アーサーの調査報告書② 視点:アーサー
テスト前日です。
何やってんねやろ自分。
ロバートさんの知り合いの家は家具屋だった。
〈スノーバニー亭〉と同じで、一階が店で二階が家の造り。
お店のロゴが、家にあるタンスに彫られたサインと一緒。
うちの家具、ここのだったんだ。
「ちょっと待っててね。ブライアンを起こしてくるから」
「お願いします」
子供の名前はブライアン。8歳だそうだ。
応接間に通されて、待つ間お茶を飲む。
…あ、これうまい。
後で銘柄教えてもーらお。
ケーキもうまい。
もぐもぐもぐもぐ…。
ガチャ
「こ、こんにちは。ブライアンです」
「も! むむんひみゃ。もーひーまふ」
※訳(お! こんにちは。アーサーです。
ドアを開けて現れた、頭に包帯を巻いた少年、ブライアン君はオレをちょっと見た途端勢いよくドアを閉めた。え、何?
口いっぱい入れたケーキをお茶で流し込む。
追ってドアを開け直すと、ブライアン君が遠ざかる所だった。
イヤイヤ、逃さねーよ?
むんずと腕を掴むと、ブライアン君は震えて「ごめんなさい食べないで…」と呟き出した。
んー? よく分かんねーけど怖がってるみたいだ。ここはひとつ、年長者として安心させねば!
「大丈夫だブライアン君! オレとこのエクスカリバーがお前を守るぜ!」
「ひいいいぃぃぃ!!」
エクスカリバーを出したら更に怯えた。
何なんだ。
無理やり椅子に座らせて話を聞くと、さっきケーキを頬張ってたオレが絵本に出てきた怪物『オーガーン』にそっくりだったと言う。
失礼な。オレは緑色じゃねーやい。
エクスカリバーも棍棒とは違う。
でもまあ、逃げられる体力があるなら怪我はそんなに酷くないな。
顔が青いのはオレの所為だし。
とにかく話を聞いてみよう。
ここに来た目的はそれだし。ケーキとは違うし。
「あのさー、怪我した時、何があったの?」
「ひっ!…あの、テレビを見てたら、画面が消えて、おかしいなーって思って側に行ったら、えと、わ、笑い声がして…!」
そっからはテンプレ。
怖くて震えていると物が浮いて飛び回り始めたらしい。
間が悪いことに両親は接客中で、ブライアン君の叫び声もいつものビビリだと思って気にしなかったって。
それから避けようとしたのはフライパンではなく本だった。
フライパン…。
フライ(Fly)本…。
記者が間違えるのはしゃーない。 きっと。
で、本を避けたら足がもつれてコケた。
間が悪ければ運も悪く、転んだ先には木製のオモチャがあった。
それで恐怖と痛みで気絶した所に母親が駆けつけ、倒れているブライアン君を発見。
その時接客されていたのが新聞を書いた記者で、実際より話が膨らんでいた。
よくあることだ。
けれど、ここから先の話にはちょっとびっくりした。
遠ざかる意識の中、ブライアン君はテレビを見た。
テレビは、大騒ぎしていたらしい。
『う、嘘…! どうしよう…だ、誰か! 誰か来て!! ねぇ君、大丈夫⁉︎ 痛い⁉︎ どうしよう、ゴメンね、ゴメンね…!』
更にその『声』は一階に移動して、壁かけラジオから両親に呼びかけた。
『ちょっとあんたら! 何してんのよ! 自分の息子が死にそうだってのに!! つまんないお世辞言ってる場合じゃないでしょ!』
『声』のおかげでブライアン君は早期発見され、大事には至らなかったと。
いや、怪我したのも『声』のおかげだけど。
「でもボク、あの『声』の人、悪い人じゃないと思う! だってすごく優しい声だったもん」
ふーん、そんなもんか。
それ以上の収穫はなく、オレはブライアン君の家に別れを告げ図書館へ向かった。
のに、図書館にルークはいなかった。
司書さんに尋ねると本を何冊か借りた後出て行ったと言う。
ルークがいないならここには用はない。
静かで陰気な感じの図書館、オレは好きじゃないもんね。
本当にやることなくなった。
帰ろ。
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夜、オレは〈スノーバニー亭〉のカウンターでご飯を食べていた。
今日は客も多いから、ロバートさんもローズちゃんも忙しそうだ。
特にローズちゃんは、飛びそうな勢いで走り回っている。
耳がぴょんぴょん。
これを食べたら手伝おうか。
パンを一切れ口に入れた時、聞き慣れた重低音が店に響いた。
振り子時計の鐘だ。
その途端、喧騒が収まって、逆に人の息遣いが聞こえそうな程の静寂が訪れる。
ああ、もうこの時間か。
「アーサー君! ルーク君! いる?」
だからバターン!! と派手な音を立てて入って来たトムさんはかなり目立った。
