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第九話 彼女たちの事情

 流人たちは森の奥深くにあるドゥークの家までもどってきた。

 もう日もだいぶ傾いている。

 ドゥークが堂々と姿を見せて歩いたおかげか、途中魔物モンスターに襲われることもなく無事に家まで辿り着くことができた。

 例の保護した少女二人は家に着くまでの間ずっと無言であった。流人は元来のぼっち気質のため小粋な冗談をとばして会話を誘発するなど不可能だったし、ドゥークも普段それほど口数が多い男ではない。素性の知れない少女二人と楽しくおしゃべりなんてできるはずもなかった。

 それになにより少女たちの方がこちらを警戒しているようなのだ。まるでお互いしか頼るものがないというように、ひしと寄り添い合いながらここまで歩いてきた。

 しかし考えてみると無理もないのかもしれない。魔物の出る森の中でいかにも怪しげな熊の皮をかぶった男と場所に不似合いな子ども。いくら自分たちの命を助けてくれたからといって、信用するに値する人物には見えないのかもしれない。

 そんなことを考えながら流人はここまで歩いてきた。

 なんとなく、ここまでついてきた二人の少女を見る。

 銀髪の短髪の少女。すっと切れ長の鋭い瞳。ともすれば冷たい印象を与えそうなものだが、金髪の少女を見る目は意外なほど優しい。その整った目鼻立ちは硬質の美を表しているようで、その中には柔らかさをも秘めている。凛々しい、カッコイイという言葉がよく似合う美少女だ。

 金髪の腰まで届く長い巻き髪の少女。すこしたれ目気味の優しそうな大きな瞳は今は不安そうにあたりをうかがっている。すっと通った鼻筋に小さな鼻、桜色の唇が絶妙な配置で顔の上に並んでいる。こちらも文句なしの美少女だ。

 そんな風に流人が見ていると、金髪の少女がささっと銀髪の少女の陰に隠れる。銀髪の少女の鋭い視線が流人に突き刺さる。少し無遠慮に見すぎたようだ。流人は慌てて目を逸らす。


「さて、お前さん方の話を聞かせてもらおうじゃないか。どうして子ども二人であんな場所にいた?」

 

 家の中に入り、二人が椅子に座るのを見計らって、ドゥークが切り出した。ちなみに椅子は二脚しかないので、必然ドゥークと流人は立って話をすることになる。


「・・・・・・その前に確認させていただきたいのですが、あなた方はバルド様とは無関係でいらっしゃる?」

 

 銀髪の少女がだしぬけに聞いてくる。


「バルド?誰だ、そいつは?わしの知り合いにそんな名前の奴はおらんぞ」


 ドゥークは本当に知らないようで、考え込むように中空を睨みながら言う。


「・・・・・本当に無関係のようですね。では名乗らせていただきます。私はリーズフェルト=アウデンリート。バイデン公にお仕えし、そのご息女エリザベート様の側仕えをさせていただいております」 


 バイデン公とは、ドゥークの住む森を含む広大な領地を有するバイデン公国の主である。


「するってぇと、もしかしてあれか。そちらのお嬢ちゃんがバイデン公の娘の―――」


「はい。ご息女のエリザベート様になります」


 その答えにドゥークは思いっきり顔をしかめる。自分の想像を超える面倒事の予感に、そうせずにはいられなかったのだ。


「その公爵の娘がなんでこんな危険な森のど真ん中に侍従と二人きりでいるんだ?護衛の騎士様はどうした?」


「昨日、野遊びに出られたエリザベート様を正体不明の集団が襲撃し、護衛の騎士たちと私たちは分断されてしまいました。とにかく襲撃者から逃れるため、私とエリザベート様は襲撃者のいない森の方向に退避し、追手を逃れたというわけです」


「それにしたって、よく魔物に出くわさずあんな森の奥まで来られたもんだ。普通ならとっくの昔に魔物に頭からばりばり齧られて腹の中だぞ?」


 ドゥークは歯に衣着せるということをしなかった。銀髪の少女―――リーズフェルトの後ろで金髪の少女―――エリザベートが怯えて半泣きになる。


「・・・・不幸中の幸いというべきか、野遊びにいくために魔物除けの匂い袋を準備しておりましたので、森の中でも魔物に出遭うことはありませんでした。しかし、道に迷って森の奥にまで来てしまったのは大失敗でした。さすがにあの猪の魔物が現れた時はもうお仕舞いかと思いましたが」


 リーズフェルトがエリザベートの手を握り、安心させてやりながら言う。


「わしらが現れた時に、こっちの小僧がこちらに逃げてくるように言っても無視したのは、わしらも襲撃者の一味だと思ったからか?」


「それもありますが、もっと広い意味での『敵』の仲間ではないかと疑ったからです」


「なるほど、そこにさっきのバルドって奴が関わってくるわけだな」


「はい、バルド様は―――」


「ちょっと待った。これ以上はわしらが立ち入っていい事情を超えているように思う。わしらは森で遭難した娘っ子二人を魔物から助けた。お前さんたちは危ないところをわしらに助けられた。帰すべき家のことも聞いたことだし事情説明はもう十分だ」


 ドゥークはやんわりと遮った。

 確かにこれ以上の事情を聞くのは、彼女たちの事情に流人たちも巻き込まれることを意味する。

 偶然森で魔物に襲われているところを助けただけの流人たちが、そこまでする義理も義務もない。

 非情なようだが、これが大人の判断というものだろう。

 

