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第一六話 バルド暴走

 バルドの捕縛から一昼夜が経った。

 現在、バルドは自室に軟禁状態にある。

 暗殺のことについては、口を噤んだままだ。

 公爵令弟に対する遠慮もあって、尋問は遅々として進んでいない。

 流人としては、できれば大司教との関係をバルドの口から話させたいところだ。

 そうしなければ、エリザベートの安全は完全には確保されない。

 

 そうしたことを含めて、今後の対応について公爵と流人たちは話をしているところだった。


「ふむ、リュート殿は大司教も我が弟と共に罪に服させたいとのことだが、それは難しかろう」


 公爵は人の好さそうな顔を困ったよう歪めている。


「どうしてです?いくら大司教だからといって公爵令嬢の暗殺を企んだ罪は―――」


 流人がそう問うと、公爵は常識を知らない子どもに教え諭すように言った。


「教会には、教会の権力というものがある。確たる証拠もなく大司教を捕縛したとあらば、我らが教会から破門されてしまう。弟が仮に大司教が暗殺に関与していたと証言しても、それでは弱い。もっと具体的な動かぬ証拠をつかまぬ限り、我らで大司教を捕らえることはできないのだ」


「しかし、それではご息女の安全は保証できません。今回の事件で大司教は首謀者の一角なんです。どうにか抑える手段を講じないと、またぞろ暗殺を仕掛けてくるかもしれません」


 流人としては、彼女に関わる禍根は全て絶っておきたい。そのためにも大司教を捕らえてもう二度と暗殺などできないようにしたい。

 しかし、ことはそう単純でもないようだ。


「・・・・思うに、今回の我が娘の暗殺に大司教が関わってきたのは、大司教の一存ではないようだ。何か教会全体の意思が働いた措置のように私は思う。その場合、大司教を捕縛するという行為は、教会勢力との全面的な対決を意味する。この公国の主として、私にそれはできぬことだ」


「・・・・大司教に関しては、こちらには打つ手なしですか?」


「今回、バルドが捕らわれたことは大司教に少なからぬ衝撃を与えていよう。それに、大司教から目を離さずに置けば、暗殺を未然に防ぐこともできよう。とにかく、今回は暗殺を主導した我が弟を捕らえることができたことでよしとしなければなるまい」


 流人としては、不本意な結果だ。自分の娘が暗殺されかかったのに、公爵は何とも弱腰な姿勢だ。教会に対してもっと断固たる態度をとるべきではないのか。


「リュート、そのくらいにしておけ。わしらができることはここまでだ。これ以上は公国の政治に関わることだ。わしらが口出しすることじゃない」


 流人はドゥークからそう戒められる。

 確かに、公国の政治に一介の剣士とその弟子が嘴を突っ込めるものではない。

 しかし、流人の脳裏には気弱で可憐な少女の笑顔が焼き付いて離れない。

 少女に危険が及ぶ種を残したままここを離れることになるのは、どうしても心残りだ。


「さて、難しい話はこれくらいにして、貴公らの功績に報いる話をしようか。私は今回、娘を森で保護してもらったことから、暗殺の首謀者を捕らえてもらったことまで、どのようにして貴公らに報いればよいかな?」


 公爵が気分を入れ替えるようにそう言う。


「わしは金でも貰えれば、それで十分です」


 ドゥークが意外に俗っぽいことを言う。


「俺は―――」


 流人は前から考えていた今回の働きに対する「褒美」について公爵に述べた。







 バルドはかつてない惑乱のただなかにいた。

 あんな見え透いた罠にかかって捕らえられたこと。

 言い逃れしようもない「犯行現場」を多数の者に見られたこと。

 様々な思いがバルドの中で浮かんでは消える。

 もう自分は終わりなのだろうか。挽回する機会チャンスはもうないのだろうか。

 次第に絶望がバルドの心の中を満たしていく。

 もう巻き返すことができないなら、死なばもろとも。あの大司教のことも何かも喋ってしまおうか。

 このまま自分だけ捕らえられて、あの大司教が何の罪にも問われないのは不公平だ。

 教会勢力の庇護があるとはいえ、さすがに公爵の息女を暗殺しようとした疑惑が明るみに出れば、あの大司教も更迭ぐらいはされるだろう。

 そんな暗い八つ当たりめいた思いをバルドが抱いていると、不意に声がした。


「やぁやぁ、公爵令弟閣下にはご機嫌麗しゅう。軟禁生活をいかがお過ごしかな?」


「だ、誰だ!?どこから話している!?」


 バルドが周囲を見渡すが誰もいない。


「ここだよ。ここ。頭上を見上げてみてごらん」


 バルドが頭上を見上げてみると、そこには奇怪な光景が広がっていた。


 天井から人間が一人逆さにぶら下がっているのだ。まるで普通に地面に立つように、そこだけ重力が逆さになったかように、ローブを頭からすっぽりとかぶった男が天井から逆さにぶら下がっている。


