アーサーの調査報告書① 視点:アーサー
お客さんの家は、住宅街の真ん中にあった。
トムさんがインターホンを鳴らすと、猫を抱えた優しそうなおばあちゃん────バーバラさんが出てきた。
なんで名前を知ってるかって言うと、この人はオレらのお客さんでもあるからだ。
「あらあらまあまあ、なんで電気屋さんがこの2人と?」
「お知り合いでしたか」
「ええ。ウチのベリーちゃんがよくお世話になっているのよ。ささ、上がってちょうだい」
ベリーちゃんとはこの猫のことで、元気なもんだから脱走してはちょくちょく迷子になっている。
その度に、あまり足のよくないバーバラさんの代わりに探しているのだ。
ついでに、便利屋アンサーの記念すべきお客さん第1号でもある。
てなことをトムさんに耳打ちすると、私もだよ、この人が初めての担当だったんだ、と教えてくれた。
「奇遇だね。ルーク君の言う通り、気があうのかな?」
「えへへ。だと良いな」
なんかちょっとむず痒いな。
─────なんて甘っちょろい気持ちは、リビングを見て吹き飛んだ。
「…これは…いつからですか?」
「朝からなのよ。テレビが笑い出したから、聞いていた通り電話した後はリビングに入らないようにしてたんだけど…ますます酷くなって」
飛んでくる物にぶつからないようにドアの隙間から覗くと、確かにそこら中グチャグチャだった。
電話が浮いて時計が回ってランプが飛んで…ここまでくると逆に面白い。
「他はともかく、テレビはコンセント抜けば止まるんだろう?付けっ放しでいいのか」
ルークの言葉に、トムさんは苦い顔をした。
「そうなんだけどね〜。そうすると私が遭遇した時みたいに物が飛んでくるんだ。…関係なかったみたいだけどね」
「確かに。どっちみちああなるらしい」
「どうすればいいのかしら?ベリーちゃんも怖がっちゃって…」
見ると、いつもはくるくると動き回っているベリーちゃんが、さっきからずっとバーバラさんに大人しく抱っこされてる。
これはそうとうビビってる。
かわいそうだなぁ。
『ザザッ…ピー……ザーー』
急に変な音が響いた。
なんだ?ここからじゃよく見えない。
「あ、おい! アーサー!!」
ルークの制止を無視して部屋に飛び込んだ。
物があちこち飛んではいるけど数も多くないし動きも遅い。
このくらい軽く避けられる。
音源を探すと、タンスに置かれたラジオが盛大なノイズを吐き出しながら、オレの目の前に滑るように飛んできて目の高さで止まった。
ガシャ、ガラガラ。
ラジオが止まると同時に他の物が落ちた。
ランプが割れてガラスが飛び散る。
「何してるんだバカ!」
「何って…変な音したし」
「いいからそこから離れろ! 何が起こるか分かんないだろ!」
いや、そうでもない。
てか、頭のいいルークなら薄々勘付いてるはずだ。
『ザザー…ユピテル電機の新社長は…悪魔だ…今すぐ辞めさせないと』
「おいテメー!! どこのどいつか知んねーけどわけわかんねーことすんじゃねーよ! ベリーちゃんが怖かってんだろーが!!」
ラジオを遮ってまくし立てる。
うん。言いたいことは言えた。
全く、何も知らない動物を巻き込むなっつーの。
ルーク達が呆れ顔をしたのが見えた。
ラジオからもなんかそんな気配が漂う。
『…は? ベリーちゃん?』
「猫だよ猫! てかなんだ悪魔って! ガキか」
……………沈黙。
10秒ほどすると、ラジオは何回かノイズを出しランプと同じく床に落ちた。
ひょいっと持ち上げてみる。
うーーーん、どう見ても代わり映えしないただのラジオだ。
手の中で弄ってると後頭部を叩かれた。
「このバカ! 考えなしに飛び出すなっていつも言ってるだろうが!!」
「大丈夫だって。ルークは心配性だな」
「いやいや…私も心配したからね。アーサー君、怪我はない?」
トムさんには返事の代わりに親指を立てた。
んん…って微妙な声を出された。
結局それ以降は何も起こらず、片付けのお手伝いをしてお暇した。
日が暮れるまで合計で5件回ったけど、どこでも同じことが起こる、もしくは起こった後だった。
でも1つ、あれから変な声はしなくて、ひたすら物が飛ぶだけだった。
1日目はそこで終了。
〈スノーバニー亭〉の前で解散。
