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便利屋アンサーの六重奏曲  作者: カピバラ2号
『ポルターガイスト』編
3/33

変装と狂騒 視点:ルーク

3話目突入。



僕が変装を解くと、目の前の男は固まった。

それはそうだろう。

なにせ、なんの変哲も無い老紳士が、いきなり美少年に変わったのだから。

そう、美少年に。ここ大事。

状況がわからず、ただひたすらに驚いているその表情。

……やっぱり、堪らない。

溢れて来るニヤニヤを悟られないように、とびきりの笑顔を見せる。


「改めてまして。便利屋アンサー、代表取締役社長のルーク・ガルシアです。よろしくお願いします」

「え、えと……あ、はあ……。あ、俺はトム・エリソンです」


トムね。ありがちな名前だ。覚えやすくて良いだろう。


「まずは依頼内容をお伺いします。さて、往来で話すのも良く無いですし、事務所に行きましょうか」

「え? その、あの〜」


僕がそう促すも、このトムとか言う間抜けそうな男は間抜けな声を出すだけで一向に立ち上がる気配が無い。

視線が不安定に漂う。


「どうしたんですか?お急ぎなんでしょう。話は事務所で伺いますから、早く」

「え? はい」


トムはやっと立ち上がった。

僕もさっさと帰りたい。

通りに向けて大股で歩き出した、と思ったら。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「はい?」


ああもう、イライラする。

舌打ちしたいのを抑えて振り向くと、トムは何かを言いたげに頰を掻いた。

なんなんだ? もしかして僕が子供だから信用できないとか言い出すのか。

そんな事ほざく奴は大勢居たから慣れたっちゃ慣れたが、面倒だ。

目力には自信があるので思いっきり睨む。

予想通り彼は肩をビクつかせた。


「なんでしょう?」


睨んだまま訊く。

こうすると大抵の人はとりあえず付いて来るからだ。

警戒はされるけれども、仕方ない。

信頼は後で取り戻せるさ。


「いや、そのぉ……リンゴ置いてってますよ?」


予想外の展開に、睨む力を抜いて、視線をベンチに移す。

確かに、僕が買ったリンゴが置かれていた。

顔の筋肉が引きつったのが分かる。

押し黙った僕に、トムは気まずそうにリンゴを渡してくれた。

それなりに気を使えるらしい。

うん、やはり相手に恵まれたな。

でもこの場合、笑ってくれた方がまだマシかも知れない。


「……失礼。じゃあまあ、気を取り直して」

「あ、はい」


僕はこの失態をこの場に捨て去るべく、早足で歩いた。

幾らか紅潮しているであろう顔を隠す意味合いも込めて、いや9割方それを目的にして振り返りもせず前を進む。


広い通りを抜けて暫くすると、街を区切る川に出る。

そこの橋を渡り、更に暫くするとゴチャゴチャとした市場の中に入る。

食べ物だの、生活雑貨だの、服だのが、テントに台をくっ付けたみたいな雑な造りの屋台に並べられて、いかにも、ザ・庶民の味方って見掛け。


そして圧倒的な人口密度。

調子のいい呼び込みをする店員、値切ろうとするせこい買い物客、お菓子目当てに付いてきた子供に、店を持たない行商人。

見渡す限り人だらけ。

ここはいつもそうだ。最早地域の名物だな。


こうして喧騒に包まれると、つい癖で人の懐が気になるけど……我慢だ。我慢。


「オフィスってこの辺にあるんですか。なんかもっと静かな所かと思いました」


トムは人を避けるのに一生懸命だ。

騒がしさを気にしてか、声を大きくしている。


「そうですね、やる事がやる事なので、こんな騒がしい場所の方が何かとやり易いんです。それに、人が多い所ほど情報が集まりますし」


彼が疑問に思うのも無理はないだろう。


王都は少し歪な円形をしている。中心に城があって、そこから街道や河川で8つにエリアに分かれている。

1番北がノースシティ、そこから時計回りにノースウェストシティ、ウェストシティ、サウスウェストシティ、サウスタウン、サウスイーストタウン、イーストタウン、ノースイーストタウン。そうやって真っ直ぐ、真横に切ったオレンジみたいに。