 しかし、リーズフェルトは食い下がる。


「いいえ、聞いて下さい!聞いていただいたうえで、お願いしたいことがあるのです!後生ですからどうかお願いいたします!」


 リーズフェルトの目からは今にも涙が溢れそうになっている。

 

 これには、ドゥークも弱りきったようだ。

 流人に助けを求めるように視線をやる。


 流人もこのままにはしてはおけないので、助け舟を出す。


「・・・・とりあえず、そのお願いというものを聞かせてくれませんか?俺たちにもできることとできないことがありますから」


 流人はそうやんわり口にする。

 流人も女の子の涙には弱い。それが美少女となれば尚更だ。

 リーズフェルトはただの子どもにしか見えない流人が会話に入ってきたのが意外だったのだろう。きょとんとした後、決然と「お願い」を口にする。


「エリザベート様の、姫様の護衛をお願いしたのです」


「護衛?この森を出るまで護衛なら当然、家まで送っていくついでにするつもりだが、そういう意味ではないんだよな?」


 ドゥークが聞く。


「姫様が成人する一五歳までの間、あらゆる危険から姫様を守ってほしいのです」


「一五歳までだと!?ちょっと待て!今お嬢ちゃんは何歳いくつなんだ!?」


「姫様は御年九歳になられます」


「なんと!あと足掛け六年もあるじゃないか!?そんなに長い期間拘束されるような仕事は、わしは今できんのだ」


「そこをなんとかなりませんか?姫様にはあなたのような勇者の力が必要なのです。無論お礼は十分にいたします」


「わしには今、時間と精力を傾けてやるべきことがある。悪いが今日会ったばかりの子どもを何年も守り続ける仕事などわしは引き受けられんのだ」


 ドゥークは突き放す。

 ドゥークの言う時間と精力を傾けてやるべきこととは流人を鍛え育てることなのか。だとしたら、流人はなんとかそのことと少女の護衛が両立できないかドゥークにとりなさなければならない。

 この目の前で絶望しそうになっている銀髪の少女を放っておくなんてこと流人にはできない。

 流人がとりなしの言葉を言おうとしたとき、不意にリーズフェルトの後ろに隠れていたエリザベートが声を上げる。


「あぁ・・・・あのぉ!・・・・そのぉ・・・・まもってもらうのがだめなら・・・・えぇと、ここに匿ってもらうのはだめですか?・・・・・私もう誰かが私のために死んでいくのは・・・・いやなんです」


 しばし、流人もドゥークもリーズフェルトも時が止まる。


「私が、その・・・今日もどって来なければ・・・・みんな死んだって思いますよね?・・・・だから、あの・・・・そうすれば、もう私の命を狙う人も安心っていうか・・・大丈夫になりますよね?」


 エリザベートはなおも言葉を続ける。


 止まった時から最初に解凍したのは、リーズフェルトだった。


「一体何を仰っているのですか!?ご自分の仰ったことの意味がおわかりになっているのですか!?これからずっとご両親と離れ離れで暮らさなければならないのですよ!?それに姫様が死んだなどということになったら、御父上と御母上はどれほど衝撃を受けられることか!そんなこと断じてなりません!」


 リーズフェルトがまくし立てる。

 しかし、エリザベートはそんなリーズフェルトの剣幕など軽く流して答える。


「でもリズ、このまま護衛をしてもらっても何も解決しないよ。私が一五歳になったからって、叔父様が私の命を狙うのをやめる保証はないし。お父様も確たる証拠もなく叔父様を処断したりできないし。私はいなくなった方がみんなの為になるんだよ」


 どうやらエリザベートは、人見知りをして喋り方はたどたどしくなるものの、頭脳の方は明晰なようである。


「そのような悲しいことを仰らないで下さい。姫様、あなたは公爵家の希望の星なのです」


「でも、私が生きている限り暗殺はやまないよ?」


「あーと、ちょっと待ってくれんか?そちらのお嬢ちゃんは一体何を言っているのだ?」


 続いて止まった時から解凍したドゥークが聞く。


「えぇと、・・・・・だからですね・・・・その、私をこの家にですね・・・置いて下さいってことです。・・・・掃除、洗濯、水汲みなんでもしますよ?」


 エリザベートがつっかえつっかえ言う。


「公爵家令嬢が何てことを仰るんですか!そういう下々の者がやることに手をお出しになってはならないと、常々申し上げているのに・・・・!」


「だって、自分の部屋を他人に掃除してもらうの嫌なんだもん」


「・・・・わし、女の子どもの世話とか無理なんだが」


「その・・・・私のことは・・・・大丈夫です!だってリズが付いてきてくれるもんね」


「それは・・・・確かに姫様がここに残られるのなら、私もご一緒しますが・・・」


 どんどん話がエリザベートを中心としておかしくなっていく。


「ええと・・・結局どうするんです?」


 最後に解凍した流人が誰にともなしに聞く。


「私とリズの二人でこちらにお世話になります♪・・・・えぇと・・・その・・・あの、よ、よろしくお願いします」

 

 エリザベートが元気よく、しかし最後は赤面してどもりながら宣言する。


「・・・・・いいんですか、これ?・・・・」


 流人が困惑しながら言う。


「・・・・わしにもどうしたら一番いいのかよくわからなくなってきた。・・・・とりあえず寝床を二人分用意しなけりゃならんな・・・・・」


 ドゥークも当惑しながら、当面の心配事について言及する。


 こうして流人とドゥークの男所帯に花が二輪添えられることになった。

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