ある雨の日 視点:???
初の連載です
こんな世界、大っ嫌いだ。
いっそ全部壊れてしまえばいいのに。
鳴龍歴881年。
大陸の中でも指折りの大国と称されるメラノレウカ帝国。
その長〜い歴史は、遠い昔に龍が天から降ってきて出来た、なんて馬鹿げた成り立ちから始まる。
それからは、できる限り要約すると、広大な土地と豊かな資源を利用して戦争で勝ち上がり、他の国を吸収し、産業革命を起こして今の地位、五大国にまでのし上がった。
代々女王が治め、砂糖に群がる蟻のように貴族やらなんやらがその周りを囲む。
世界平和を説く割に戦争が終結した今も軍は変わらず力を持つ。
……言ってしまえばその成り立ち以外は、よくある大国だ。
そんな国の王都アルダはまさに人々の憧れ。
王都に住むことは一種のステータスとなり、貴族や金持ち、夢を持った若者が集う。
希望の光に満ちた場所。
でも、光があれば闇もある。
華やかな王都の隅、東側の町イーストエンド。
『ドブネズミの町』と称される、その名の通り “終わった”町。
夢破れ、住処を追われた者が流れ着く先。
ゴミとお酒の臭いと浮浪者で溢れかえって、空でさえ、風の影響であちこちから流れ込む煙の所為でその青さを失ってしまう場所。
…そんな酷い環境でも、笑って生きていられた。
雨に濡れても、泥に塗れても、平気だった。
薄汚い路地詰まりも、『居場所』なんだって思えた。
みんなが居てくれたから。
独りじゃなかったから。
…もう過去の話だ。
今日は朝から雨が降っていて、肩を寄せ合って、寒いね、なんてさっきまで話していたけど。
今は独りになってしまった。
みんな自分を置いていった。
心の底から信頼して、どんなものより大好きだったあの2人でさえ、今は居ない。
…いや、自業自得か。
全部自分が悪い。
あんな事した自分が。
だからこうなるのは仕方ない。
でもそれは、自分だけだったら、の話だ。
また銃声が聴こえた。立て続けに2、3回。
そして誰かの悲鳴。
ああこの声は、ベスだろうか。それともジェシカ?
なんでもいい。
なんでもいいから、もうやめて。
それ以上みんなを傷つけないで。
大好きで、大切な人達なの。
私の世界の全てなの。
私ならどうなってもいいから、お願い。
そう言いたいのに、なんとかして止めたいのに、私は地面に倒れたまま、口をきく事すら出来ない。
撃ち抜かれた脚を中心にして、焼けるような痛みが全身を支配する。
立ち上がろうともがいても力が入らない。
助けに、行かなきゃ、いけないのに。
私は、みんなの、お姉ちゃんなのに。
なんでこんな時に、この脚は、口は、ちっとも役に立たないの?
「おい、まだ生きてるか」
私を撃った張本人が、抑揚のない声で言った。
返事なんて出来ないし、してやらない。
口を固く結んだ。
私の、そんなささやかな抵抗も気に入らないのか、 その男は舌打ちして私の髪を掴んだ。
そのまま引っ張られて、無理矢理上を向かせられる。
その時、初めてはっきり顔を見た。
随分若くて、髪も瞳も、真っ黒。
東洋人なのかな、この辺では珍しい。
地味だけど、比較的整った顔立ち。
けれどもその顔は喜びも悲しみも、映していなかった。
道端の石ころでも見るかのような無表情。
あれだけ細かく仲間に命令しておきながら、今していることにも、これからするであろうことにも、なんの関心も持っていないのか。
そう思った途端、悔しさがこみ上げる。
なんの関心も?それなら、嘲笑われた方がまだマシだ。
私が何も言わずにいると、眉間の皺を深くした。
「聞いているのか、なあ?」
「………」
口を開く代わりに、思いっきり睨みつける。
その途端平手打ちが飛んで来た。
じわっと、口の中に鉄の味が広がる。
それに合わせるみたいに、また銃声がした。
でも睨むのはやめない。絶対に。
男が今度は、拳を握った。
「やめろよ‼︎」
側に居たもう一人の、白い髪をした男が制止に入る。
髪は白くても、こっちも若い。
「そんな事する必要無いだろ!」
「…別に構うこた無いだろ。どうせ処分するんだから」
「そういう問題じゃねえよ!」
その剣幕に押されたのか、私の髪を離した。
気だるそうに立ち上がり、それきり無言になる。
それから何回も何回も何回も、銃声と悲鳴が聴こえて、やがて出払っていた他の男達が戻って来た。
「ご苦労。『ドブネズミ』は全部始末出来たか?」
冷たく放たれた言葉は、雨音なんて関係なく耳に入って来る。
やめて。嫌、嫌だよ。
その先は言わないで。
祈るように視線だけ向けた。
「はい。全員仕留めました。死体は今、処理班が馬車に積んでいるところです」
どうして?
どうして私達がこんな目に会わなくちゃいけないの? 決して多くを望んだ訳じゃ無いのに。
私達をこんな風にする原因を作ったのは、お前ら大人じゃないか。それなのに。
こんな世界大っ嫌いだ。
身勝手で、理不尽で、弱い者を受け入れるどころか、踏み潰そうとするこんな世界が。
壊れてしまえばいい。
全部全部、滅茶苦茶になって消えてしまえばいい。
いや、私が壊してやる。
助けを呼ぶことも出来ずに殺されてしまったみんなの代わりに。
せめてもの贖罪に。
自分の中に、憎しみと殺意が湧き上がるのがよく分かった。
その感情は、酷く冷たく感じられた。
雨が容赦無く体温を奪っていく。
身体と一緒に心まで冷えていくみたいだ。
のんびり続ける予定です。
がんばります