第三話 現状確認
説明回です。いきあたりばったりなので、後で書き直す可能性大です。
「さて、訓練をはじめる前に、流人君の体について説明しよう」
あの後、ケイオスから訓練をはじめる前に説明することがあるからと言うので、一旦ドゥークの家にもどってきたところである。
簡素な作りの椅子に流人とドゥークが座し、ケイオスが立って説明をしている。
「君の体のことを説明するには、何と言ってもまずその角から話をはじめなければならないだろう」
「そうだな、何で俺の頭には角なんか生えているんだ?それも一〇本も」
流人が初めて自分の改造後の姿を見たときから疑問に思っていたことを聞く。
「その角は、君の可能性の発露さ。君には無限といっていい可能性がある。」
「よくわからないな。この角にいったいどういう意味があるって言うんだ?」
「僕らの世界の生物の中には、稀に角を持って生まれてくる個体がいる。その個体は例外なく超常的な力を持っている。人はそういう者たちことを王冠を戴きし者と呼び、畏敬しているんだ。君はその中でもとびきりの力がある一〇本角のクラウンなのさ」
流人は戸惑った表情をし、自分の頭の角を触る。
「そう言われても、実感がわかないな。これが生えていたことを最初は気づかなかったくらいなんだ。今もって、何の力も感じないし。本当に俺はそのクラウンというやつなのか?」
「今はまだ力の使い方をわかっていないだけで、いずれ凄まじい力を揮えるようになるよ。君は一〇本角のクラウンなんだ。間違いないよ」
「さっきから一〇本角ってことをえらく強調するけど、やっぱり本数が多いほど力も強いのか?」
「ああ、勿論さ。本数が増えるごとに、等比級数的に力が強くなる。現在確認されているもので一番多い数は確か・・・・・八本だったかな?」
「・・・・・もしかして、今、俺が一番本数が多いのか?」
「多分、そうなるね」
流人は頭が痛くなってきた。特別な者の中でさらに特別とは恐れ入る。これからこの世界で生きていくのに自分は目立つのを避けられないらしい。
「・・・・・そんな凄い力を改造でぽんと渡せるなんて、あんたって本当に神様みたいなんだな」
「僕はこの世界で神なんて呼ばれているのは本当だけど、そんな力を改造なんかで与えられるわけないじゃないか。クラウンの力は純粋に君の素質だよ」
「・・・・・・は?」
流人は絶句する。
「その力は君を改造する過程で、たまたま発現したものだよ。
僕は当初、君の体の骨格を金属で強化して、筋肉を人工筋肉に取り替えて、ていう風に君の改造計画を立てていたんだけど、その計画を全部白紙撤回せざるを得なくなるような事件だったんだよ、君の能力は。おかげで君の改造は大変だったけど興味深いものにもなったよ」
「・・・・・・一体、どんな改造の過程で、頭から角が生えてくるんだ?」
「えーとねぇ、君の脳髄を――――」
「あーーー、あーーー、やっぱりいい、聞きたくない。言わないでくれ」
流人は話がグロテスクな方に行きそうだったので、慌てて遮る。
「じゃあ、結局、あんたは俺の体にどんなことをしたんだよ?」
「そうだねぇ。発展性を持たせるために、君の体を幼くした。これが一番大変なことだったんだ。あとはちょっと便利な機能を付け加えただけかな。せっかく素晴らしい力があるんだ。素材を生かす改造をしないと」
「素材を生かすって・・・・・・料理じゃあるまいし」
流人はそうこぼし、次いで気になったことを聞いてみることにする。
「俺の目がこんな風になっているのは、どんな改造の影響なんだ?」
「いや、それは僕の改造とは関係ないかな。多分クラウンになった影響じゃないかな。あれに覚醒して、以前と違う身体的特徴を備えるようになったって話は、ちらほら聞くから。」
「・・・・・無責任だな」
「世の中、まだまだわからないことがたくさんあるって話さ」
流人は、それ以上の不毛なやりとりは避けることにした。
「・・・・・それで、付け加えた便利な機能って何なんだ?」
「おお、丁度、君が気にしている目を使う機能だよ。ちょっとドゥークの方を見てもらえるかい」
「ああ、・・・これでいいか?」
何だかわからないが言われたとおりドゥークの方を見る。
「おいおい、一体何がはじまるんだ?」
ここまで、黙って説明を聞いていたドゥークがやや不安そうに聞く。
