アーサー友情物語(犬と) 視点:アーサー
今日は特に依頼は無かったから、久しぶりにルークと家でゴロゴロしてた。
あ、間違えた。オレとルークと、それからポピーちゃんの2人と1匹だ。
ポピーちゃんは、旅行に行った飼い主の代わりに、昨日からここで預かっている犬。
散歩の時以外はゲージに入れてるからこうして眺めるしかないけど………白くてふわふわで、メチャクチャかわいい! えーと、種類は確か……。
「フリーザだっけ?」
「アーサー、違う。ビション・フリーゼ。そんな宇宙人みたいな名前じゃない」
ルークはずっとソファーで新聞を読んでいて、こっちは見ないけど話をちゃんと聞いてくれているし、様子も気にしてくれている。
証拠に、少し前にこっそりポピーちゃんを出そうとしたら怒った。
部屋が汚れるとかなんとか。ケチだな。
他にする事もないし、ずっとゲージの中で骨を噛んでいるポピーちゃんを見てたら、だんだん眠くなってきた。
あーやばい。退屈過ぎてやばい。
いよいよ瞼が重くなってきた時、下の階から酒場のマスター兼オレん家の大家であるロバート爺さんの声が聞こえた。
「おーい、依頼なんだけど、良い?」
おお! 来た来た。この状況は正にアレだな、えーと、『果物は寝て待て』。
……なんか違うか?ま、なんでもいいや。
オレが受けようと思って飛び起きると、欠伸しながらルークが新聞を畳んだ。
「僕が行くから良いよ。君はポピーと留守番しててくれ」
「えーっ、なんで。オレ暇なのに」
唇を尖らせてぶーたれても、ルークはオレには返事しないでロバートさんの所まで行ってしまった。
ギシギシと、階段を下りる音がする。
外にも階段はあるけど、中にもハシゴを若干変えたみたいな階段がある。
ただこれが今みたいに派手な音を出すし、急だし、古くて不安定だからあまり使いたくない。
爺さんの所行くのに外通るのは面倒だからこうして使うけど。
雨が続く時期───ルークは梅雨って呼んでたっけ────に、キノコが生えてたのも見たことある。
茶色で食えなくは無さそうだった。
摘んでみんなに見せたら、ものすごい勢いで怒られたなぁ。
「汚い!!」とか、
「その手で触るなよ!!」とか。
捨てるのは勿体無いからベッドの下の宝物入れに隠してる。
そっと部屋の外に出て、階段の側で耳をすますと、2人の会話が聞こえてくる。耳は良いんだよな。
「どうも急ぎで、訳ありらしいんだよね。良いかな?」
「大丈夫ですよ。丁度暇でしたから。じゃあ、30分後にソーイング・スレッドの右側のベンチに。軽く特徴教えてください」
そんな風に話してから、ルークは戻って来た。少し急いでいる。
「また変装してくの?ホント好きだよな」
オレの言葉に、ルークはお手製の老紳士風マスクを被りながら言った。
「別に趣味でもなんでもないさ。こうして見た目を変えて行けば、それなりのスキルを持ってるアピールになるし、相手がどんな奴か観察出来るし。ヤバそうな時は、顔隠してれば遠慮なく断れるだろ」
……嘘だな。イヤ、建て前だな。
だって変装してるルークはすごい楽しそうだ。
本人は否定するけど、鼻歌なんか歌ってるし。
ルークが鼻歌を歌う時は、機嫌がいい証拠だ。
10分でルークは立派なジジイに変身した。
背中の曲がり具合も、人の良さそうな顔もそれらしい。
いつ見ても完璧だ。
もしこんな人が街で困ってたりした日には、オレは声をかけてしまうだろう。
「あー、時間無いから手まではメイク出来ないな。手袋するか」
もう既に声まで変えてら。
なんだこの無駄なプロ意識。
でもソーイング劇場まで、あと20分で着けるかな。
走れば行けそうだけど、ヨボヨボのジジイが街を走ってたら怖いだろ。
想像すると笑えるけど。
「ルーク、間に合うの? これ」
