか。感覚では一時間ほど歩いたのではないだろうか。相変わらず、周りの景色は変わらず、川の流れる音しか聞こえない。
「あっ」
ふいに女子高生が歩みを止め、前方、霧の中を指さした。目を凝らし、よくよく見てみると、うっすらだがビルのような建造物があることが確認できる。お互いの顔に明るさが戻り、あの建物のもとへ向かい始めた。この時、私は心のどこかで帰れるかもしれないという僅かな希望に喜びを感じていたのかもしれない。
ビルらしい建造物を遠目に発見してから十数分歩いた。ようやくその足元にたどり着いた。遠くからでは、この霧のせいではっきりとした姿が見えなかった。しかし、いざ目の前にしてみると、なんとも異様な雰囲気である。この建造物の円周自体は、さほど大きくないように見える。が、高さがとてつもなくあり、てっぺんが見えない。入り口はあるが、中は暗く、何も見えない。見える限りの外壁に、窓は一つもなく、円柱の塔のようなこの建造物は、まるで何かが眠る墓であるかのように、そこにあった。
「どうする?」
チラッと、塔の入り口を見ながら問いかけてくる女子高生。
「とりあえず、入ってみよう」
と、なんとも情けない声で答える私。
私が先頭に立つ並びで、恐る恐る中へと入る。外からでは暗く、何も見えなかった建物内だったが、一歩踏み入れるとそこは別世界だった。いや、正確に言えば、知っている世界。そう、いつもの日常の世界だ。私は、いつもの我が家へ帰ってきたのだった。
「やっぱり夢でも見てたのか・・・。」
しかし、夢を見てたにしては、記憶が曖昧だ。私が強烈な光に飲み込まれる前は、まだ家には着いていなかったはずだ。誰かが運んでくれた?いや、それならば玄関の前で一人で立っているのもおかしなことだ。困惑していたが、先ほどまで一緒にいた女子高生の姿もないので、とりあえず家の中へ入ることにした。
「ただいま」
誰も答えてくれる人など随分いない言葉を今日も私は発する。
「おかえり」
思わず、「えっ?!」と言いながら顔を上げると眠い目をこすりながら立つ娘と、寒そうにしている妻の姿があった。
「お父さん遅い!すぐ帰るって言ってたのに!お母さんが、お父さん帰ってくるまで待ちなさい、っていうからおなかペコペコだよ。」
ご飯・・・?妻のご飯などもう長い間食べていないのに。
「今日は大晦日なんで、年越しそばですよ。あなたの好きな海老天もたくさんありますよ。」
これは、夢を見ているのか。先ほどまでいた不可解な川辺や大きな塔にいるほうが、まだ現実味を感じた。そう、私の家族において、家族仲というものはとっくに冷え切っていた、はずであった。
「なんで・・・」
震える声で思わず出た言葉に、いつものことでしょと笑顔で答える妻と、早くはやくと急かす娘に、目頭が熱くなるのを感じた。
「あれ?お父さんお土産買ってきてくれたの?!」
嬉しそうに娘が言うように、いつのまにか私は小包のようなお土産袋を持っていた。リビングに向かい、期待の目を向けられながら、中身を取り出すと、家族3人分のきなこ餅であった。妻も娘も大喜びでなによりなのだが、私がいつの間にこれを買っていたのだろうか。帰宅途中によった家電量販店でも、結局買えなかったはずだ。などと考えているうちに、妻が食事を並べてくれ終えたようだ。
「いただきます」
3人で声を出し、いただきますと言える日がまた来るなんて。昨日までの私は、そんな日は今後ずっと来ないものだと思っていた。
「やだ、お父さん泣いてるの?!」
「あなた、どうしたんですか?!」
娘と妻の声で、私は自分がいつのまにか泣いていることを知った。
「嬉しくて。家族3人でこうやって食卓を囲えるのが本当に嬉しくて。あぁ、俺は生きていたい、この幸せを守るために生きていきたいって思ったら、泣いちゃってたみたい。」
妻も娘も照れくさそうにしながらも、ありがとうと言っていた。その言葉に呼応するかのように、私も
「ありがとう」
と言った。
目を開けると真っ暗な場所に私はいた。身体を起こしたところで、前方に明かりが灯る。その明かりの中央の椅子に座る人物が話し始めた。
「おめでとうございます、伊勢沢 こずか様。あなた様は我々の課した試練を見事突破されました。」
こいつは何を言っているんだ、そう思った途端、この人物は話を続け始めた。
「えぇ、あなた様の思うように、わたくしが何を言っているのかを、ご理解するのは簡単ではないかもしれません。ですがご安心ください、試練を突破したあなたは無事に元の世界へと帰ることができます。」
人の心でも読めるのであろうか、私の聞きたい質問を、聞いてもいないのに答えてくれた。
「伊勢沢様、わたくしの言う試練というのはですね、あなた様のような人に対して行われているものなんです。」
この空間において、私は一切口を開いていない。喋れないわけでもなさそうだ。しかし、この椅子に座る人物に対しては、心に思い浮かべるだけで伝わるようだ。
「伊勢沢様、本日、あなた様は心のどこかで、自分自身など存在する意味はあるのか、あるいは、死んでしまっても構わない、そんなことを思っていませんでしたか?」
この問いかけに対し、私は無言ながらも返事をした。
「えぇ、そうでしょう、そうでしょう。あなた様が光に飲み込まれた後にいた川辺ですけどね、あそこは、そういった感情を本気で持っている人しか入れない場所なんですよ。例えば、適当に、死にたい!と思ったとしても行けるような場所ではないんです。」
