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第一三話 暗躍

「おお!姫様だ!姫様がみつかったぞぉ!ご無事だ!生きていらっしゃるぞ!」


 その知らせに森の前に設置された捜索隊の指揮所は歓声に沸き返った。

 それも当然だろう。生存が絶望視されていた公爵の姫君が生きて発見されたのだから。

 一気に捜索隊の指揮所は活気がみなぎる。


「お館様に早馬の伝令だ!姫君は生きていらっしゃるとな!」


 伝令兵は喜び勇んで馬に乗り、駆けていく。


「すぐに寝所のご用意だ!この森の中を今までさ迷っていらっしゃたんだ。姫君は疲労困憊していらっしゃるはずだ!」


 兵士たちが急いで姫君が休みをとるための幕舎を作り上げていく。


 やがて、兵士に伴われて姫君が姿を現す。

 白いフリルのワンピースが痛々しく傷つき、汚れている。

 そんな姫君の様子を周りの兵士たちは労しそうに見ている。

 そんな中を姫君は凛として歩いている。その陰にこれもまた薄汚れた姿の姫君の侍従の姿もある。


「ごきゅ・・・・ご苦労様でした、皆様。こうして無事に帰ってこられたのも、全てみにゃ・・・・皆様のおかげです。ここにわたくしは深く感謝いたします」


 姫君はそう言って深く腰を折る。


「・・・・おお!勿体ないお言葉!我ら姫様の身を案じ、夜も眠れぬ有様でした!こうして無事なお姿を拝見し、またそのようなお言葉を賜るなど、恐悦至極に存じます!」


 そう言って周りの兵士たちは一斉に片膝を地に付ける。夜も眠れなかったという言葉が満更世辞でもなさそうな真摯さだ。


「ささ!姫様はお早お休みなられてください。姫様の疲れがとれましたらすぐにでも首都カールスリーエへ発ちましょう」


 姫君は急遽作られた幕舎の寝所へと導かれていく。姫君の侍従もそれに付いて行こうとするが、騎士と思しき髭を生やした男に途中で止められる。


「アウデンリート嬢もよく今まで姫様を守ってくれた。君も疲れているだろう。あちらに君の休む場所も用意してある。じっくり疲れを癒してくれ」


「いえ、私は姫様のお傍に―――」


「まぁまぁ、今は休んでくれ。君の挙げた功績はカールスリーエに着けば、公爵閣下から直々にお褒めの言葉を与るほど大きなものだ。そんな君が疲れて倒れるようなことがあれば、我々がお叱りを受ける」


「・・・・わかりました。では、私も休ませていただきます」


 侍従の少女は、疲れているのだろう、ふらふらと幕舎が建てられた方に歩いていく。


 その後、髭の騎士は、幕舎の一つに歩いていき、紙に素早く何事かしたためた後、指揮所の外れまで歩いていき、鷹の足に結わえつけて空に飛ばした。


 そんな様子を流人は逐一観察していた。今の流人の姿は誰にも見咎められる心配はない。

 ケイオスにかけてもらった〈不可視化〉と〈認識阻害〉の魔法で誰も流人のことを認識することができないからだ。


『そっちはどうなってる?こっちは姫君を引き渡して、金貨をたんまり貰って帰されたところだが』


 流人のズボンのポケットから突如、人の声が響いてくる。


 流人は慌ててポケットから金属の板を取り出す。金属の板には複雑な文様が刻印されている。


「・・・師匠、話しかける時は声を潜めて『もしもし』からはじめて下さいと、打ち合わせの時に言ったじゃないですか」

 

 流人がひそひそ声で注意する。


『・・・・ああ、悪い悪い。今度から気を付けるぜ。それで、そっちはどうだ?順調か?』


 板越しに聞こえるドゥークの声も密やかなものになる。


「・・・・おおむね、こちらの予想通りです。今、捜索隊に混じった敵の間者がどこかに連絡を飛ばしたところです」


『・・・・お前の予想通りにことが運んでいるわけだな。待ってろ、すぐ俺もそっちに合流する』


「・・・・師匠には監視の目があるかもしれません。よくよく慎重にお願いします」


『・・・・わかってるよ。お前も見つからないように注意しろよ』


「・・・・了解しました。・・・・通信終わり」


 そう言うと流人は板をまたポケットにしまう。


 流人の予想では今日中の暗殺実行はないと踏んでいるが、それも確実な根拠があってのことではない。

 今日一日彼女の幕舎からは目が離せないと流人は思った。







 流人のいる捜索隊の指揮所から遠く離れた森の中。異様な集団の姿があった。数百人ほどの集団で、全員が深緑色の頭巾をかぶり、深緑色の服とズボンを着ている。男女の区別はその体つきでしかつかない。見るからに怪しい集団であった。

