人形とは
更新しなくなって早一年以上……
ようやく新生活も落ち着き、また書き始める時間を作ることが出来るようになりました
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今日から、姫椿、改め『八重坂 雪希絵』として、活動を再開していきたいと思います
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翌朝。
キルエは早めに学校に来ていた。
別に真面目に学校生活を行おうとしている訳ではなく、単純に早く目が覚めたのだ。
リリィはそんなキルエの隣にお行儀よく座っている。
時折、リリィが一言二言話しかけるが、キルエは必要最小限で返す。
しかし、そんなキルエを見て、リリィはニコニコと微笑んでいる。
まるで、今が幸せで仕方ないといったように。
二人だけの時間が教室に満ちる中、ガラリと勢い良く扉が開いた。
「……ふーん。随分早いんだね」
金髪のサイドポニーテールを揺らしながら、アイリスが入って来た。
「……またお前か」
キルエが心底嫌そうな顔をしながら、ため息をつく。
「あんなこと言ってたから、てっきり真面目に授業受ける気なんてないと思ってた」
「主様には主様のお考えがありますので。主様なら授業を受ける必要はありませんが、出席点などもありますから」
不機嫌そうな顔で沈黙するキルエの代わりに、リリィがそう答える。
「ふーん……。そっか」
アイリスは頷いてそう言うと、ささっとキルエの前の席に座った。
ナイトは何も言わずに『やれやれ、仕方ない』とでも言いたげにため息だけついた。
しばらくすると、徐々に教室に人が集まり出した。
そのうちの何人かが、キルエとリリィの元へとやってくる。
「ねぇねぇ、キルエ君ってどこの出身なの?」
「あれだけ強いってすげえよな。なんか操作方法にコツとかあるのか?」
「リリィちゃん可愛いね!どうやって作ったの?」
様々な質問を受けながら、キルエは沈黙を保つ。
代わりにリリィが答えるが、キルエ本人に対する質問は捌ききれない。
何も答えないキルエに飽きたのか、それとも単に時間が近づいたからなのか。
「おーい、席につけ貴様ら」
気の抜けた担任教官の声とともに、全員が席についた。
「昨日のうちに顔合わせは済んだからな。さっさと授業を始める。教本出せ」
担任教官『アリーシャ=カラドワイズ』は教壇に立つと、教本を片手で開いて、髪をボリボリと掻いた。
「まぁ、最初だから基礎の基礎からやるか。つーわけで、とりあえず人形とは何かを……クラウベルン。答えろ」
「はい」
名指しされ、アイリスが立ち上がる。
「人形とは、製作者の身体の一部を組み込むことによって、製作者だけの言うことを聞く、言わば『生きた道具』です」
アイリスはあえて淡々と答える。
もちろん、アイリス含め多くの生徒達は、自分の人形をただの道具などとは考えていない。
アイリスは教本通りに答えるために、感情を押し殺して発言したのだ。
「人形と人形遣いは『契糸』と呼ばれる糸で繋がり、互いの意識を統合します。人形は人形遣いに自分の操作を任せることで、その能力の全てを解放することが可能になります。特に、戦闘人形はそれが顕著です」
「……よし。座っていいぞ」
アリーシャは頷き、そう言う。
アイリスは軽く一礼してから、静かに席に座った。
「……真面目か」
「ふふっ、そうですね」
ボソッと呟いたキルエに、リリィは微笑む。
アリーシャは再び教本と教室見回しながら、
「次は、人形の根本的な製法を……ハーヴィー。答えろ」
一番教卓の前に座っていた男子生徒を名指しする。
「はい」
眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな彼は、やはり静かに席を立った。
「人形は人工の有機体で体を構成した後、使用者の体の一部を直接組み込んで完成させます」
言いながら、彼は眼鏡をずり上げる。
「人形に使われた使用者の一部は、人形の核と呼ばれます。核は、人形に組み込まれる際、それぞれ対応した場所に配置されます。例えば、右腕なら人形の右腕に、左目なら人形の左目に組み込まれます」
ハーヴィーはそこで言葉を区切ると、隣の人形を見ながら右手を抑える。
彼が組み込んだ核は、どうやら右手らしい。
ハーヴィー本人のそこに収まっているのは、本来は人形用の人工体だろう。
「人形は組み込まれた核を中心として、『霊力』と呼ばれる力が発生します。それは血液に乗って全身を巡り、そこでようやく人形が起動します。また、人形の核として組み込まれた持ち主の身体の一部は、『存在としてなかったこと』になります。そのため、多くの場合は代替品を持ち主自ら組み込みます。仮に人形が破壊された場合は……」
「ああもう、長い長い。うるさい。そこまで喋ろとは言ってないだろうが。もう充分だ、さっさと座れ」
「……分かりました」
若干不服そうにしながら、ハーヴィーは席についた。
自分の知識を語り出すと止まらないタイプの人間なのだろう。
アリーシャはため息をついて、懐中時計を取り出す。
「なんだ、まだこれだけしか経ってないのか。しゃーない、次に移るか……」
やや嫌そうな表情で呟くと、教本を持ち直して授業を再開した。
人形は第一機が作られてから、はや五百年が経とうとしている。
最も、現在のような有機体で構成されるようになったのは、ここ百年程のことだが。
その膨大な歴史の中で研究されてきた、人形の大前提。
この学校に入学したものは、何より先にそれを学ぶこととなっている。
