第二二話 二人の訓練
あの後、とりあえず二人には四日後の昼メルゲンの町の冒険者ギルドに集合するように言いつけて、解散ということになった。
火事の後始末やら、魔物の死体の解体やらであの二人にドゥークが説教した後は、時間がなかったのだ。
森を駆け抜けて家にもどった後、流人はドゥークに質問した。
「師匠はあの二人をどうするつもりなんですか?一人前の冒険者にしてやるって言ってましたけど・・・・」
「うーむ、とにかくあのダニロって小僧にはあの自信過剰を直させて、まともな剣術を仕込みたいと思っている。あのブレアってお嬢ちゃんはどうするかな・・・やっぱり実戦でのまともな判断力というか、冒険者としての常識を教え込みたい。あのまんまじゃいずれ大事故を起こすぞ」
「なるほど、それはいいですけど、師匠が二人まとめて面倒みるんですか?それはさすがに無理があるように思うのですが」
「もちろん、お前にも手伝ってもらうぞ。ダニロの方はわしが面倒を見よう。さんざん叩きのめしてあの根拠のない自信を叩き壊してやる。ブレアの方はお前に頼む。お前の実戦経験からあのお嬢ちゃんの無茶苦茶な行動を矯正してやってほしい」
「俺の実戦経験からって言われても、三ヵ月弱の経験しかないんですけど・・・・」
「なぁにそれでも、あいつらよりはずっとましだ。別に難しいことを教える必要はないんだ。お前が冒険者として普通にやってることを教えてやればいいんだ」
ドゥークにそう言われても、流人には自信がなかった。異世界生活三ヵ月弱の自分が異世界の現地人に常識を教えるというのはどうなのだろうか。
「・・・・・わかりました。できるだけやってみます」
それでも師匠に見込まれたからには、やらないわけにはいかない。流人は引き受けた。
話し合いが終わった後、流人は扉から外に出て日課の練習をする。
自分の手の届かない距離に小石を置いて、静かにに集中する。
自分と小石との間の空間を無にするイメージ。
すると流人と小石の間の空間が歪み、撓み、縮む。
くしゃくしゃに縮められた視界の中で、自分の手元まで引き寄せられた小石に手を伸ばし掴む。
空間が元に戻りその復元力の反動から衝撃が辺りを荒らしまわる。
これは、流人が暴走したエリザベートの叔父バルドと戦った時発現した、今現在流人にできる唯一の無詠唱魔法である。
流人はこの魔法を《縮地》と名付けた。
自分と任意の地点の間の空間を縮めて、その間の空間をショートカットする。
あの時咄嗟にやったほどうまくできないが、これでもだいぶ上達したところなのだ。
「おお、相変わらずやってるねぇ」
ケイオスがやって来て流人に声をかける。
「なんだ、何か用か?」
「いや、相変わらず非効率的な魔法を使うなぁと思ってね。まさかそんな魔法を無詠唱で使えるようになるなんて、僕は思いもしなかったなぁ」
「なんだよ、混ぜっ返すためにきたんなら放っておいてくれ。俺はこれでも結構便利だと思っているんだ」
ケイオスから非効率的な魔法だと言われるのは、初めてではない。
この魔法を初めて披露したときからそう言われ続けているのだ。
なんでも同じだけ魔力を使えば空間を繋げる方法なら、もっと長距離まで空間を繋げることができるのに空間を歪めるという余計なエネルギーを使う方法を使うことで、目の届く範囲内の距離を縮めることしかできないということらしい。
「まぁまぁ、そう邪険にしないでくれ。非効率的な方法がすべてにおいて悪いというわけじゃない。そこから新しい発想が生まれることもあるわけだよ。例えば、今の君の魔法をこんな風に使ってみるのはどうかな」
そう言ってケイオスが示してくれた利用法は、確かに今までの自分の発想にはないものだった。くやしいが魔法に関してはこの男に一日の長がある。魔法使いとしてのケイオスの実力は認めないわけにはいかない。
「魔法はイメージ力が大きな部分を占める。発想はいつでも自由でなきゃね」
そう言ってケイオスは踵を返して家の中にもどるのだった。
四日後の昼、流人とドゥークはメルゲンの町に来ていた。ダニロとブレアと落ち合うためだ。
果たしてあの二人が素直に冒険者ギルドに来ているかわからないが、流人たちが強引に約束を取り付けた以上、遅れるわけにはいかない。
冒険者ギルドに行ってみると、もうダニロとブレアはそこにいた。
意外にも素直に冒険者ギルドで待っていたようだ。