 そのうちの一人の男がずっと天に視線を向けている。しばらくすると上空を旋回する鷹の姿が見つける。


「・・・・連絡が来たぞ」


 男は指笛を吹いて鷹をこちらに呼び寄せる。


 男は腕に止まった鷹に餌をやりながら、鷹の足に結びつけられた紙を解いて内容を確かめる。


「・・・・なんと!?信じられん」


 男が呻くようにして呟く。


「何と言ってきた?」


 首領格らしき男が連絡役の男に聞く。


「娘が生きていたと。それも怪我らしい怪我もなく生還したとのことです」


「にわかに信じられんな。あの魔物ひしめく『黒の森』に子どもだけで一週間近くいて、無傷でもどってくるとは・・・・・」


「やはり、あの娘、悪魔でございますな」


「うむ、悪魔としか言いようがないな」


 二人はそう言いかわす。


「しかし、いくら悪魔の娘とて、剣で首を斬り落とせば死のう」


 首領格の男は不意に声を低めて、不吉なことを言う。


「いやいや、悪魔ですからな。四肢もばらばらにし、心臓も引き裂かなければ死なぬかもしれませんぞ?」


 連絡役の男の声は笑みすら含んでいた。


 首領格の男も静かに笑う。それは確かに殺人に対する愉悦を含んだ暗い笑みだった。


 そんな怪しい集団に、これまた怪しい頭からローブをすっぽりとかぶった男が近づいてくる。


「やぁ。いい天気だね」


 ローブの男―――ケイオスが能天気に言う。


 深緑頭巾の集団は、警戒の視線をケイオスに送る。


「君らが公爵令嬢の命を狙う集団ってことでいいんだよね。連絡用の鷹がここに降りてくるのを見たんだ」


 深緑頭巾の集団が一斉に殺気立つ。


 首領格の男は腰から剣を抜き放ちつつ、ケイオスに静かに話しかける。


「・・・・だとしたら、お前はどうすると言うんだ?」


「ああ、やっぱり間違いなかったか。いや、森の中に怪しい格好をして狩りをする狩人もいるかと思って一応聞いてみたんだ。・・・・じゃあ君たち全員ここで降伏してくれないかな」


 ケイオスは、お昼を一緒にいかがぐらいの軽い調子で、深緑頭巾の集団に降伏勧告した。


「・・・・お前、一体何を言っている・・・・?」


 降伏勧告されたことに対する怒りよりも困惑の方が先に立つのだろう、首領格の男は何を言われたかわからないという風に反問する。


「いや、君たちがここで降伏してくれたら、後の段取りがずっと楽に進むものでね。ここで君たちを殺すよりそっちの方がお互いにとってずっと良いと思って提案したんだけど」


「お前が我々を殺す?お前の目は節穴か?ここに何人いると思う?この人数をお前一人で殺す?正気か?」


「何人いても、僕には一緒なんだよね。とにかくお互い無駄なことはやめようじゃないか。君らが抵抗することも、それを僕が殺すことも全く無駄だ。大人しく降伏してくれないか?」


 首領格の男のケイオスを見る目は、完全に狂人を見る目だ。


「そうか、ではこれが」


 首領格の男が剣を振り上げる。


「答えだ」


 振り下ろす。


「そうか、とても残念だよ」


 次の瞬間、首領格の男の首から上は消し飛んでいた。


 ぼん、という小さな爆発音が森のしじまにやけに大きく響いた。


 深緑頭巾の集団はしばらく何が起きたのかわからず固まっている。


 その間にもケイオスは動きを止めない。ケイオスがかざした右手から光が伸びる。

 光は幾枝にも枝分かれして深緑頭巾の集団を貫いていく。

 その一撃だけで一〇〇人以上が死んだ。

 深緑頭巾の集団は恐慌状態だ。逃げようとする者たちとケイオスを殺そうと殺到する者たちで集団は真っ二つに割れた。

 それがその後の彼らの運命を分けた。

 ケイオスは逃げようとする者たちを無視して、自分を殺そう向かって来る者たちに光熱波を浴びせる。

 ケイオスを襲おうとした者たちは瞬く間に光熱波に焼き焦がされて無残な死体を晒す。

 今度こそ集団は逃げる者だけになった。

 ケイオスは逃げる者たちを追わない。

 懐から流人がドゥークとの通信に使ったのと同じ板を取り出して密やかに話をはじめる。


「・・・・もしもーし、聞こえているかい流人君」


『・・・・ああ、聞こえている。そっちはどうだ?』


「・・・・粗方片付いたよ。君に言われた通り、幾らか逃がしておいたよ」


『・・・・ああ、それでいい。後は打ち合わせ通りに後をつけてくれ』


「・・・・了解。まったく、僕をこんなにこき使うなんて君も罰当たりだねぇ」


『・・・・後で埋め合わせするって言っただろう?あんたの実験のためにも今は働いてくれ』


「・・・・わかったよ。ちゃんと言われた通りにするさ。・・・・通信終了」


 ケイオスは、通信機を下して、ため息を吐いた。


「まったく面倒なこと引き受けちゃったかなぁ。ただ、こういうスパイごっこも楽しいっちゃ楽しいんだけどね」


 そう言うとケイオスの姿がその影の中に沈み込んでいった。 

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