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第七話 冒険者ギルド

 森に入る許可が下りてから数日を経た昼、流人は町に来ていた。

 冒険者ギルドに冒険者として自分を登録するためだ。

 魔物を狩ってそれで報酬を受け取るには、冒険者としての身分が必要だからだ。

 ちなみに、ドゥークはすでに冒険者としての身分を持っている。

 流人としては自分が討伐した分の魔物も、ドゥークが討伐したことにして報酬の清算を受ければいいように思っていたが、それはできないらしい。魔物の討伐の実績はギルドの発行する身分証で厳正に管理されているという。社会的、経済的弱者からの搾取を防ぐための措置ということだが、ギルドの冒険者に対する査定で討伐の実績が大きなポイントになっていることも無関係ではないだろう。

 ともかく冒険者登録だ。

 これをすることによって流人もこの世界で正式な身分を得られるのだ。

 こんな子どもで大丈夫か、と疑問に思ってドゥークに流人が聞いてみたところ、年齢制限はないらしい。

 冒険者の世界は全てが自己責任、来るもの拒まず、死して屍拾う者なしの世界らしい。

 だからといって、ギルドは冒険者に冷たいばかりの組織でもないそうだ。ちゃんと新しく入った者に対する初心者講習や魔物の討伐の実地訓練もしてくれるそうだ。

 流人は冒険者ギルドがどんなところか楽しみにしていた。。


 にぎやかな市の間を通り過ぎる。流人が思っていたよりずっと繁華な町のようだ。

 ここに来るまでの道程は大変だった。何しろ山あり谷ありの森の中を飛ぶように一日で駆け抜けて来たのだ。流人はこの時初めて自分が住んでいるところが、いかに森の奥深くにあるのかを知った。森を出てからは、目立たないように普通に歩いてきたのだが、常人なら倍、いや三倍の時間が町に着くまでにかかっているだろう。

 冒険者ギルドはこのにぎやかな市の続く先にあるらしい。

 ドゥークの格好は、町に来ても相変わらず黒ずくめに熊の皮衣だ。町中を熊が闊歩しているようで異様だと流人は思うのだが、町の人間にドゥークの格好を気にしている者はいない。ケイオスのように人払いの魔法をかけているのか、さもなければこの町の人間が、奇抜な格好の人間に慣れているのかだろう。

 流人の格好は若草色の服と白いズボンだ。きちんと丈があった服を着ている。ただ腰に帯びた剣だけが服装から浮いていた。

 町を歩きながらドゥークと流人は話をしている。


「どうだ、メルゲンの町は。ここいらでは一番大きな町だ。にぎやかなものだろう」


「はい。俺が思っていたよりずっと大きな町で、驚いています」


 流人は素直な感想を言う。


「ところで、冒険者ギルドに行く前にいくつか注意しておきたいことがある」


「はい。なんでしょうか?」


「まず、お前の身の上だが、わしが郷里いなかの村から引き取った孤児ということにする。くれぐれも異世界の話などはするなよ。

 次にわしだが、郷里からこの町に食い詰めて出てきた冒険者ということになっておる。森の話や家の話は他人がいるところではするなよ」


「はい。わかりました」


「あとこれの話だ」


そう言って、両手の人差し指を立てて頭に当てる仕草をする。おそらく自分の角―――クラウンに関する話だろう。


「これについても絶対秘密にするんだ。人に知られると碌なことにならん」


「えっと、具体的にはどういうことになるんですか?」


「お前を担ぎ出して、神のように崇めようとする輩がきっと現れる。お前はそんな連中囲まれて一生不自由に暮らしたいか?」


「できるだけ御免蒙りたいですね。わかりました。絶対秘密で」


「それがいい。お、あそこに見えるのが冒険者ギルドだ。正確にはその支部だがな」


 そう言ってドゥークは通りの先にある建物を指さす。

 

 流人の見たところ、小さな町役場のような建物だ。

 

 中に入ると、そこには流人が想像していたのとは違う光景が広がっていた。

 