「おう、オッサンたち。まだ俺に用があるって言うんで、来てやったぞ。まったくなんで俺がわざわざかわいい女の子じゃなくて、オッサンを待たなきゃいけないんだよ」
「・・・・・・・・」
ダニロは文句たらたら、ブレアは相変わらずの無言で流人たちを待っている。
「おう、来てたな。感心、感心。今日からわしがおまえたちに冒険者として生き抜く術を教えてやる。ありがたく教えを受けろ」
「うぇ!なんで俺がオッサンから教えられなきゃいけねぇんだよ!俺はもう一人前の冒険者だ!」
「黙れ、冒険者になって一ヵ月半の半人前未満。お前のことはわしがこれからビシビシ鍛えてやるから覚悟しろよ」
ドゥークが容赦なく言い渡す。
「・・・・・私は?」
ブレアがぽつりと呟く。
「ああ、お嬢ちゃんはリュートに付いて、冒険の基本的な知識を身に付けてくれ。こいつはなりが小さいが中身はもう一人前と言ってもいいからな。何でも聞くといい」
「おい!俺とブレアで対応が全然違くないか!?俺にだけ対応辛すぎだろう!」
「おし、小僧はわしに付いてこい。そのへっぴり腰剣法をわしが鍛え直してやる。お嬢ちゃんはリュートに付いて実戦形式で冒険のことについて学べ」
そう言うとドゥークはダニロの襟首を捕まえて、猫の子を運ぶように連れて行く。
残された流人とブレアの間にしばし沈黙が流れる。
「・・・じ、じゃあ、俺たちも行きましょうか?」
「・・・・・・はい」
ぎこちないながらにも、流人のブレアへの教練がはじまった。
とりあえず流人たちは、メルゲンの町近郊の平原に来ていた。
「・・・・・じ、じゃあ、ここら辺で戦えるモンスターで実戦の練習をしてみようか?」
「・・・・・・はい」
ここまで来る間に流人とブレアの間にほとんど会話らしい会話はない。ブレアに対しては何を言ってもはい、か短い単語で返答が帰ってくるのみなのだ。
ただでさえ女の子と二人っきりで緊張するのに、これでは気まずさではじめる前から流人の方がギブアップしそうだ。
丁度、そんな時に流人たちに向かって突進してくる十数匹の影がある。
背丈が子どもほどの小型の魔物、ゴブリンだ。
背丈は小さいが集団で現れ、それぞれ槍や棍棒、弓、剣で武装しており侮れない相手だ。
主に洞窟の中で暮らし、時折街道や辺境の村に現れては山賊まがい行為をする知性のある魔物である。
今も顔を醜悪に歪めて流人たちに襲いかかろうとしているところである。
「・・・いくよ。俺が敵を牽制するから、君は魔法でやつらを葬ってほしい」
「・・・・・はい」
(・・・・本当にわかっているのかなぁ)
流人は不安だ。
ともかく、襲ってくるゴブリンのことは放っておけない。
ゴブリンたちの中で弓を持つ個体が弓を射かけてくる。
小弓で弓勢は大したことがないが、一応後衛のブレアのところにいかないように斬り払う。
そのまま疾風のようにゴブリンの群れに突進して、その前衛を角刀で斬り裂く。
流人の腕前ならば、このままゴブリンを全滅もさせられるのだが、集団の突撃の勢いがなくなるったところで飛びのく。
「・・・・《熱火球》」
すかさずブレアが杖を掲げ、魔法を放つ。
ゴブリンたちはブレアの放った火炎球の爆裂に巻き込まれ全滅する。
「うん。連携はばっちりだね。うまくゴブリンたちを全滅させられた」
「・・・・・全然違った」
「え?何の話?」
「・・・・ダニロと一緒のときは、集団の魔物からは逃げながら戦うしかなかった。・・・・・あなたと一緒のときは、簡単に倒せた」
「・・・・うん、まぁ、あまり人のことをあれこれ言いたくないけど、彼に集団の牽制は無理だったろうね」
「・・・・・あなた、凄く強い」
「いや、そんなでもないよ。本当に師匠とかと比べるとまだまだだし」
流人は思わぬ褒め言葉に照れる。
「・・・さ、魔物の解体をするよ。ゴブリンの場合、心臓部にある魔石の採取だね。気持ち悪いかもしれないけど、これも立派な冒険者の仕事だから」
流人が照れを吹き飛ばすように、早口で言う。
「・・・・・頑張る」
ブレアは力強く答えた。
その後も幾つか魔物の討伐をこなしたが、ブレアは口数こそ少ないものの、こちらの言うことをよく聞く優秀な生徒であった。
火力過剰な部分が問題だったが、指摘すればすぐに修正された。
ブレアの問題は経験不足なだけだったようである。
むしろ流人の方が高火力な魔法使いと組んだ戦いを経験できて、勉強になったぐらいだ。
こうして流人によるブレアの教練は順調に進行していった。