そして王都と言えども、いや逆に王都だからこそ地域格差もあるのだ。

ざっくり説明すると、ノースイーストタウンからサウスタウンまでは庶民派。

住宅街が密集してたり、ここのような市場があったり、


イーストエンドの様な貧民街があったりする。


反対にノースシティからサウスウェストシティは、どちらかと言うと高級志向だ。

デカイ会社の本社とか、高級クラブとか、貴族の屋敷がある。

だからか、事務所を構えるならその辺りが定番だ。

プライドと憧れで、背伸びして土地を購入するバカが絶えない。


その上、エリア内にも格差は存在する。

基本的には、横に3分の1で分かれていて、城に近い部分がセンター。

真ん中がミドル、端がエンド。

城に近ければ近い程ステータスとして高く評価される。

当然人々はセンター地区に住もうと努力するし、その分センターは繁栄していく。

で、あぶれたヤツがミドルやエンドに移るものだから、全体的なバランスは割と一定だ。


具体例を出すならば、さっきまでいたソーイング・スレッド劇場はサウスタウンのミドル地区。

で、今いるのがサウスイーストタウンのセンター地区。

評価としてはどちらも中の上か。

分かりやすくて、とてもくだらない。


それ以降は特に会話も弾まず、市場を逸れて細い路地に入った後は、周りの音も減って静穏な状態が続いた。


トムはまだ酒が残っているのか千鳥足気味だけど、 しっかり付いてきてくれたお陰ですんなり到着できた。


《スノーバニー亭》に。


当たり前だがトムは戸惑っている。


「え、ちょっとルーク、君? ここは私が少し前までお酒を飲んでいた店なんだけど」

「はい、うちの事務所はここの2階なので」


君を付けられるのは余り好きじゃないが、細かい事気にするとストレスでハゲそうだしいいか。

未だによく理解してない顔のトムを、《スノーバニー亭》の脇へ手招きした。

ここの外階段から上がるのだよ、トム。


鉄製の階段は一段登るたびに軋んで音を出すけど、実はこの音が結構好きだ。

トムはビビってるがな。情けない奴だ。

その様子に内心ほくそ笑みながら、上り終えた所で扉の鍵を取り出す。

キーホルダー代わりの鈴がちり、と鳴った。


「それではようこそ。我が家兼オフィスへ」


わざと勿体つけて扉を開く。

変装を解く時もそうだが、僕は物々しい感じを出して相手を緊張させるのが好きだ。

我ながら変な趣味───。




扉を開けるとそこには、雪国が広がっている訳もなく、異様に散らかった部屋が見えただけだった。

突発的な台風でも来たのかと言いたくなる凄惨過ぎるその光景に、思わず思考が停止する。

ショックで言葉も出ない。


……ええ、僕、なんかした?


部屋中に散らばった書類、倒れた花瓶、ぐしゃぐしゃになった服、割れたカップ、放り投げられた本、千切れたカーテンなどを、混乱した頭と目だけで順に追って行くと、部屋の隅で蹲る、あいつを見つけた。


少しボサッとした黒の短髪、血色の良い肌、こっちに向かって見開かれたどんぐり眼。

間違いなくあの大馬鹿野郎だ。


「お邪魔しまー……うわっ! なんだこれ!」


続いて入ったトムも、後ろだから見えないが相当驚いてくれただろう。

ハハッ、なんだか笑えてきたなー。

うんうん、面白い……


………訳ねーだろ!!


「ア〜〜〜サ〜〜〜〜!!!」


この部屋を戦争の跡地宜しく改造したであろう人物に、腹の底から湧き出た怒りを込めて呼びかけた。

この始末、どうしてくれようか。


「あっ! ルーク! おかえり」


アーサーと言う名の迷惑製造機は、僕を見て爽やかに笑った。








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