 バルドが目の前の奇妙な光景に声も出せないでいる。

 そんなバルドの様子にお構いなしに、逆さまの男はバルドに向かって声を紡ぐ。


「僕が君に話をしに来たのは他でもない、今の君の状況についてなんだ。このままだと君は処刑台に直行の運命だよね?」


「・・・・処刑台・・」


 バルドはこれからの自分の運命を思って、しばし目の前の光景から意識を離す。

 確かにこの男の言う通り、自分を待っているのは処刑台だ。いくら自分が公爵の弟だからといって死刑を免れることはできないだろう。


「だから、その前に君がしたかったことを全部するっていうのはどうかな?僕が君に力をあげるからさ。君は欲望のままにそれをふるってくれればいい」


「力を・・・・くれるのか?」


「そう、力さ。君が今までしたくてもできなかったことを叶える力だよ。欲しくないかい?」


「その力を俺に与えて、貴様は何を得る?」


「興味深い実験結果かな」


「・・・わけがわからんな。しかし、今の俺にはどうでもいいか。・・・・力をくれ。俺の欲望を叶える力を!」


「了解。せいぜい有効に使うといいよ。短い間だろうけど」


 この瞬間、一人の男が人間をやめた。


 なお、バルドはその男が自分を破滅に追い込んだ暗闇から響いた声の主であることに、最後まで気づかぬままであった。







 流人は、屋敷の中を不審な振動が走るのを感じた。

 屋敷の中に用意された自分の部屋にもどる途中である。

 流人たちは公爵令嬢の命の恩人として、屋敷の中に個室が用意され歓待されていた。


「・・・・師匠、今のは・・・?」


「・・・お前も感じたか?・・・・どうもきな臭いな」


 感じたのは流人だけではないらしい。ドゥークも同じ振動を感じたようだった。

 流人たちは現在帯剣していない。公爵に面会するに際して部屋に置いてきていた。


「・・・・急いで部屋までもどるぞ。丸腰じゃいざって時どうしようもない」


 ドゥークはそう言って足を急がせる。


 しかし、流人は竜巻のような凄まじい生命反応がこちらに近づいてくるのを感じていた。


「・・・・師匠!伏せて!」


 その瞬間、流人たちを凄まじい暴風が襲った。


 地面に伏せた流人が顔を上げると、辺りの景色は一変していた。

 壁は破れ、窓は割れ、辺りには崩れた壁や窓ガラスの欠片が散乱している。

 開けた視界の中に一人の男が立っているのが見える。


「・・・・なんだ・・ありゃ?」


 隣に伏せていたドゥークがそう呻くのが聞こえる。


 上半身裸の男が立っている。異様なのは、男の上半身が裸なことではなく、男の頭にあった。


 男の額から後頭部にかけて、十数本の人差し指ほどの太さの杭が刺さっているのだ。

 杭からは血が滴っているが男が痛がっている様子はない。むしろ男は快感に恍惚としている様子だ。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ!凄い!凄い力だ!後から後から力が湧いてくるようだ!できる!これなら何でもできるぞ!」


 男が熱狂的に喚くのが聞こえる。


「・・・あれは・・・バルド・・・か?」


 流人がそう呟く。喚いている男は雰囲気は違えど、バルドに間違いなさそうだった。

 

 自分の名前が呼ばれたのが聞こえたわけではないだろうが、バルドが流人の方を向く。


「そこにいるのは、あの時の生意気なガキか!?丁度いい!まずお前から血祭に上げてやる!」


 バルドはそう言って流人の方に手を翳す。


「死ね!!」


 バルドの手から破壊的な風魔法の衝撃波が放たれる。


 流人は咄嗟に横に飛んで逃れようとするものの、完全には躱せない。

 流人の体を衝撃波が叩く。

 吹き飛ばされて、壁に背中から叩きつけられる。


「ぐぉ・・・!」


 息が詰まって咄嗟に動けない。

 そんな流人にバルドは追撃を加えるために更に衝撃波を放とうとする。

 