「大丈夫、ドゥークには何も危険はないよ。そこでこう唱えるんだ《分析開始》」
「・・・・・《分析開始》」
言われたとおり唱えると、驚くべき光景が目の前に広がった。
ドゥーク
獣人
筋力:S
耐久:S
敏捷:S
魔力:A
技巧:S
以上のような表示がゲームのウィンドウのようなもので表示されたのだ。他にもドゥークの着ているものからも表示が伸びていて、それぞれ、「布の服」や「革のズボン」、「熊の毛皮」などといった表示がされている。
さらに視界には「警報:彼我戦力差大・撤退推奨」と真っ赤な表示も出ている。突然ゲームの世界に迷いこんだようだった。
「どうだい、僕が丹精込めて作った〈分析〉の能力は。驚いたかい。原理を説明するとね、これは――――」
「・・・・・これ、自分のは見れないのか?」
流人がぽつりと聞く。
「あー・・・・・分析は、君の視界の中から焦点の合っているものを分析する能力だから、鏡でも見ない限りは自分の能力を見ることはできないんじゃないかな」
「・・・・・なんだ、そうなのか」
「が、がっかりするとは、君も失礼な奴だな!その能力にどれだけの英知がつぎ込まれているか、君はわかっているのかい!?」
そんなケイオスのわめき声で、流人の能力確認は終わった。
流人は剣の柄を両手に持ち、なんとなく青空を眺めていた。今流人がいる場所は、鬱蒼とした森の中でそこだけぽっかりとひらけた場所だ。
あの流人の体に関する説明が終わった後、今度は実戦でその性能を試してみようということになり、ここに来たのだ。ドゥークの家のすぐ前でいいと流人は言ったのだが、もっと家から離れたひらけた場所のほうがいいとケイオスが言ったのでドゥークがこの場所を選んだ。曰く、家に被害が出たら君も困るだろう、とのことだった。
どんな怪獣大決戦を想定しているのやら、と流人などは思う。しかし、ドゥークもケイオスの提案に賛成したので、まんざら大袈裟でもないのかもしれない。
服はドゥークのものを借りて着替えている。だぼだぼの服を無理矢理着ている姿はひとによっては微笑ましさを感じるかもしれない。彼が握っている剣を無視すればだが。
剣は諸刃の片手剣。刃引きしていない真剣である。
剣の相手をしてくれるドゥークも同じ剣を持っているはずだ。彼我戦力差が大きすぎて撤退を推奨されるほどの相手だ。自分も相手も怪我をする心配はないのだろうな、と流人は思う。
子どもの流人の体には片手剣でも大きすぎておもちゃにように見える。これからこの剣を使って大の大人の男と勝負すると言ったら何かの冗談としか聞こえないだろう。
はたして、自分にケイオスが言っていたような力があるのだろうか。いや、やってみなければわからないと流人は考える。
ドゥークからはいつでも好きな時にかかってこいと言われている。そろそろ青空を見て思案してばかりいないで、実践してみよう。流人は走り出した。
小走りに駆け寄り、正眼の構えから頭上に剣を引き付けて、相手の額めがけて振り下ろす。真向からの打ち下ろし。流人は剣道の経験がなかったが、その打ち下ろしは優美ですらあった。どうせ相手が防ぐか躱すかするだろうと思っての迷いのない振り下ろし。無論、それは防がれる。甲高い金属音を立てて流人の剣はドゥークの剣にはじかれる。
なおも流人は打ち下ろす。二度はじかれ、一度躱される。躱されて体が泳いだところをドゥークの剣が襲う。瞬間、空気が粘度の高い糊状のものに変わってしまったかのように、互いの動きが鈍く感じられる。ゆっくりとした時間の中で、流人は泳いだ体をそのままに、振り下ろした剣の勢いのまま頭から地面に飛び込むようにしてドゥークの剣を躱す。
そのまま何度も地面を転がって、ドゥークから距離をとる。ゆっくりとした時間はなおも続いている。遅い。遅い。もっと速く。もっと迅く。ドゥークがこちらに向かって、剣を振り下ろすのが見える。こちらも剣を擦り合わせるようにして、振り下ろされる剣の軌道をこちらの体から外す。
今度はドゥークの体が泳ぐ。好機到来だ。流人はドゥークに向かって思い切り剣を振り下ろす。すると、どうしたことかドゥークの剣を持つ腕が、足が、体が、このゆっくりとした時間の中で通常以上の速度で動いている。流人の打ち下ろしは易々とはじき飛ばされ、返す刀で反撃の一撃も送り込まれてくる。