「大丈夫、乗り合い馬車に無賃乗車するから」
「へえ。じゃあ良いかぁ」
……ん?良いのか?少なくとも褒められた行為じゃないのは分かる。
まーいいや。
仕上げに帽子を被って完成。
ルークはドアに手をかけて、オレを指差した。
「良いか、すぐに帰ってくるから、どっか遊びに行ったりするなよ。依頼が来ても約束を取り付けるのは明日にしろ。もしくは待っててもらえ。1人だけで処理するな、分かったか?」
「へいへい」
ルークは出掛ける度にオレにお説教を垂れる。正直鬱陶しい。
……でも、オレがキチンと守れてれば、こいつもこんなにうるさくは言わないのだろう。
その辺はオレが悪いから反論はしない。
てか、こいつに反論したら何倍にもなって返ってくるのは明白だ。
テキトーに聞き流すに限るな。
「あと、勝手に菓子類を開けるなよ。お前はいつも来客用の分も食べるから。それと、ポピーをゲージから出すな。これは動物を預かる度に言っている事だが、つまりそれぐらい君が僕の言いつけを守ってないという証明」
「大丈夫だってば。もう! 遅刻するぞ」
そんなにオレが信じられないのか、と攻める気持ちを込めてグイグイ玄関まで追いやる。
いやだって君、僕を信頼させてくれた事なくない? と目で問いかけられた気もするけど無視。
「じゃ、行ってくる」
「いってらー。カギ、閉めとくから」
バタン…………しーん。
「………ヤッホーーーイ!」
まずはソファーにダイブ。
スプリングが千切れそうな悲鳴をあげた。
おお、さすが中古品。
構わず立ち上がってジャンプ。
最近掃除出来てない分溜まっていた埃が舞い上がった。
何回か繰り返して、なんか満足したオレは勢いよく飛び降りる。
もちろんこの行動に意味はない。
だけど意味のない動きは楽しい。
ルークがいる時にこんな事すると、埃がたつ! うるさい! って怒られるからやらないけど。
でも、でも今は。
ぐるりと辺りを見回す。
オレ以外には誰もいない。静かだ。
そして、自由だ。自由。
ああ、なんて良い響き。
図らずもジーンときた。開放感に涙腺も緩くなってんのかな。
「ワン! ワンワン、クゥーン」
はっと我に返る。
そうだった、今はポピーちゃんも一緒だった。
ゲージに駆け寄ると、ポピーちゃんは嬉しそうにしっぽを振る。
うわぁ、かわいい〜。
潤んだ瞳と口から覗くピンク色の舌だけでもう、堪らない!
「あああ撫でたいなぁ、撫でくりまわしたいなぁ」
そんな衝動に駆られて、手をワキワキさせる。
ごめんよポピーちゃん、オレにはゲージの中のお前を撫でられない……! 開けたら怒られるんだ!
そんな内情を知らない ポピーちゃんはオレに縋るように
「クゥ〜〜ン……キュ〜ン」
と鳴いた。
「えええええ? ポピーちゃんもオレと遊びたい? そっか」
なんだこれ。生殺しじゃんか。
目の前のこのフックを外すだけで触れ合えるのに、それが叶わない。
単なる竹製のゲージが、オレ達を隔てるとてつもない障害に……。
「ワンワン!ワン」
うううやっぱりかわいいぃ。
ここでオレの中の悪魔が囁いてきた。
(ちょっとだけならイイじゃん……)
え⁉︎何言ってんの、ダメだって。
(軽く撫でてさっと戻せばバレないぜ)
バレない……? そうかな、いやでも……!
(バカ、よく見てみろよポピーちゃんを。めちゃくちゃ遊んで欲しそうだろ。それとも、お前はこの子を無視するのかよ)
あああそれでも……。
「ワンワン! キャン!」
気付いた時は遅かった。
オレは既にカギを外していた。
外に出たポピーちゃんは、嬉しそうに駆け回り益々かわいい。
「あ、やっちゃった……」
ま、いっかーーー! やっちゃったモンは仕方なくね? ルークが帰ってくる前に戻せば全然オッケーでしょ!