客達が一斉に睨みつける。
「ぅえ⁉︎ あ、あのー」
トムさんは射竦められたみたいに動かなくなった。
あちゃー、カワイソーニ(棒)
そこにいられても邪魔だし呼ぼう。
「トームさん。こっちこっちー」
「アーサー君…」
なんか神様を見る目で見られてる気がする。
まーいーか。
トムさんはおどおどしながらオレの隣に来た。
「ちょっとアーサー君、これどういう…」
「シーッ! 静かにしろって。これ以上睨まれたかねーだろ」
トムさんは何か言いたげにしたけど周りの視線に耐えかねて黙り込んだ。
「あ、ホラ始まるぜ」
「え?何がだい?」
みんなの視線が集中した先、店の奥からその人が出てくると、歓声とため息がこの空間を埋め尽くす。
トムさんすら口をポカンと開けて、瞬きどころか呼吸も忘れている。
「皆さん、来てくださってありがとうございます。 今日このひと時が、皆さんの人生で一番いい日になりますように」
天使のような声…って、こんなのを指すのかな。
よく手入れされたサラサラの金髪の奥で、歌姫はニッコリと微笑んだ。
薔薇色の唇が弧を描いて、長い睫毛が陶器の様な白い肌に影を落とす。
それだけでもう、客達は骨抜きにされていた。
相変わらず美人だ。
ロバートさんが蓄音機をセットして、既に何回も聞いたけどまだ曲名すら知らない音楽を流し始めると、照明が消えてスポットライトだけが歌姫を照らし出した。
そうして〈スノーバニー亭〉の名物、週に二回の歌姫のショーは幕を開けた。
歌姫の歌声は、なんて言えばいいのかよくわかんないけどキレイだ。
甘ったるくて、透き通ってて、水に溶けてしまいそうで。
てなことをルークに言ったら「それこそ分からない。君はボキャ貧か」って呆れられた。
でもキレイだと感じるのはオレだけじゃないだろ。
歌姫は容姿も超絶キレイだから人気があるわけだけど、その人気を継続できてるのはやっぱり歌がいいからだと思う。うん。
…でもオレはこの声が嫌いだ。
おそらくルークも嫌いだろう。
あー違う。声自体は好きだよ。世界一。
でも、声の主が違う。だからヤダ。
なるべくその声に囚われないように、ぼーっと空になった皿を見てた。
時々隣から「うわぁ…」だの「ほわぁ〜」だのマヌケな声がしたのも無視した。
その時間は随分長く感じたけど、いつも45分で終わるからそんなもんだったんだろう。
惜しむ声とアンコールに包まれて歌声は退場した。
トムさんがオレの肩を揺する。
あー来た来た、メンドクセ。
「ねえねえアーサー君! あの人は一体誰⁉︎」
「見てのとーり歌姫。匿名希望の18歳。今日と週末前の週2日でここに通ってる。恋人はいない。歌って欲しいのがあるなら事前に店長に言っといて」
このセリフも言い飽きた。
つーかこの勢い、トムさん惚れちゃったかなー。
心配だ。
絶対叶わない恋なんだけどなー。
だってあの歌姫…
…ルークだし。
もともとオレらん家って、店長の厚意でかなり安く貸してもらってるんだよ。
その代わりにってあいつが始めたのがあれ。
最初はローズちゃんが休んだ日ピンチヒッターで店に出てたってだけで。
でもある日、店長の知り合いがここを貸し切って誕生日パーティをした時にサービスで歌ったのだ。
もうその場のノリとヤケクソ的な。
それがオオウケ。
ついでに店の外でたまたま聞いてたやつもリクエストして、気づいたらああなってた。
ファンが増えて、オレが言ったような設定までできていた。
本人はすごい嫌がってる。そりゃそーだ。
でもあれがある日はいつもの売り上げの3倍近い利益が出るし、今更辞めるに辞められない。
哀れよな、ルーク。
がんばれー。
「恋人はいないって、それじゃあ〜その〜。迷惑じゃないならちょっと…会ってみたいな」
「あー、聞いとく。それよりなんか用あるんだろ? 事務所行こーぜ」
トムさんは不満そーにしたけどこればっかりはな。
何も話せないのはメンド…辛い。
でも正体割れた方がもっとメンドクセーのは目に見えてる。
外は店の熱気は何処へやら、空気が澄んでていい気持ちだ。
少しだけ深呼吸して家に入る。
トムさんもオレに続いた。
ソファには、だらしなく寝転ぶルークがいた。
ショーをやった後はいつもこうなる。
体力的には問題ないけど、とんでもなく気疲れするんだと。
確かに何回か尻を触られてるの見たな。
そういう客は大抵親衛隊(自称)にフルボッコにされるけど。
オレ? 守ってやんねーよ。
男に囲まれて辟易してるルークを高みの見物するのはなんつーか、いい気分だし。
でもせめてもの労いに、こう言ってやるんだ。
「今日もバッチリ可愛かったぜ! ルークちゃん」