「それでは、また明日。僕らで独自に調査してみますから、夜でも良いですよ」
「ああ、よろしくね。私はまだ会社ですることがあるんだ…ハハ」
「じゃーなトムさん。頑張れよ」
なんとなくわかったけどトムさんは社畜だと思う。
部屋の中は冷え切っていた。
あー流石に寒い。
ポピーちゃんは…寝てる。よかった。
「ルークストーブ点けて」
「分かった分かった。それにしてもお腹空いたな。アーサーご飯よろしく」
「オッケー」
卵を焼いてると向こうから灯油の匂いがする。
この匂いなーんか好きなんだよな。
ルークとあの子は臭いって言ってたけどさ。
夕飯はオムライス。
うまうま。
味わってるとルークがつついてきた。
なんやねん、早よ言えや。
「アーサーはどう思う?あの現象」
「しらね。ルークは?」
即答したらルークは大袈裟にため息を吐いた。
「しらねって…ハア、まぁいいや。僕はやっぱり、あれは人為的な物だと思う。君の言葉に反応してたし、飛んでた物もゆっくりで人とは距離を置いてた。多分だけど誰かを傷つけたいとは思ってなさそうだ。…問題は、どうやったらあんなことができるか、そして誰が何の為にやっているのか、これに尽きる」
そうは思うけどスプーンを振り回すなよ。
米粒飛んできた。
「でも何かしら社長に接点がある女性ってのは分かってるからな。一度ユピテル電機にお邪魔させていただけないかな」
「そーだな」
「それからさ、あの声、ラジオから出てただろう。ラジオというのは電波で一方的に音声を届ける物だ。なのに向こうには君の声が聞こえた…一応調べたがああいった内容になりうる番組はなかったし、どうやら本体に秘密がありそうだ。声がする間は浮かぶ物がないのも気になる。少し心当たりもあるから、明日図書館に行ってくるよ」
「そーだな」
「あとさ…ポピーの件だが…」
「そーだな」
それからルークの会話を全部そーだなで流して終わった。
ポピーちゃん、部屋冷えてて寒がってたし、あとであっためた毛布あげよ。
次の日。
ポピーちゃんと朝の散歩を終えて帰宅。
ルークはもういなかった。
机にメモが一枚。
《アーサーへ》
この手紙を読んでいるという事は、僕はもうこの世にいないのだろう。
…冗談だよ。昨日言った通り図書館に行く。
他にも色々とあるし、昼は買って済ませる。アレに間に合うように夕方には帰るから。
くれぐれもポピーをゲージから出してくれるなよ。 ルークより
ふーん。
オレ今日なんか用事あったっけ?
あーそうだ、市場の服屋さんの手伝いがあったな。
そんだけか。暇だな。
実際昼を過ぎると用事は終わって、暇になった。
こんな時は下に遊びに行こう。
「ロバートさーん、遊びに来た」
「おや、アーサー君。いらっしゃい。ゆっくりして行ってね」
「ん。なんか手伝うことねーかな」
「特にないねぇ。…あ、そうだ」
ロバートさんは皿を拭く手を止めて、なんかを取り出す。
「こっちに来てくれないかな、アーサー君」
「何だよ…あ!」
それは新聞紙だった。
日付けは今日。
一面は女王様が御病気になられたとかそんなんだったけど、だいぶおばあちゃんだからそんなのしょうがないし、そこじゃない。
ユピテル電機のことがその下に載っていた。
【謎の事故で一名負傷。原因を追求】
どうも飛んできたフライパンを避けようとして、違う物にぶつかったらしい。
怪我したのは…子供みたい。
まだ小さな記事だけど、しっかり‘怪現象’の文字が入っている。
ロバートさんはやれやれと首を振った。
「実はこの子、知り合いの子供なんだ。この記事じゃよくわからないから、代わりにお見舞いに行ってきてくれないかな? 今日は夜までローズちゃん来ないから店から離れられなくて」
「わかった、行くよ。なんか持ってくやつある?」
「ありがとう。このカゴに地図とケーキが入ってるからよろしくね」
渡されたカゴからはなるほど、いい匂いがする。じゅるり。
「つまみ食いしないでね。あと振らないで。お大事にって伝えておいて」
「オッケー!行ってきまーす」
外はいい天気で、昨日よりも暖かい。
地図を取り出す。
「んー。あっちか!」
この方向なら、図書館が近い。
ついでに寄ってみようかな、とか考えながら歩き出した。
今回でストックが尽きました。(*´Д`*)