オレはポピーちゃんを抱き寄せた。
ヤバい。ふわふわがヤバい。
「見てください奥様! この手触り! 溢れ出る高級感! いやぁ癒されますねぇ〜〜」
テンションが上がり過ぎて、市場で見た商人の真似が発動。
お腹に顔を埋めて悶えてたら、ポピーちゃんがオレの腕からスルリと抜け出した。
「えっちょっ……!」
宙を舞うポピーちゃんが、資料とかを積みまくったテーブルに着地するまで約1.5秒。
それはもうキレイな姿勢でまっすぐと。
『あの日』に見た雪を思い出した。
舞い上がる紙。散らばる紙。踏まれて千切れた紙。
それらがあっという間に散らばって、部屋を白く彩る。わー、すごい。
ある意味見惚れてたら、後ろでまた音が聞こえた。ポピーちゃんの声も。
「ポピーちゃん⁉︎」
それはポピーちゃんがコート掛けをひっくり返す音だった。
帽子とコートが床に落ちて、コート掛けはそのままタンスに突っ込んだ。
バラバラと小物と本が飛び出す。
あ、これダメなヤツだ。
───って、眺めてる場合じゃねぇ!
「ポ、ポピーちゃん! 戻って来い!」
回れ右して走り出そうと右足に力を入れた。
ら、グシャって音がして、足元が滑って豪快に転んだ。
紙切れかなんかを踏んだっぽい。
勢いがあった筈なのに、回る世界がやたらゆっくり動いた。
前に教えてもらったかも、これがスローモーションかな……? なんて思った次の瞬間にはもう、床が目の前で……うん、痛い。
直線上にある姿見に、カエルそっくりの格好で這い蹲るオレが映っている。
「情けな〜……」
ちょっぴり涙が出てきたかも。
視界の端で、ポピーちゃんがカーテンをガジガジしてるのが見えた。
ブチブチッ
……あ、取れた。
午後の明るい日差しが、直接オレの顔を照らす。眩しい。
ポピーちゃんはカーテンにくるまり始めた。
「う、ううううぅ〜〜」
もうヤダ。帰りたい。
おでこはジンジン痛いし、部屋は散らかっちゃったし、多分もうすぐルークも帰ってくるだろうし。
いまだ立つ事すらしないで、オレは何をやっているんだ。ホントにバカだ。アホだ。
……やっぱり、1人じゃ何も出来ないのかな?
滲む程度だった涙が、膨らんでは頰を伝って消えていく。
「ふっ、グスッ……」
ピチャ。
突然、目元に生温かい物が触れた。
恐る恐る見上げると、カーテンにじゃれていた筈のポピーちゃんが、オレの涙を舐めていた。
「ポピー……ちゃん?」
「ワン!」
名前を呼ぶと、ポピーちゃんは舌を出してちょこんと座った。
しっぽを振りまくっている。
なんとなく、『元気出して』って言われた気がする。
「ポピー、慰めてくれるの?…ありがとうっ!! 大好き!」
オレはポピーを強めに抱きしめた。
でも今度は、逃げずに頰に残った涙を舐めてくれている。
ああ、幸せだなぁ。なんか、今初めてポピーと真の友情を結べたかも。
「ポピー!」
「ワン!」
オレとポピーが感動の抱擁に勤しんでいると、玄関の鍵がガチャガチャいって扉が開いた。ルークが顔を出す。
「お邪魔しまー……うわっ、なんだこれ!」
呆然とするルークの後ろからオッさんが入って来た。
濃い茶髪のショートカット、髭なし特徴なしの顔。黒いコートはなんか安そう。
随分冴えないけど、お客さんだよな?
ルークに確認しようとしたら、その前にルークの声が響いた。
「ア〜〜〜サ〜〜〜!!!」
怖い。とっても怖いぜルーク。
お客さんの前でその顔はタブーだ。
いや、後ろ向きだから見えねえか?
それにしたって、印象は良くしとかないと……!