なるほど、やはりあの川辺はいつもの世界とは違う場所だったのか。では、あの場所で出会った他の三人も私と同じく、と考え終わる前に、既に私に対する返答が始まった。
「そうです、他の三人の方々も、伊勢沢様と同じ感情を本気でお持ちの方々でした。ある意味、その感情の本気度で言うならば、下流へと向かったお二方の方が、本気でしたけどね。」
どういうことだ、そもそも私以外の人はどうしたんだろうか。
「そうですよね、気になりますよね。あなた様と一緒に上流へ向かった女子高生、妃地りりこ様ですが、彼女もあなた様と同じく、試練を突破されました。」
ヒチリリコ、そういえば、あの女子高生や他の人の名前すら知らなかったな。
「あとは下流へ向かわれたお二方、池四戸ひろと様と、樫乃井まいね様ですが、残念ながら試練を突破することはできませんでした。」
どういうことだ、試練突破できないとどうなるのだ、そもそも試練の突破条件は、などと考えていると、座っていた人物がすっと音もなく立ち上がり、こちらに向かってきた。私の目の前で立ち止まったその人物は、帰り道に立ち寄った家電量販店で餅を売っていた売り子の女の子だった。ただ、笑顔というよりも、どこか虚空を見つめている偽物の笑顔のような、そんな顔だった。
「伊勢沢様、順にお答えしますね。まず、試練突破ができなかったということは、つまり、生きたいという意思が本当になかった、ということになります。我々の試練の中で、本当に、死にたい、自分なんかどうでもいい存在だという感情が無くなった方のみが、試練突破者となりうるのです。」
なるほど、いや、一瞬で理解できたわけではないが、私自身が、確かにあの塔の中の空間で生きたいと思った、だからここにいる、ということなのであろう。
「その通りです、伊勢沢様。察しがよろしいようで助かります。では、もしこの試練に突破できなかったら、ですが、ご想像の通り、そのまま本当に死んでしまいます。」
つまり、下流に向かった二人は、
「えぇ、残念ながら。そもそもですね、あの川辺にも意味があるんですよ。実はですね、上流に向かいたいと思う人は、まだ心のどこかで生きたいと思えるようなものがある人なんです。伊勢沢様で言うならばご家族、妃地様で言うならば自分の夢、といった具合で。逆に下流に向かいたいと思って今う人は、本当に生きる目的がない人なんです。その点で言えば、池四戸様は良い線いっていたんですがね、樫乃井様の一言で意見さへ変えなければ。まぁ、池四戸様が意見を変えたのも、下心など含めてなので、擁護できませんが。」
そういう仕組みだったのか。では、あの塔はなんだったのだ。
「そうですね、あの塔は、入った途端に情景が変わったと思いますが、そういう場所なんです。そもそも、あそこまでたどり着ける時点でなかなかすごいんですけどね。上流に向かう人でも、多くの人は途中で諦めてしまい、川辺の石になってしまうんですよ。」
川辺に落ちてた大小の石、あれはすべて・・・元は人間だったのか。
「そうです。それでも諦めずに塔まで来て、中に入って本当に生きたいと思えば試練突破となります。塔の中での内容は人によって千差万別ですけどね。ざっとこんな感じなのですが、他に何かご質問は・・・無さげですね。」
それはそうだ、私の聞きたいことをすべて読み取って答えてくれたのだから、もう聞きたいことは無い。だが、
「だが、最後に聞きたい。この後、私は、私の家族は・・・」
「この後のご予定ですが、伊勢沢様は試練が始まる直前の場所、つまり、今日る強烈な光を感じた場所ですね、あそこに戻されます。ご家族についても、今まで通りです。」
そうか。私はぽつりとつぶやいた。餅売りの女の子は、そんな私の目を見ながらフフッと微笑み、こう言って別れを告げた。
「今の伊勢沢様なら、もう大丈夫ですね。今後のあなた様、ご家族の運命を変えるのは伊勢沢様、あなた自身でございます。世界は繋がる。ご武運を。」
餅売りの女の子が喋り終わると同時に、再び強烈な光が視界を遮った。少しして目を開けてみると、いつもの帰路であった。時計はいつもの帰宅時間。周りをきょろきょろと見渡し、なぜこんなところで立ち止まっているのか少し疑問に思いつつも、歩みを進めた。両脇を塀に囲われた狭い路地。ここを抜ければもうすぐ家に着く。軽い足取りで角を曲がった。家の電気はまだついている。今日は大晦日だから、年越しのために起きているのだろう。いつのまにか持っていた小包、年越しだから奮発してお土産を買ったんだったか。玄関を開け、「ただいま」と言う。
リビングからひょいと顔を出す娘と妻。
「どうしたの、そんな元気よく。珍しいね。あれ!?それもしかして、お土産?」
「年越しそば、作るわよ。あなたも早く手伝ってください。」
と笑いながら言う。
今日は大晦日。お土産も買ってきたから、みんなで年越ししよう。私は涙を流しながら笑顔で言った。
初めてこのような小説(と呼べる内容かは別として)を書きました。慣れていないことというのは、なかなか大変だと思い知りました。もちろん、これがいい作品出ないと思える方はたくさんいると思うので、いろいろなコメントがあると思いますが、何卒、温かい目で見てくださると助かります。
また時間があるとき、別の先品を順次挙げていこうと思います。