 「うおおおおお!!」


だが、衝撃波を放とうとしたバルドに向けてドゥークが必死のタックルをを行う。

 タックルで狙いが逸れて衝撃波は流人の体のはるか向こう、何もない空間を叩く。


「なんだ!?邪魔するなら、お前から殺してやろうか!?熊男!」


 バルドが組み付いたドゥークに向けて掌を向ける。

 流人は咄嗟に時空間魔法を使う。


「《次元穴創造クリエイト・ワームホール》!」


 空間の穴がバルドの翳した掌のすぐ横に開き、流人はバルドの腕をつかんで衝撃波の狙いを逸らす。

 風の衝撃波はまたも何もない空間を叩く。


「くそ!鬱陶しいぞ!」


 バルドが掴まれていない方の手で空間に開いた穴に向けて衝撃波を放とうとする。

 しかし、流人はバルドの手から放たれる魔法の流れを冷静に見て、その流れを手刀で斬るようにして断ち切る。


「なんだ!魔法がかき消えただと!?」


 魔法の不発に驚くバルドを、ドゥークは組み付いたまま持ち上げ、そのまま背中から倒れ込むようにして頭から地面に落とす。

 地面に首までめり込むバルド。


 これで決まったか、と思った流人だったが、バルドはまだ健在であった。

 頭に刺さった杭から激しく血を流しつつ、ゆっくりと起き上がる。


「・・・・どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!全員消え失せろ!!」


 再びバルドが全方位に向けて無差別の魔法の衝撃波を放つ。

 ドゥークも流人も風に吹かれる木の葉のごとく吹き飛ばされる。

 破壊されたバイデン公爵邸の地面にドゥークと流人が叩きつけられる。


「へへへ・・・・大人しくなったかな。一人ずつゆっくり始末してやる」


 そう言ってバルドはゆっくりと倒れた流人たちの方へ歩いてくる。


「・・・・・・《水榴弾アクア・ランチャー》!」


 そこにバルドに向かって横あいから水塊弾の攻撃が入る。

 バルドは慌てて身を翻し、それを躱す。


「うお!・・・・誰だ!?邪魔するのは!」


 そこに立っていたのはエリザベートであった。

 震える体を必死に奮い立たせて、バルドと対峙している。


「・・・・流人くんは・・・・殺させない!」


「・・・・そうか、そうか。お前がいたな、エリザベート。この小憎らしい小娘め!そんなに自分の方を先に殺してほしいなら望み通りにしてやる。死ね、エリザベート!」


 バルドはエリザベートに向かって衝撃波を放つ。


「《風烈波エアロ・バースト》!」


 そこで、またも別の人間が割って入り、バルドの衝撃波に相殺するように風の衝撃波をぶつける。


 リーズフェルトである。

 エリザベートとバルドの間に入りエリザベートを守るように立ちふさがる。


「姫様への狼藉は許しません!」


「ええい!次から次へと!・・・・面倒だ!まとめて吹っ飛べ!」


 バルドはまたも広範囲を無差別に吹き飛ばす衝撃波を放つ。


 「「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


 エリザベートとリーズフェルトの二人もたまらず吹き飛ばされる。


 この時、流人はすでに意識を取り戻していた。

 しかし、反撃の糸口が掴めないまま気絶しているふりをしていたのだ。

 

(せめて、剣があれば・・・・!)


 丸腰のまま、あのバルドに向かって行っても今の自分では倒せない。

 剣だ。剣さえあればバルドを倒せる。

 剣。剣。剣。

 不意に剣ならあるぞ、という声が聞こえた気がした。

 自分の内なる声だ。剣がどこにあるっていうんだ。自問自答する。

 お前のすぐ手元にある。わからないか?

 わからない。一体どこにあるっていうんだ?

 とにかく、彼女たちを助けに行け。ほら、もうバルドが彼女たちに止めを刺しに行っているぞ。

 そんなことわかってる。でも剣がないんじゃ彼女たちをを助けられない。

 大丈夫だ。剣はお前のすぐ手の届くところにある。ほら、早く助けに行け。

 ええい!どうなっても知らないぞ。俺は彼女たちをを助けに行くからな!

 

 流人は、自問自答を打ち切って、立ち上がりバルドに向かって走り出す。

 しかし、バルドはそのことを予期していたかのように流人の方を振り返り、片手を翳す。


「お前が目を覚ましているのはとっくに気づいてたんだよ!小娘どもを始末しようとしたら必ず突っ込んでくると思っていたぞ!さあ、ここで死ね!!」


 流人はバルドがこちらに衝撃波を出そうと構えても、走る速度を落とさない。いや、さらに加速する。

 バルドが流人に衝撃波を放つ。流人は走る速度を加速し続ける。

 衝撃波が迫るなか、流人の前に不思議な現象が発生していた。流人とバルドを隔てる空間が軋み、歪み、縮み込もうとしている。

 二人の間を隔てる空間が完全に縮み込みゼロとなり、その空間を流人は駆け抜ける。

 衝撃波を置き去りにして、流人はバルドの目の前に現れる。

 

「ば、馬鹿な。一体何が・・・!?」


 流人は加速をそのままに額に両手をやる。流人の目が黒目金瞳に染まる。額にやった両手は確かに何かを掴み取り、それを流人は上から下へと振り下ろす。その手には流人の額から引き抜かれた角剣が握られていた。

 バルドの体に額から股下まで一本の線が走る。

 

 流人が駆け抜けた後には真向唐竹割りにされたバルドの死体だけが残った。

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