えーと、どうしよ。
仲良さげにすればいいか。
「あっ! ルーク! おかえり!」
「おかえりじゃなーーい!!! なんだこれは! 嵐か⁉︎ 戦争か⁉︎ それとも君か⁉︎ 答えろ!」
「えー? ヤダなぁ、ポピーだよ。オレがこんな事する訳無いじゃん。でもポピーに悪気は無いから! てか、この試練を乗り越えてオレ、この子と仲良くなれた気がする!!」
「黙れ! もう良い……ハア、取り敢えずトム、その、上がってください」
ルークが手招きすると、オッさんはやたらキョロキョロしながら上がってきた。
ポピーちゃんをケージに入れて、オレもお出迎えする。
「いらっしゃいませ! 便利屋アンサーでっす!」
「あー、はあ、その、アーサー君かな?初めまして」
オッさんがそこで手を出して来た。
なんだろう? とぽかんとしてたら、せめてソファの周りだけでも、と1人片付けをするルークに耳打ちされた。
あ、なるほどー! 握手ね。
両手でオッさんの手を握ってブンブン振ると、オッさんは顔をしかめた。面白い。
「初めましてー! よろしく。オッさん誰?」
「オッさ……⁉︎ ま、いいか。トム・エリソンです。これでもまだ28だからね」
28、の部分に力を込めて喋るトムさんの顔は、なんか疲れているようだ。
ソファの周りもある程度キレイになったし、座るよう促す。
「トムさんそこ座って! えっと〜お茶持ってくるから!」
「よろしくお願いします……」
トムさんが座るとまたソファから埃がたった。
それを見たルークはやっぱり嫌そうにしたけど、渋々、向かい側に座る。
台所でお茶を淹れている間は、2人が事務的な会話をするのが聞こえて来た。
素性とか報酬の話だろう。
それを聞いて書類を作成するのはルークの仕事。
オレはまだ字を書くのは苦手だし、報酬の計算とかはわからないのでまあ妥当な役回りだと思う。
お湯を注ぐと、茶葉がふわっと香る。
……うん、今日もうまく淹れられたな。
保管しておいたクッキーと一緒に持っていく。
一枚つまんだのは行き掛けの駄賃。
書類の避けられたテーブルの上にお盆を置いて、ルークの隣に腰掛ける。
「つまんないもんですがどうぞ」
「お構いなく。ありがとねー」
ありがとねーって、このオッさん、オレらのこと舐めてるな。
そういう態度は、本人にそのつもりが無くても分かるものだ。
ルークを見ると、やはり不満気な目でトムさんを見てる。
こいつ割と顔に出るよなー。初期段階で信用して欲しいし、よしここはオレが切り出そう。
「トムさんさ、信用してないでしょ」
「え 何を?」
「オレ達。あり得ないって思ってない?こんなガキがやってる便利屋とか。実は親がいて、そっちが本物でオレらは留守番かな〜って考えてない? 言っておくけどそれはないよ」
トムさんは分かり易すぎるくらいギクッとした。
冷や汗を流して頰を掻く。
見兼ねてかルークもため息をついた。
「疑う気持ちも分かります。でも信用して頂きたい。実力はあると自負していますし、こう見えてもある程度の修羅場も経験しています。……って言っても不安はあるでしょうからね、一部だけでもお見せします。トムは力に自信はありますか?」
「力? そうだなぁ、仕事柄、重い物運んだりするし、それなりには」
それなりにはって割に、トムさんは自信有りげに見える。
実際、身長も高いし、体格も平均より上だ。
ルークはニヤっとした。
「それじゃあ、腕相撲してください。この……アーサーと」
ルークがニヤニヤとオレを指差す。
まあそうなるよねー。
トムさんはギョッとした。
「ええ? イヤイヤ、確かにアーサー君、力強そうだけどさ……本当にやるの? てかなんで?」
「良いから良いから。やれば分かります」
さあ早く、と言わんばかりにルークが急かすから、トムさんは腕を出した。
右手。カップを持つ手も右だったから右利きだろう。
オレもだけど、敢えて左手を出す。
組んだところで、ルークが手を重ねた。
「それじゃ………ファイッ!!!」
途端にトムさんに力が入る。
遠慮する口ぶりだったのに、大人気ね〜。
対してオレは動かなかった。
1ミリも。
トムさんの顔と手がだんだん赤くなる。
それでもまぁ……足りないなあ。
手持ち無沙汰で、左手で頰をぽりぽり掻く。
その状態で5分経った。
どうしよ、倒すタイミング逃したかも。
かといってこのままは……うーん。
考えあぐねていると、手の力が抜けた。
トムさんが肩で息をしながらこっちを見る。
「わ、わかった……降参です。信じます。と、とりあえず時間が無いので話を聞いてください……」
「やあ、それは良かった。では、さっそく説明をお願いします」
なぜかオレじゃなくてルークがにこやかに言った。