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第一話 すべてのはじまり

 波風流人なみかぜりゅうとがその男に出会ったのは、あるいは偶然ではなく運命であったのかもしれない。


 波風流人は今年で二〇歳になる大学生である。顔は良くも悪くも平凡だ。


 今日も大学に行った帰りである。

 サークルなどには参加していない。人付き合いが苦手なのだ。大学に親しい友人が幾人かはいるが、大人数でいるより一人でいることの方が落ち着く。つまり真性のぼっち気質なのだ。趣味はネット小説の閲覧。今は、自由な一人暮らしを満喫中だ。


 今日も講義が終わり、早く家に帰ってネット小説の検索をしたいな、などと考えながら歩いていたところ、流人はその男の存在に気が付いた。


 奇妙な風体ふうていの男である。フード付きのローブとでもいうべきものを頭からすっぽりかぶっていて、顔はよく見えない。体つきから男と判断したが、あるいは違うかもしれない。現代日本ではそうそう目にする姿ではない。

 その体からは不思議なオーラのようなものが立ち上り、辺り一帯に充満している。流人は自分の方に流れてきたオーラのようなものを、あわてて手ではたく。すると、オーラは煙のように流人を避けてい流れていく。


 そんな男(?)が真昼の繫華街の道端に座り込んでいる。

 そんなに目立つ様子をしているのにかかわらず、往来する通行人に男に気付く者は誰もいないようであった。

 誰も男に注意を払わないことをおかしく思いつつも、流人は道路に座り込んでいる男が急病人かもしれないと思い、声をかけることにする。


「あの・・・、大丈夫ですか?どこか具合が悪いんですか?」


 そう声をかけると、男はあっさりと立ち上がって返事をした。


「うん?もしかして僕に話しかけたのかな?何か用かい?」

 

 声は男性のものであった。やはり男で間違いないようだ。


「あの・・・道に座り込んでいるので、どこか具合が悪いのかと思いまして。大丈夫ですか?」


「ああ、そういうことか。大丈夫。ぴんぴんしているよ」


 男の返事はよどみないもので、本当に具合が悪いわけではないようだ。


「そうですか。ならよかったです。・・・じゃあ俺はこれで」


 男が救助を必要としているわけではないことがわかったので、流人は会話を切り上げて踵を返す。


 すると、今度は男の方から声をかけてきた。


「やぁ、今時珍しい親切な青年だね、君は。時間があるならちょっと僕の話し相手をしてくれないかい?」

 

 老人のようなことを言う男だが、声の質は老人とは程遠い。声からわかる年齢は、二〇代前半から三〇代前半ぐらいであった。


 流人は返事を迷った。


 時間ならある。今日はもう大学の講義は終わって、あとは家に帰ってぐだぐだとくつろぐだけだ。

 男がどうしてそんな変な格好をしているのか、男から立ち上るオーラのようなものが何なのか興味もある。しかし、はたしてこの怪しい風体の男と話をしていいものかどうか。何か後難が降りかかることになりはしないか。


 迷った末、結局、流人はこう返事をした。


「・・・30分ほどでいいなら」








 男とは場所を変えて話をすることになった。


 近くの公園に行って、ベンチに並んで座る。


 ここに来るまでの途中でも、公園に入った後でもやはり誰も男に注目していなかった。まるで男の様子が奇異に感じる流人の方がおかしいかのようであった。


 男はベンチに座ってからずっと流人のことを観察している。話をしようと言い出したのは男の方なのにずっと黙ったままだ。


 仕方なく、流人の方からさっきから気になっていたことを聞いてみることにする。


「あの、何でそんな変な格好をしているんですか?・・・ローブっていうんですよね、それ。ちょっとおかしいかなって思って」


 流人の失礼とも言える質問に、男は面白そうにに自分が着ているローブを見て、答えた。


「ああ、これはね、君たち人間が僕を直視することができるように術式を編み込んで作ったものなんだ。これがないと人間は、僕の姿を見た途端、発狂してしまうからね。だからフードをかぶったまま話をする無礼を許してくれよ」


 流人は、男の発言に対する疑問で頭の中が飽和していくのを感じた。君たち人間ってどう言う意味だ?術式って何だ?発狂ってどう言うことだ?もしかして、この人中二病?

 

「・・・じゃ、じゃあ、さっきから誰もあなたに注目しないのも、そのローブのおかげなんですか?その、なんて言いましたっけ?そう術式のおかげなんですか?」


 流人は、混乱した頭でなんとかそう質問を返す。


「ちょっと違うね。それは僕が人払いの魔法の一種を自分にかけているからなんだ。この魔法の効果でよほど奇矯な行動でもしない限り、僕はどこにでもいる一般人さ。・・・と言っても、君にはこの魔法が効いていないようだけどね」 


「へ、へー、そうなんですか」


 相づちをうちつつ、流人の中では、目の前の男は完全に変人に認定されていた。

 

(術式だの魔法だの、完全にこの人、中二病だな。こんな変な格好していて、体から煙のように何か噴き出していても誰も注目してなかったのは、みんな変な人に関わり合いになりたくなかっただけなんじゃないか?・・・いや、きっとそうだ)