一流の戦闘人形遣いとなるため、生徒達は一生懸命に講義に耳を傾ける。
一時間半の授業時間は、あっという間に過ぎ去って行った。
「そろそろ終わりが近いな。んじゃあ最後に……ハートクライス。『固有機構』について答えろ」
授業の最後の最後、アリーシャが指名したのはキルエだった。
「……ちっ。面倒だ」
「……主様」
「ああ、分かってる。事を荒立てる気はない」
忌々しそうに舌打ちしながら、席を立つ。
もちろん、舌打ちはリリィ以外の誰にも聞こえていない。
「……固有機構とは、一定以上の性能を持つ人形に備わる特別な機能です。単純に強化するものから、魔法のような桁外れの機能もあり、特に戦闘人形にとっては切り札となります」
バレないようにため息をつき、続ける。
「固有機構が発現する一定の目安としては、製作者である人形遣いが核として何を使ったかです。人間にとって重要なものであるほど、人形の性能は向上し、固有機構も特別なものになります」
「よし。座っていいぞ」
淡々と答え、許可が降りたのでキルエはどっかりと席についた。
「流石です、主様」
「世辞はいい。人形遣いなら誰でも知ってる事だ」
「はい、承知いたしました」
やはり微笑みながら、リリィは頷く。
リリィはいつでも微笑みを絶やさない。
キルエと共にいる時は、特にだ。
席についたのを確認すると、アリーシャは教本をパタリと閉じた。
待っていたかのようなタイミングで、授業終了のチャイムが鳴った。
「よし、今日はこれまで。休憩の後に二時間目が始まるから、お前ら教室で大人しくしてろよ。便所行きたいならさっさと行け。じゃあな」
まくし立てるようにそう言って、ツカツカと教室を出ていった。
最初は呆気にとられていた生徒達も、最初の一人を皮切りに席を立ち、トイレに向かったり、お喋りを始めた。
周りが少しずつ騒がしくなる中、キルエは腕を枕にして机に突っ伏した。
「寝る。時間になったら起こしてくれ」
「承知いたしました、主様」
リリィへの指示を終えると、キルエはすぐさま眠りについた。
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二時間目がつつがなく終わり、時刻は昼時。
昼食を取るため、生徒達は各々好きに行動し始めた。
教室で弁当箱を開くもの、学食に向かうもの。
キルエは昨日と同じ場所で、今度はリリィの手作りサンドイッチを広げていた。
卵サンドを手に取り、頬張る。
「……やっぱり、リリィの作るサンドイッチが一番美味い」
「ありがとうございます。これからも、食べたくなったら遠慮なくお申し付けください」
「ああ」
頷き、また一口。
顔はいつも通り無表情だが、その横顔は少しだけ満足そうだ。
そんなキルエを見て、リリィはニッコリと微笑みながら、自分もサンドイッチは手に取って頬張った。
「……うん。合格点ですね」
満足そうに微笑みながら、リリィは頷いた。
そよ風が暖かい空気を二人の元に運び込む。
何気なく目を細めて遠くを眺めていると。
不意に、木陰を透かして差し込む日差しを、何かが遮った。
目を向けると、そこには一人の男子生徒。
黒髪を適度にまとめ、眼鏡をかけている。
いかにもTHE・優等生といった見た目だ。
「……キルエ=ハートクライス君、ですね?」
「……だったら何でしょう?」
不機嫌さを隠そうともせずに答えるが、一応敬語は使う。
全員私服であるため見分けは付きにくいが、学校説明会で壇上に立った生徒会長は流石に忘れない。
「君に、お願いしたいことがあるんだ。話だけでも聞いて貰えないだろうか?」
「断る」
取り付く島もないとはこのことだ。
「……そんなにはっきりと断るのか」
「俺は俺の決めたことしかしたくないんですよ。これでも暇じゃないんで」
「では、せめて情報だけでも聞かせて欲しい。そのままでも構わない」
「主様。ここは、お話くらいはしても良いかと思います」
「……いいでしょう」
リリィの一言で、キルエは体勢を整えて座り直した。
「自己紹介が遅れた。僕は『ラスティリック=アインス』。『会長』でも『ラスティ』でも好きに読んでくれ」
「ええ、分かりました。会長。俺の名前は知ってるみたいでいいとして……こっちは俺の人形のリリィです」
「登録表を確認させてもらったから、知っているよ。僕の人形は今書類作業中でね。紹介出来ないんだ」
「お構いなく。で?知りたい情報っていうのは?」
食事を続行しながら、キルエはそう言う。
「ああ。他でもない、昨日の仮面の生徒達のことだ」
「でしょうね」
生徒会長がキルエに聞きたいことと言えば、それ以外にはないだろう。
学院内でのいざこざや人形遣い同士の喧嘩などの後始末は、生徒会の役割の一つだ。
余談だが、その性質上、生徒会役員は軒並み強力な人形遣いばかりである。
「場所を変えましょう。流石に、ここまで大っぴらに話すことではないでしょう」
サンドイッチを食べ終えたキルエは、リリィから差し出されたハンカチで手を拭いてそう言った。
「なら、放課後生徒会室に来て欲しい。美味しいお茶とお菓子も用意しよう」
「別にそこまでしなくてもいいですけどね」
「いや、時間を取らせるんだ。もてなさないと、生徒会の品位に関わる。それでは」
用は済んだとばかりに、ラスティは踵を返して去っていった。
(苦手なタイプだ……)
ラスティのような生真面目な人間が苦手なキルエは、その背中を見ながらため息をついた。
今回は人形についての説明会……といったところが強かったですね
明かしていない部分も、後々出していきたいと思います
それでは、お読み頂きありがとうございました