 まずカウンターがあって、そこで受付の人間が何かの手続きをしている。壁には掲示板があって、そこにいかにも冒険者というたくましい体つきの男たちがたむろしている。

 建物内は清潔で、そこで飲食している者はいない。

 むくつけき強面の男たちが歓談していなかったら本当に町役場と勘違いしそうな雰囲気であった。

 なんとなく日本にいたとき読んだ小説から「冒険者の酒場」を想像をしていた流人は、想像と違う冒険者ギルドの様子に軽く驚く。

 ドゥークは慣れたもので、空いているカウンターに近づいて手続きをはじめる。


「ちょっといいか?この小僧の冒険者登録をしたいんだ。手続きを頼む」


「はい。冒険者登録ですね。すぐに準備をします。少々お待ちください」


 美人の受付嬢がにこやかに対応する。受付嬢が美人なのは創作も現実も同じでそこは安心した。


「では、こちらの用紙に目を通していただき氏名、年齢を記入して下さい。代読、代筆は大銅貨三枚で受け付けています」


 そう言って受付嬢が用紙を渡してくる。しかし、流人はこの世界の文字が読めないので、目を通せといわれても困ってしまう。


「要するに、冒険者の生活は自己責任。冒険者の生活にギルドはなんの保障もしないが、他人様ひとさまに迷惑をかけるようなことをしたら制裁するぞ、というようなことが書いてあるんだよ」


 そうドゥークは助け舟を出してくれる。しかし、あまりに身も蓋もないドゥークの説明に受付嬢の額に一筋の汗が流れている。


「貸せ。名前と年齢はわしが書いてやる。歳は一〇歳でよかったな?」


 そう言って、ドゥークは流人から用紙を取り上げて、さっさと用紙に名前と年齢らしきものを書いていく。そして、受付嬢に用紙を渡す。


「ええと・・・・リュート=ナミカゼさん、年齢は一〇歳で間違いありませんね」


 受付嬢はあくまで流人に確認する。


「はい。間違いありません」


 流人は、はっきりと答える。


「では、あなたの身分証をお作りしますので、少々お待ちください」


 そう言って受付嬢が奥に引っ込む。


「・・・・何も言わないんですね」

 

 流人が受付嬢が奥に引っ込んでいる間にぼそりと呟く。


「うん?どうかしたか?」


「いえ、一〇歳の子どもが冒険者になりに来たのに、受付の人は何も言わないんだなと思いまして。もっとこう、本気か?みたいな態度をとられるかと思ったんですけど」


「そりゃあ、人には色々事情があるからな。そんなところまでいちいち関わり合いになるほどギルドも暇じゃないってことだろ」

 

 そんなものだろうか。なんとなく人情が軽んじれているようで流人には納得がいかなかった。


 そんなことを話しているうちに身分証が出来上がったようだ。受付嬢がもどってくる。


「はい、こちらがあなたの身分証になります。無くされても再発行はいたしませんのでご注意下さい」


 そう言われて、鎖付きの金属製プレートを渡される。どうやらこれが流人の身分証らしい。これに流人のこれからの魔物の討伐の実績が記録されるのだ。流人は大事にそれを首からかけて、胸に垂らす。


「これでお前もレベル一の冒険者だな。まぁ、お前ならあっという間にレベルを上げるだろうから、あまり今のレベルを気にしなくていいだろうがな」

 

 ドゥークは流人にそう言葉をかける。


「レベルというのは、どうやったら上がるものなんですか?」


「そいつについては、魔物の討伐の実績とかギルドへの貢献度とかから総合的に判断されるらしい。しかしまぁ、どのくらいの魔物を討伐できるかの目安みたいなものだから、魔物を討伐していけば自然と上がっていくものだ」


「師匠の今のレベルはいくつなんですか?」


「レベル五だ。単純に討伐した魔物の強さで上がっていくのはまぁ、ここまでだな。これ以上のレベルということになると、社会への貢献だの、類い稀な偉業だのが必要になってくる」


「へぇ、師匠でも一番上じゃないんですか」


 そこでドゥークは急に流人に体を寄せてきて、小声でささやく。


「わしらには、他人ひとには言えない事情があるだろうが」


「・・・・・そういえば、そうでした」


 流人に他人には言えない事情があるのはもちろん、ドゥークにも色々と事情がありそうだった。あんな魔物だらけの森の奥で、一人で生活していたのはどういう事情があるのか、流人はまだ聞けていなかった。いずれその辺の事情も聞いてみようと思いつつ、流人はドゥークと出口に向かう。今日町に来た用事はこれで済んだ。あとは帰るだけだ。