流人は、ドゥークの素早い反撃になす術がない。このままでは斬られる。そう思ったとき腰の奥から熱いものが流れてきて胸の奥、眉間、頭頂を通り全身に広がっていくのを感じた。体がドゥーク以上の速度で動く。そのままの熱い力を剣を握る手に集めて、ドゥークに向かって放つ。
流人とドゥークの剣がぶつかり合い、瞬間、目に見えない力の応酬が繰り広げられる。二人中心にして下草がちぎれ飛び、砂礫が舞い上がる。二人の剣がぶつかり合う中心では地面がひび割れる。しかし、拮抗した状態はすぐに終わった。ドゥークが剣ごと森の暗がりの中へ吹っ飛んでいく。流人が打ち勝ったのだ。
流人の頭に「試合」の二文字が思い出されるのは、もう少し後のことであった。
「まったく、わしの方がひやひやしたぞ」
ドゥークが苦笑まじりに言う。
あの後、ドゥークは無傷でもどってきた。どうやら、最後の打ち合いはドゥークは流人が怪我をしないよう、わざと打ち負けたらしい。途中の戦いも十分に手加減されていたようだ。勝負に夢中だった流人としては、恥ずかしい限りだ。
「しかし、リュートは剣を握るは初めてというのは本当か?」
ドゥークは腑に落ちないような表情をして聞いてくる。
「はい、今回が初めてです。俺の国の剣術――剣道もやったことがありませんし」
「にしては、思い切りよく剣を振っていたな。普通は相手や自分自身を傷つけるのを恐れて、剣先が鈍るものだが・・・・・」
「正直、頭を空っぽにして剣を振っていましたから何とも言いようがありません。・・・・絶対に勝てない相手だとわかってましたし」
そう言って分析した結果が、実力差がありすぎて自分ではとても勝てないというものであったことを伝える。
「それにしたって、自分と相手の間に隔絶した力の差があるとわかっているのに、あれだけ挑みかかってこれるのは、大したものだ。剣の扱いも素人とはとても思えない。・・・・最後は氣まで使っていたしな」
「氣・・・・ですか。それはいったいどんなものなんですか?」
最後の一撃については、流人も無我夢中でよく覚えていない。ただ自分の体のなかを何か熱いものが貫いていったことだけは覚えている。
「氣とは、氣息という特殊な呼吸法で生成される生命エネルギーのことだ。」
ドゥークによると、人間は普通にしていても短時間であれば氣息をしているという。
その氣息を意識的に行うことにより、体内に大量の氣を溜めることができるという。
その大量の氣を利用することにより、爆発的な力を得ることができるという。
「おそらく、お前は追い詰められて無意識のうちに氣息を行い、氣を使ったのだろう」
ドゥークはそう締めくくる。
「魔法とは違うものなんですか?」
「魔法を使うのに必要な魔力は精神的なエネルギーだ。生命エネルギーである氣とは別のものだよ。だからといって両者が無関係というわけじゃない。精神力を引き出すには強い生命力が要るし、逆に強い生命力を持つには強い精神力をも持っている必要がある。両者は表裏一体なのさ」
いままで黙っていたケイオスがそう解説する。
流人は、自分が元の世界の二次元で得た知識とそう大きな差異がないことを確認できて満足する。
「俺は見込みはありそうですか?」
「見込みがあるも何も、お前には天稟がありおる。鍛えれば超一流の剣士になれるだろう」
ただ、とドゥークは言う
「クラウンとしての力は並大抵のことでは引き出せんな。・・・・今回追い詰められたことで発現するかと思ったんだが、そううまくはいかないらしい」
「今回、氣の力を使ったことは違うんですか?」
「今回、氣を使ったことは、普通人でも訓練すればできる程度のものだった。クラウンの力はもっと超越的なものだ」
自分はクラウンとしての力をまだ引き出せていないらしい。流人にとって力はこの世界でいきていくにしろ、元の世界に帰るにしろ必要なものだ。早く引き出せるようにならなければ。
「まぁ、今日はもういいだろう。来い。お前の寝床に案内してやる。屋根裏部屋の物置に使っていた部屋なんだが。埃まみれで寝たくなきゃ、夜までにあそこを片付けるんだな」
もうだいぶ日も傾いてきている。早く片付けなければ、埃まみれの寝床だ。流人は先導するドゥークの背中を急いで追いかける。
波風流人の異世界での一日目はこうして暮れていった。