 そう思えてくると、この男と肩を並べて話をしていることが急に恥ずかしくなってくる。流人は、この男との話をできるだけ早く切りあげることを決意した。


「だから、僕はなぜ魔法が君にだけ効かなかったのか興味あるんだよ。君は普段何をしている人なんだい?」


「えーと、・・・普通の大学生ですよ」 


「ふむ、何か特殊な訓練を受けていたり、幼少期に不思議な体験をしたりしたことはあるかい?」


 男は続けて質問する。


「そういうことは全然ないですね。普通の家庭で平凡に育ちましたから」


「うーん、ということは、天然なのかな・・・」


「はい?よくお話が見えないのですが?」


「いや、君が素晴らしい素質を持っているかもしれないという話だよ。

 なにしろ、この僕がかけた魔法が効かないというんだからね。これは結構凄いことだよ」


 男はしきりに感心しているが、流人には何が凄いかよくわからない。

第一、魔法だの何だのは、この男の妄想ではないのか。


「それで・・・あの、もう一つ聞きたいんですけど、あなたの体から煙のように立ち上っているものは何なんですか?さっきからずっと辺りを漂っているんですが」


 流人は、男と出会ったときからずっと体の前で手を団扇のようにあおいでいる。そうしないと男から煙のように立ち上るオーラのようなものに体が巻かれてしまう。何なのかよくわからないが、少なくとも吸い込んだら体に悪そうだ。

 

「そう言えば、君は僕と会ったときからずっと、体の前で手を扇いでいるね。その煙のようなものとは、何のことかな?」


「えっと、あれ?あなたにも見えてないんですか?あなたの体からずっと立ち上っているんですよ?おかしいな、こんなにはっきり見えているのに・・・」


「ふむ、もしかしたら、僕の体から発散される魔力もしくは魔法自体を君はそう知覚しているのかもしれないね。だとすると、君が僕の魔法にかからないのも一応説明がつく。しかし、君の目は特別な魔眼というわけでもなさそうだが・・・。そもそも魔法を手で扇いで防ぐという方法自体、不可能で不可解なものだし・・・。もしかしたら、彼は霊的に特殊な・・・・」


 男が自らの思索のなかに没入していく。流人にはよくわからない言葉をなにやらぶつぶつ呟いている。

 流人は気味が悪くなって、これ以上このオーラのようなものについて答えを追求するのはやめることにした。


「えーと、・・・それじゃあ、もうそろそろいいですかね。俺はもう家に帰らなくちゃいけないんですが」


 男は流人の目から見て、真面目な声で中二病な設定を垂れ流す不審者であった。流人が会話を早めに切り上げたがったのも無理からぬことであった。


「まぁ、そう急ぐこともないじゃないか。・・・そうだ!君に良い話があるんだ。聞いてみて損はないと思うよ」


 男が思索にふけるのをやめ、流人を引き留めにかかる。


「・・・良い話って何ですか?」

 

 流人の中で警戒心が頭をもたげた。ここから怪しい宗教や自己啓発セミナーへの勧誘がはじまるのかもしれない。 

 

「僕は君の素質にとても興味がある。そこで、どうだろう?僕の世界で君の素質を試してみるというのは」


「は?・・・・僕の世界?・・・試す?」

 

 男が言っていることの意味がわからない。流人はまたも混乱する。「僕の世界」とはどういうことであろうか。「試す」とはどういうことであろうか。


「僕はこことは異なる世界、つまり異世界から来たんだ。

 こちら世界には今は魔法はないみたいだけど、僕の世界には今でも魔法が普通にあるんだ。そこで、君の素質が僕の世界の魔法に対してどのように反応するか試してみたいんだ。

 あちらの世界は、こちらより危険が多いけれど、安心してくれていい。僕はあっちの世界では神なんて呼ばれてあがめられているくらいなんだ。君があちらの世界に行くのに際しては、それ相応の力を与えることを約束するよ」


「その、・・・具体的には何をしてくれるわけですか?」


「まず、君の体を改造する」


「か、改造!?」


 いよいよきな臭い話になってきた。流人の背中に冷や汗が流れる。

今、男は自分が神として崇められていると言ったが本気であろうか。男の顔色をうかがおうにも、フードを目深にかぶっていて男の顔はよく見えない。しかし、声の感じからすると冗談で言っているわけではなさそうだった。


「冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ!俺の体を改造する話がどうして良い話なんですか!?」


 流人はたまらず言い募る。男の話を信じたわけではないが、いくら何でも体を改造されて、どことも知れない場所に送られるなど、冗談じゃない。お断りだ。


 だが、男は激発する流人に対してあくまで冷静に言った。


「この世界のこの国の書籍を読んでみたところ、強い力を与えられて異世界に送られるのが、大流行おおはやりじゃないか。誰でも一度は異世界転生や異世界転移を夢見ると言うじゃないか。君も喜んでくれると思ったんだけどなぁ」


 君もそういう本を読んだことあるだろう?と、男は何気ない風に言う。確かに流人はそういうジャンルの本が大好物だし、高校生ぐらいの頃は、いきなり異世界に召喚されたらどうしよう、などと妄想を膨らませていたものだった。

 しかし、それとこれとでは話が違う。


かたよった本の読みすぎです!あと、ああいうのは、フィクションだから良いんです!現実で体を改造されて異世界に転移させられるなんて絶対に嫌です!お断りします!」


 流人は、男からの提案を断固として撥ねつける。


 すると、男は困ったように嘆息して言った。


「まぁもう僕の中では決まったことだから、君には嫌でも付き合ってもらうけどね。それじゃあまた、体の改造が終わった後に話をしよう」


 そう言い終えるやいなや流人の足元が不意に地面に沈み込んでいく。いや、足元だけではない。体全体が男の影の中に急速に沈み込んでいく。流人は焦ってもがくが、男の影の中から抜け出すことはできない。

 男は流人がなす術なく頭の先まで影に沈んでいくのを確認した後、自分も自らの影の中に沈み込んでいった。


 この日1人の青年が地球上からひっそりと姿を消した。

 

 これが、波風流人の波乱にみちた冒険のはじまりであったのだが、この時はまだそのことを誰も知りようがないのであった。

  


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