 そこで、待ったがかかる。先ほどの受付嬢だ。


「ちょ、ちょっと待って下さい!そちらのナミカゼ様は初心者講習は受けていかれないのですか?」


 受付嬢はそう言う。

 流人は、なんだ冒険者ギルドにも人情はあるんじゃないか、と安心しつつ答えた。


「いえ、優秀な先達がいますから、そちらに習います。お気遣いありがとうございます」


「・・・・いいえ、それが仕事ですから」 


 流人が意外なほどしっかりした答えをしたことに驚いたのだろう。受付嬢は素っ気なくも聞こえる返事をした。

 流人がギルドの受付嬢の意外な人情に満足して、今度こそ帰ろうとした時、またも待ったがかかった。


「おう、ちょっと待て。そこにいるのは、ドゥークじゃねぇか。ガキなんか連れてどうしたってんだ?芸でも仕込んで金を稼がせようって魂胆か?」


 金髪のいかにもチンピラくさい男からドゥークに声がかかる。

 

 ドゥークは心底嫌そうに振り返った。


「わしがどこの誰を連れていようが、わしの勝手だ」


 ドゥークは、その男と話すのは一言でも面倒だとでもいうように短く言った。


「いいや、そうはいかねぇ!ねぐらがどこかも、どこで狩りをしているのかもわかんねぇ胡散臭い奴にでかい顔されたうえに、そんなガキを冒険者として登録するのを見過ごしたとあっちゃあ、この町の冒険者の沽券に関わるってもんだ!」


 男は一方的にまくし立てる。


「何なんですか?こいつ」


 流人は男を無視してドゥークに尋ねる。


「前に一緒の徒党パーティーに誘ってきた男だ。断ったら事あるごとに絡んでくるようになってな。まったく面倒くさい事だ」

 

 ドゥークは本当に面倒くさそうに答える。


「う、うるせぇ!とにかくそんなガキに冒険者が務まるわけがねぇ!ガキはどっかの胡散臭い奴と一緒に永久に俺たちの目の前から失せな!」


 男のその言葉にドゥークははっきりと反論した。


「わしが胡散臭いことは、まぁ認めてもいい。しかし、お前が気安くガキ、ガキと呼んでいる小僧は、お前よりよっぽど出来る・・・ぞ」


「・・・・出来るって何がだ?」


「お前よりずっと腕が立つということだ。わからんのか?」


「出鱈目並べてんじゃねぇ!こんなガキが俺より強いわけがねぇだろ!」


「なら、試してみるか?」


「・・・・何?」


「こんなところで刃物を振り回すのもまずい。

 そうだな・・・・今から一〇〇数える間にお前が小僧に触ることができたらお前の勝ちとしよう。

 そうしたらお前の言うことをなんでも一つ聞いてやろう。

 もし小僧が一〇〇数える間お前に指一本触れられなければ、わしの勝ちだ。永久にわしの前から消えてくれ」


 ドゥークはそう提案した。


「・・・・・いいだろう、やってやる」


 男はその提案に乗った。


「では今から一〇〇数えるぞ。一つ、二つ、三つ、四つ――――」


「へへ、・・・・どうせやるんだ。ぼこぼこにしてやるぜ」


 男が拳を握る。そのまま握った拳を流人にぶつけに来る。


 しかし、流人に拳は当たらない。


 すべて流人がすり抜けるようにして躱す。


「―――二八、二九、三〇、三一、三二―――」


 ドゥークはただ静かに数を数え続ける。






「―――九五、九六、九七、九八、九九―――」


 男はふらふらになりながら拳を振るう。しかし流人には当たらない。

 そしてとうとう約束の時間を迎える。


「一〇〇」


 結局、男の拳は流人には当たらなかった。


「さて、約束通りわしの前から消えてもらおうか」


「はぁはぁはぁ・・・・くそ!・・・・覚えてろ!」


 男は這う這うの体で逃げていった。


「はは、思わぬところで愉快なことがあったな」


 ドゥークは愉快そうだ。

 流人はため息を吐く。


「・・・・師匠、こういうことをするときは、今度から事前に俺に確認を取って下さい」


「悪かったな。奴の言いぐさについ頭にきてな」


「確かに、あいつの言いぐさに頭にきたのは俺も同じです。しかし、何の了解もなしにああいうことをはじめられては困ります。今度からは俺にもやるかどうか聞いてからはじめて下さい。」


「わかった、わかった。今度からは気を付ける。巻き込んで悪かったな」


 そう言い合いながら、二人は唖然とする周囲を置き去りにして去っていった。


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